おまけC













つぐみに付き添って東は研究室に足を踏み入れる。
先ほどまでランク戦をして、A級上位になったのにもう仕事をする気らしい。

「せっかく三位になったのに隊で打ち上げしないんだな」
「太刀川くんと風間くんの一騎打ちの間にお茶した」
「それじゃああんまりだろう」
「いや、俺だってみんなとご飯行きたいよ?でも見てくれよあの机の上」
「雪みたいだな」
「雪崩おきそうですけど」

ランク戦の間席を外しただけでつぐみの机の上は書類が山積みになっていた。
なんとかバランスをたもっているが、確かに雪崩落ちそうだ。

「主任おめでとうございます!」
「格好良かったです!」
「ありがとー」

どうやら研究室にテレビを持ち込んで映像を見ていたようで、すれ違うエンジニアから次々に声をかけられている。
それに律儀に対応している姿を見守る。

「なに泣きそうになってんの?できない?ほら、ちょっと見せてみなさい」

机の上を思えばすぐに自分の仕事に飛びつきたいだろうに、他のエンジニアの助けは欠かさない。
面倒見が良すぎるのも考え物だなと完全に存在を忘れられた東は苦笑いを浮かべる。

「よお東」
「冬島さん、鬼怒田さん」

そんな東に声をかけたのは冬島と鬼怒田だった。
どうやら先ほどの試合はここで観戦していたようだ。

「マジで三位とりやがったな」
「全くふざけとる!休みのためなんて不純な動機…」
「10日の有給でしたっけ?」

そういえば、そのためにつぐみは頑張っていたのだった。
東が鬼怒田を見れば、鬼怒田はふんと鼻を鳴らす。

「やるわけなかろう」
「え」
「鬼怒田さんそれはあんまりじゃ…」

驚く東と流石に憐れむ冬島に、鬼怒田は眉を顰める。
腕を組んでため息をついた。

「わしだって意地悪で言ってるわけじゃないわい。…あの机の上も、ラボの状態も到底結城無しではまわらん」
「…………まぁ、確かに」

その言葉を聞いてしまえば何も返せない。
たった数時間ランク戦の為に席を外せば机上に書類が山のようにつまれ、戻るやいなや相談事が次々に持ち込まれる。
つぐみがいなくなったらどうなるか、東でも想像がついた。
しかし、言わんとせんことは分かるが、流石に東も黙っていられない。
つぐみは一度も口にしなかったが、東はつぐみがこのランク戦にだけ本気を出した意味が分かっていた。
鬼怒田に頭を下げる。

「鬼怒田さん、俺からもお願いします。10日でなくてもいい、せめて…今月末だけは休みにしてやってください」
「どうした東、珍しいな」
「ヒワが、手術の日なんですよ」
「…!」

もうすぐヒワは手術を控えていた。
その言葉に、冬島と鬼怒田は驚いた顔をする。
どうやらつぐみはそんな重要なことも話していなかったようだ。
鬼怒田はううむと唸る。

「しかし手術なんて今まで何回も…」
「夜鷹がいなくなったのいつか覚えていますか?」
「そんなもの覚えとるに…!」
「今月末、だな」

冬島の言葉に頷く。
夜鷹がいなくなったあと、東はその告白聞いた。
一年に一度つぐみが精神的に耐えられなくなる日。

「あいつの両親が亡くなったのも、あいつの先生が亡くなったのも、夜鷹がいなくなった日も、全部同じ日なんですよ」

そんな偶然があるのだろうか。
いや、むしろ、25年の人生の内にこんなに親しい人を失うことがあるのだろうか。
起きてしまったことをとやかく言えないが、あまりにも理不尽なその日の存在には東もつぐみの気持ちは痛いほどわかった。

「ヒワの手術はそんなに難しいものじゃない。でもその日に行われるというだけで、つぐみは怖くて仕方ないんです」

つぐみは知り合いが増えるたびに怯えている。
その日にまた誰か死ぬんじゃないかと。

「だから、どうかお願いします」

東がそう言うと、鬼怒田は憮然とした表情を浮かべる。

「………全く最初からそう言えばいいものを」

その言葉に東はふっと口元を緩める。
冬島も同じく笑っていた。
鬼怒田が、他のエンジニアのモニターを除いているつぐみを大きな声で呼ぶ。

「結城!」

その声にびくっと体を震わせて、つぐみは顔をあげる。
そして鬼怒田を視界に入れると、満面に笑みを浮かべた。
周りがその表情に引き込まれるのが肌で感じられる。
つぐみはそんなことは気にせず、先ほどの試合で勝ち3位になったことを自慢するようだ。

「あ、鬼怒田さん。見ました!?俺三位になったんで約束通り」
「2日だ、今月末2日だけ休みをやる」
「!」

どうやら、本当にもらえるとは思ってなかったらしい。
驚いた顔をする。
鬼怒田のことだからどうせくれないとは思いつつも、わずかな可能性にかけていたのだろう。
はじめからきちんと言えばいいものを、そうしないのは、恐らくその日のジンクスを周りに知られたくないのと、周りを納得させる題材がほしかったといった感じか。
鬼怒田はくれないだろうとあきらめていたらしいつぐみは、どういう風にとらえていいのか悩んだようで、視線をさまよわせる。
そして東と目が合った。
東が微笑むと、どうやら状況を察したらしく、つぐみはへにょっと情けなく笑った。多分、うれしいだろう。
そして周りに悟らせまいと、直ぐにいつもの雰囲気に戻る。
よよよと近くにいた冬島に嘆く。

「10日の約束を2日にするなんてケチすぎなのでは。週休2日って当たり前なんじゃ」
「何か文句があるのか!?」
「いえありません!嬉しいです!」

つぐみの潔い返事に周りから笑いが漏れる。
そして冬島にいじられるつぐみに、東はほっと胸を撫で下ろした。

これで漸くつぐみのランク戦は幕を閉じた。









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