おまけB













突然隣を歩いていた三輪が床にしゃがみこみ、米屋は驚いて目を開く。
同じく驚いた古寺が軽い悲鳴を上げた。

「隙あり」
「っ」
「ひっ」
「おわ……!!びびった、なんだ…」
「ヒワさん」
「やほー、秀次、隙だらけだぞ」
「………次から気をつけます……」

なんだなんだと思っていると、唯一冷静だった奈良坂が名前を呼んだ。
三輪の直ぐ後ろにヒワが片手を上げて立っている。
どうやら三輪に不意打ちで膝かっくんを仕掛けたらしい。
見事に床に沈んだ三輪に米屋が噴き出すと、三輪がぎろりと米屋をにらんだ。
それに悪い悪いと軽く謝罪して、米屋は頭の後ろで腕を組む。

「ヒワさん、さっきの試合みましたよー。太刀川さんと一騎打ちとか流石っすね」
「是非今後の参考にしてくれたまえ」
「しますよー。ヒワさん対策に」
「そっち?」

太刀川との一騎打ちはかなり見応えがあった。
米屋も何度がヒワに稽古をつけてもらったことがあるが、本気を出せることなど到底できなかった。
そんなヒワが本気を出すのを見て、自他共に認める戦闘狂の米屋が熱くならないわけがない。
勝負は途中中断されてしまったが、ヒワの動き、太刀川の動きは一挙一動無駄がなく、お互いの首を狙っているのがよくわかった。

「俺らボコボコにされましたしー」
「不良にかもられた感じでしたね…」
「お、古寺言うなぁ。いつでも仮想戦闘の相手になるぞー」
「すみませんでした!」

三輪隊が結城隊とあたったときは散々だった。
ランク戦なのにどこが悪いかを指導されて。そんなの全く勝負相手として、相手にされなかったといっても過言ではない。
次はもっとまともな試合に持ち込みたいと、三輪隊にとっては苦い経験となったので、ヒワと太刀川の戦闘は今後のいい教材だった。
そんな米屋とは違い、三輪は先ほどの試合に納得がいっていないらしい。

「最後、なんでベイルアウトしたんですか。戦っていくのが貴方だと思っていました」
「えー、だって、あんまり風間隊との順位をつめるのはなぁ…」
「いけないんですか?」
「そりゃだって1位、2位なりたいわけじゃないし」
「え、そうなの?」

勝ちすぎて点を集めることを避けたんだというその言葉に、なんて贅沢なんだと思わずにはいられない。
この人たちが本気を出したらどうなるんだろうか。ある意味玉狛みたいに別の脅威になりえそうだ。
もちろんヒワ達にそんな気がないのは分かっている。
ヒワはうーんと腕を組んで考えながら話す。

「多分つぐみさんは次のランク戦はまた順位落とすと思うよ」
「なんでそんな…」
「継続させたいわけじゃないし…、まあ俺らの実力なら好きなタイミングで上位に食い込めることが分かったし?」
「うわ、むかつく」
「ハハハハ、悔しかったら強くなりなさい」

ヒワの言う通りだ。
好きなタイミングで食い込めると言われて、その通りだと思ってしまったのも事実で。
そんなことを言わせないためには、自分たちが強くなるしかない。
米屋は頭をかいて、気分をいれかえる。

「ヒワさんのとこどうせ打ち上げないんでしょ?じゃあ飯行きません?」
「あ、いいですね」
「秀次もちょっとは良い顔しなさい。師匠泣くぞ」
「………………はい」

古寺と奈良坂が同意を示すが、三輪だけは少し嫌そうな顔をした。
それを目ざとく見つけたヒワだが、全く気分を害することなくむしろ三輪の首に腕を回して頭をぐしゃぐしゃと撫でている。

「今の間はなに?構って欲しいのか?構って欲しいのか?」
「っ、やめてください!」
「秀次をガンガンいじれるのヒワさんぐらいだよな」
「そうだな」

ヒワの凄いところは遠慮がないところだなと思う。
冷静でクール、神経質と言われがちな三輪をガンガンいじっている。
これも師匠という特権だろうか。

「さて」

三輪のことをよくわかっているヒワは本気で三輪がキレる前に引き下がる。
三輪はヒワを引きがして髪を整えた。
時々三輪はなんでヒワに弟子入りしたんだろうと不思議になる。

「ご飯だけどごめんなー、俺忍田さんに誘われてるんだー」
「あ、そうだったんすか。残念」
「残念ですけど、また今度ご一緒してください」
「米屋と古寺は素直で可愛いなぁ」

さっきと打って変わってヒワが優しく米屋と古寺を撫でた。
年甲斐もなく少し嬉しくなってしまう。ヒワは兄のような雰囲気で、褒められるとじんわり染みる。
古寺もそう思っているのか嬉しそうに笑っていた。
奈良坂がずいっと頭を差し出す。

「ヒワさん、俺も残念がってます」
「お、おう………自己主張が激しいな奈良坂。なかなか可愛いぞ」

奈良坂の様子にちょっとたじろぎながらもヒワは同じく奈良坂を撫でた。
表情が変わらないので分かりづらいが、自己主張しただけに嬉しそうだ。

「秀次は…………?」
「……………」
「あ、うん」

三輪だけは無言の拒否を示しており、ヒワは苦笑いを浮かべた。
ドライだなぁとヒワが笑うので、米屋もつられて笑う。

「じゃあ俺は行くよ」
「はい」
「おつかれさまっす」
「お疲れ様です」

片手を上げて去っていこうとするヒワに頭を軽く下げると、ヒワは瞬時にいじわるい顔をした。
そしてあっという間に三輪との距離をつめて、折角整えた髪をぐしゃぐしゃとまた乱雑に撫でた。

「っ…!」
「秀次も可愛い自慢の俺の弟子だよ」

それだけ言うと、ヒワはさっと離れて、そして去って行ってしまった。
なんて変わり身の早さだと感心すると同時に、普通に特別扱いされている三輪が少しうらやましくなる。
兄を他の兄弟に取られた心境だ。

「ヒワさんずりーよなぁ……俺も弟子にしてもらおっかな」
「…………」
「冗談だよ冗談。んな怖い顔すんな」

半分本気だったが、三輪がじろりと米屋を睨むので米屋は笑って睨みをかわした。
本当に分かりにくい弟子だが、あれでいてヒワを誰かに取られることを嫌がる三輪には笑うしかない。








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