本部の廊下をのろのろと歩いていたら後ろからぐいっと服の襟ぐりを引っ張られた。
足を強制的に止められて振り返れば見慣れた帽子。

「おもしれーことしてるって噂で持ち切りでなぁ」
「おや、知ってしまいましたか」

俺がそう言えば呆れたような顔をする荒船。
荒船は俺の服から手を放して、「なんで黙ってたんだよ」と小言を言う。
いやいや一々報告する必要ないでしょ。荒船、俺の何なの。パパなの。恋人なの。せんせーなの。
俺がそう口にしようとしたら、突然後ろから抱き着かれる。

「うぎゃ!」

心臓飛び出るかと思った。
勢いよく抱き着いてくる人間なんて数少ない。
俺はそのまま抱き上げられて地から浮いた。
おいやめろ!俺がまるで小さいみたいだろ!

「わんちゃん!おーろーせー!」

俺は腹に回されたわんちゃんの腕をばんばんと叩く。
今までなら簡単に避けれていたのに、最近俺が避けるのに業を煮やして気配を消して近づくことを覚えたらしい。頭いいのに馬鹿なのが犬飼澄晴だ。
わんちゃんは離すどころか俺を抱きしめる力を強くする。

「くぐいのチームに入る!!!俺も入れて!!!」
「わんちゃんはいらない!」
「ひどい!!!流石にこれは傷つく!!!!」

わっと泣くわんちゃん。
どうでもいいけど泣くなら離してほしい。あと、さりげなく俺の匂いを嗅ぐのをやめてほしい。

「18歳はいれませーん」
「やだぁああいれてぇえええ」
「こわい、わんちゃんがこわい。助けて荒船せんせー」
「今回ばかりはお前が悪ぃ」
「なぜ!?」

ちゅうぶらりんのまま荒船せんせーに助けを求めると一応は助けてくれるようだ。
喚くわんちゃんの頭に手刀を落とし、力が緩んだすきに荒船に抱き上げられる。そのまま床に下ろしてもらいながら、俺が悪いなんてどういうことだってばよと口をとがらせる。俺は何も悪くないと思う。

「各所の期待を裏切り、俺らをいれねーってのはどういう了見だよ」
「各所ってどこ」
「そりゃもちろん今俺らのやりとりを盗み聞きしてるおねーさん達とかね!」
「え…お、おう……え?こわい、なにあれ!?こわっ!!!」

荒船の言う各所が、わんちゃん曰く盗み聞きをしているおねーさんとのことで、俺は周りを見回した。すると、壁の端に、何か黒い靄みたいなものが……っ!?たくさん集まった目みたいなものがこっちを見ている!?なにあの心霊現象!!!
俺が怯えて荒船に隠れても、荒船とわんちゃんはいたって普通の反応だった。むしろアレが何か理解しているようだ。

「俺の恋を応援してくれる130人くらいいるファン的な?」
「すごいこわいんだけど。あれをよしとしてる、わんちゃんの頭大丈夫?」

あの黒い靄がファン(仮)!?そういえばさっきおねーさんって言ってた!?え、人なのあれ!!
俺は何言ってんだこいつ感がぬぐえず本気でわんちゃんの頭が心配になる。
背伸びしてわんちゃんの意外にふわふわな頭を撫でる。
するとわんちゃんの顔がでれっと崩れた。

「だいじょばないからもっと撫でて……ぎゃあああいたたたた!!!」
「悪い、手が滑った」
「どんな!?どんな手の滑りかたしてんの荒船!?結構な痛さですよ!?」

俺がわんちゃんの顔がきもくて引いたら、荒船がわんちゃんの毛毎俺の手を引っ張った。
不可抗力で結構な本数の毛を抜いてしまった。禿げたらごめん。でも悪いの荒船先生だから許して。
そこで俺は気が付いてしまった。黒い靄がある角が一つじゃない…!

「え、待って、もしかしてファン(仮)の存在はわんちゃんだけじゃないとか…?だからあっちにも群れみたいなのが…?」
「あー…俺ら今派閥状態だから」
「派閥!?」
「カゲととーまと、そこにいる怖い顔したおにーさんとの仁義なき四つ巴だから。おまけにこれからさらに敵が増える恐れが…!」
「そ、そうなの…?よく分かんないけど、ほどほどにどうぞ…?」
「うん、がんばるね」

ちょっと俺にはまだはやいようだ。理解することを諦めて靄も見なかったことにした。最近なんか視線を感じるなと思っていたけどまさか18歳組のファン(仮)からの視線だったとか、怖すぎて笑えない。俺は何も見てません。何も聞いてません。

「そういうわけで俺はほかに差をつけたいのよ」

どういうわけです?ちょっと理解できません。
俺が遠い目をしても、わんちゃんは必至に俺に訴えてくる。

「そのためにもっと俺の活躍を?というか俺とくぐいのからみ……痛い痛い痛い!!!!!」
「今のは無視していい」
「あ、はい」

荒船がわんちゃんに見事な腕逆捕を決めていて、荒船せんせーのイエスマンである俺は抗わずに頷いた。長いものには巻かれておくべきである。
わんちゃんを華麗に地に沈めた荒船は帽子を被り直した。

「まぁ逆に誰からも選ばないんならフェアだしな。…国近には勝つんだろ?」
「とーぜん」

負けるつもりなんてこれっぽっちもないです。
俺の回答に荒船は満足気に笑った。






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