わんわんに食べられそうになる弟







前をひょこひょこ歩く小柄な姿に犬飼はにんまりと笑った。
探していたところに無防備に現れて、しかも都合よく一人で、周囲に人気はない。
犬飼はその小さな背に抱きつく。

「くぐい〜」
「うっ重」

身長差と体格差故に支えきれず床に潰れかけるのを、犬飼は逆に抱きしめて支えてやる。
ほっそい腰に腕を回して首筋に顔を埋めるとふわりと甘い匂いがする。くぐいは嫌そうに身を捩った。それが可愛くて仕方ない。
犬飼はへらへらと笑う。

「トリックオアトリート!」
「お前にやる菓子などない」
「言うと思ってたけどね!」

あまり口の良い子じゃないけれど、それにしても犬飼への扱いは他より酷いと思う。口にチュッパチャップスを咥えているあたり恐らく他にも菓子は忍ばせているのだろうけれど、犬飼に与える気は無いようだ。分かり切っていたことだし、その方が都合がいいのだけれど。

「お菓子ないなら悪戯するかな!」
「わっ」

簡単に抱き上げると、驚いたくぐいが犬飼の服にしがみつく。体勢を保つためだと分かっていてもくぐいにしがみつかれるのは良い気分だ。いつも抱き上げるのは当真か穂刈で、犬飼が触れる事は少ない。犬飼の気持ちがバレているから荒船達に牽制されているんだろうけれど。
そんなことを知らないくぐいは無防備に犬飼を見上げる。茶色い大きな目がくりくりしていて、その瞳にうつる犬飼は、我ながら悪い顔をしていた。

「手始めに猫耳魔女っ子のコスプレさせて」
「ちょぉ!?」
「そんで悪戯いっぱいさせてね」
「ひっ」

笑みを深めると、くぐいが怯えたように身を竦める。そう言う所がそそるっていうのが分からないのかなこの子は。
犬飼が上機嫌にくぐいを堂々と拉致しようとすると、くぐいは嫌がって犬飼の腕から降りようとする。けれど、自他共に認める非力なくぐいが犬飼に勝てるわけがなく、運が悪く、運がいいのか、近くにある二宮隊の隊室に引きずり込む。犬飼にとっては幸運な事に本日は非番なので誰も隊室にはいない。

「や、やだ!あらふ…んっ」
「その名前呼ぶの禁止!本当に来そうだから!」

慌ててくぐいの小さな口を手でふさぐ。流石に焦る。この場にいないのに何処からか本当に現れてきそうで怖い。GPSでもついてるんじゃないかと時々疑いたくなるぐらいに勘が良いから。
ちょっとびびって思わず周囲を確認してしまった。誰もいなくてほっとする。
犬飼ははぁと息を吐いて、くぐいを抱く力を強める。

「それに、俺がいるのに他の男の名前呼ばないでよ」

頼る先は何だかんだいつも当真か荒船で。そんなのずるい。犬飼が一番くぐいを可愛がっているはずなのに。付き合いの長さ?いやいや、愛の深さでしょう。
犬飼はくぐいの額に口付けを落とした。

「あんまり嫉妬させると、優しくできなくなる」



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