弟と反動 狙撃訓練のために訓練室を訪れた半崎は荒船達の姿を見つけて近づいた。 珍しくそこにはくぐいがいて、どう考えても荒船に連れられてきたのだろう。つまらなそうに演習風景を見ていた。 「ボーダーのトリガーって撃った時の反動がないから、撃った気がしないよねぇ」 「………くぐい先輩、何言ってるんすか?」 「え?」 狙撃台に頬杖をついている姿勢は、完全にやる気なしの状態だ。 半崎が怪訝な声を出すとくぐいが驚いた顔をする。 「いや撃った時に反動があるもんじゃん…?え、あるよね…?」 「あると言うな、普通」 「映画だとそんなもん関係なく撃てるけど…実際は肩がいかれるらしいな」 「あ、だよね」 「へー、そうなんですか」 荒船と穂刈の言葉に半崎はようやく信じた。 どうにもくぐいが普段ふざけたことしか言わないのであまり内容を信じる気にならない。 「なんでそんな話になったんですか」 「いや、こうやって訓練室にいるとさー、女の子しかも小さい子もおおいじゃん。日浦とか雨取とか」 「お前もな」 「え?なにかいいました?聞こえません」 「突然の難聴」 荒船のつっこみにくぐいが耳へ手を当てて聞こえないアピールをする。 穂刈の落ちに半崎は笑う。 相変わらず息がぴったりだ。 「そんな小さい子ががんがん撃てるのってすごいことだよなぁと思って」 「珍しくまともなこと言いますね」 「半崎は今まで俺を何だと思ってたの?」 やる気なさそうなチビという言葉は呑み込んだ。 やる気に関しては半崎も人のことは言えないし、くぐいが本当は面倒見がよく半崎自身も世話になったことがあるのであまり貶すのは良心が痛んだ。 99%ふざけているので1%良いことをされるとずっとその印象が残る、実に得な人だ。 「がんがん撃って、でも自分への反動がないから、撃った気がしなくて、そのままどんどん成長していくのってすごい怖いことだなぁって思った」 「…撃ってるわけじゃない、生身を」 「うん、そうだね」 珍しく中身のあることを話すなと思う。 くぐいが固定されたイーグレットを指さす。 「でも、これが撃てたら実弾のも撃てるんじゃないかと思ったりしない?」 半崎はイーグレットを見た。 実際の銃に似せた形をしているが、全然作りは違うと聞いている。 これが実際の銃だったら。そんなこと、考えないわけではない。 訓練生だった時に、初めて手にした銃に、怖いと口にしてスナイパーをやめていく同期は何人もいた。 荒船がくぐいの頭を軽くたたく。 「いたいです」 「日本だと銃刀法違反だ。そもそもそんな機会ねーよ」 「だな」 心配するだけ無用だと荒船たちは流そうとする。 それに半崎は少しほっとした。 深く考えれば考えるほどこの話題は闇にしかたどり着かない。 半崎は自分に言い聞かせる。 「ゲームじゃないんですから。現実とごっちゃになることなんて」 「ゲームじゃないよ。トリガーはゲームじゃない。リアルだ、だから現実との境がなくなる」 トリガーはコントローラーではない。 しかし、ベイルアウトはできるので何度も死ねるのはゲームに近い感覚で。現実の中にいる仮想の存在。確かに、境が曖昧になる。 半崎の引いた引き金が現実のものだったら。 「いたたたたたっ」 「半崎を怖がらせるな」 「はげるはげるはげる!」 そこまで考えてくぐいが荒船に頭をわしづかみにされていた。 その光景にいつの間にかはっていた緊張の糸が切れて、半崎は笑いをこぼした。 いつか、例えば遠征の時などベイルアウトができない状況ならば、その答えを出さないといけないかもしれない。 でも今はまだ半崎にはその答えは出せない。 半崎はくぐいに尋ねる。 「じゃあくぐい先輩は実弾があったらどうするんですか?」 「そりゃー」 荒船の手から逃れ頭を押さえながらくぐいはけろりと答えた。 「必要があれば撃つよ。俺はそもそも実弾の経験があるからね」 あっさりとした答えに全員が驚く。 荒船の「はぁ!?」という驚いた声に「海外は銃社会だよー」とくぐいはけたけたと笑った。 |