ラウンジに戻って三輪くん出水くん米屋くんを別の人に預けようとすると、三輪くんは離れるのを嫌がって号泣してしまった。
う、かわいい。
しかし和んでいる場合ではない。
必死になだめていると、大学から駆けつけた諏訪くんたちがやってきて。
諏訪くんの姿を視界に入れた瞬間に三輪くんは泣いて他の大人へと逃げた。
それに俺たち大人組がぶはっと噴き出して笑うと、諏訪くんはなんでだよと叫び、怯えた子供をよりいっそう泣かせた。
笑い死にしている東や冬島さんを余所に、苦笑いをした忍田さんが諏訪くんと俺がセットで残りの子を探すように言った。
多分、諏訪くんがいるかぎりラウンジの子供が泣くからそっと遠ざけたんだと思う。

「諏訪くんと行くとさー、子供が逃げる気がする。あとデリケートな子しかいないよ?太刀川くん以外」
「俺と太刀川への扱いが雑すぎじゃねーかよ」
「一緒に行くなら堤くんがよかったな」
「…確かにあいつは常に笑ってるように見える」
「そうそう」

どんなに俺によってくる子供がいても諏訪くんで相殺されそうな気がする。
太刀川くんなら諏訪くんで泣いたりしないだろうけれど、捕獲できる気がしない。
と、思っていると、何なら大声が聞こえてくる。
ラウンジを見下ろせば、大人をからかうように駆け回る太刀川くんを、鬼の形相で追いかける忍田さん。

「あ、噂をすれば太刀川くん…と、忍田さん」
「すげー捕獲の仕方だな…」

最終的に首根っこつかまれて捕獲されており、あの二人ずっとああいう関係だったんだなぁとその慣れた手つきからうかがえる。
諏訪くんがぽつりとつぶやく。

「猿を仕留める飼育員みてーだな」
「後で今の諏訪くんの言葉、忍田さんに言いつけよう」
「やめろ!」

軽口を叩きつつ俺と諏訪くんはラウンジから離れる。
残りの子供の性格を思うに、静かな場所にいそうだ。
こういう時こそ迅くんのサイドエフェクトがあればぁと思ってしまう。
当の本人は何を考えているのか小さくなってしまったけれど。
無言のまま俺をじろじろ見ている諏訪くんに首を傾げる。

「なに?」
「つぐみさんすっげぇ久しぶりに見たなと思って」
「そりゃーもう研究室こもりっきりだし」
「何徹目?」
「4」

その言葉に諏訪くんの目が見開かれる。
そんなに驚くようなことだろうか?
いやまぁ確かに最近は2徹以上しないようにしていたけれど。

「マジかよ、ふつーに身体壊しそうだし…」
「すっごい眠い」
「そりゃそうだろうな。つか、マジ大丈夫なのか?あんたこんなほっそい癖に」

諏訪くんが俺の腕をつかむ。
そりゃ健康成人男性の諏訪くんと並んだら見劣りするよ。
俺だけじゃなくて、多分研究室の子はほぼそんな子ばかりだと思う。

「大丈夫大丈夫、社畜が身に染みてるから省エネで生きてるし」
「何一つ説得力ねーよ」

なるべく動かず、余分な体力消費をせず、ひたすらに精神を削り続ける。
長年そうやって生活しているので、もう慣れた。
俺がそういえば、諏訪くんは口元をひくつかせて、そして頭をかいた。

「あー、くそ」

悪態つかれるようなこと言ったかなと思っていると、諏訪くんは俺の腕ではなく手をぎゅっと握った。
武骨で大きくて、俺のと全然サイズが違う手にちょっと驚く。

「俺で手伝えることあるなら言えよ。俺は確かにあんま頭良くねーけど、猫の手よりマシだろ」

照れてるのかじんわり汗ばむ諏訪くんの手に、俺は目を瞬かせる。
ガラじゃないのを自覚してるのか恥ずかしそうに眼を泳がせる諏訪くんに、俺はぶはっと噴き出した。
肩を震わせて笑うと、諏訪くんがむっとする。

「笑うな!」
「ふふっ、いや、ごめん……嬉しいよ、ありがとう」
「っ」

笑ったせいで目尻に出た涙をぬぐって諏訪くんに笑ってお礼を言う。
ちょっと意外だっただけだ。
力になりたいだなんて、言われるとは思わなかった。
俺が本当だよと諏訪くんの手を握り返すと、諏訪くんはぱっと手を放してしまった。
ひどい。

「マジ、タチ悪ぃな」
「ん?」
「いや、なんでもない」

なんでもなくなさそうだけど。
まぁ気にするなというなら気にしなくていいか。
二人で並んで歩き出す。

「諏訪くんって子供のころは、虫取り大好きで、クラスの中心で、女子にがさつって怒られるタイプっぽいね」
「どこのガキ大将だよ」
「違う?」
「女にはよくがさつとは確かに言われたけど……」
「だよねぇ。そんで普段はがさつだけど、絶対にいじめとかしないタイプっぽい。むしろ、仲裁とかに入って、「そういうだせぇことやめろ」とか言ったりして」
「………」


なんか簡単にその光景が目に浮かぶ。
悪役みたいなヒーローで、結構女の子にはもてそうだけど、本人はもてないと勘違いしてそうな。
俺が想像して笑うと、諏訪くんは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「つぐみさんって子供の頃どんなんだったんだ?」
「俺?うーん、どうだろう?」
「あ、教えねーつもりか?」
「いや、そういうんじゃなくて、あんまり子供の頃のことは、話したくないかな」

昔の話を断固としたくないわけではないけれど。
口にしなくていいなら話したくない。
いい思い出とともに、悪い思い出も、思い出してしまうから。
俺の言葉に諏訪くんはそうかとそれ以上は何も言わなかった。

地下のフロアを訪れると、随分と閑散としていた。
恐らくここまで探しに来ている人はいないのだろう。
ここにはいないのかぁと思っていると、開きっぱなしの資料室の戸から男の子が顔を出した。

「もしや君は歌川遼くん…?」

その問いに頷きこちらをじっと見てから歌川くんは奥の部屋を指さした。
何かを誘導する動きに、諏訪くんを見ても逃げる様子のない歌川くんを諏訪くんに任せ、俺は室内へと足を踏み入れた。

「諏訪くん、歌川くんをお願い」
「あ、ああ」

資料室はしんとしていて、灯りがついていないので暗かった。
暗闇に目がなじんだ頃に、室内にうずくまる姿をみつける。
耳をふさぐその仕草にすぐに誰か分かった。

「菊地原士郎くん」

俺はすぐそばで足をとめてしゃがむ。
そしてぎゅっと抱きしめた。
俺の心臓の音を確かめるように、胸に顔をうずめる子供の背中をゆっくり撫でる。

「うるさかったね。我慢させてごめんね。もう大丈夫だよ」

サイドエフェクトを生まれつき持つ子は、能力が身体に馴染むまでが苦痛だ。
菊地原くんはきっとこの姿になってから煩くてしかたなかったのだろう。だから耳を塞いで暗い場所でじっとしていた。

「歌川くん、菊地原くんと一緒にいてくれてありがとう。よく頑張ったね」

菊地原くんの背中を撫でながら、視線を歌川くんに向けて俺がそう言うと、諏訪くんの服の裾を掴んでいた歌川くんは心細かったのかぽろぽろと涙を零した。





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