A級初戦1 俺は人がいると眠れないタイプだ。 どんなに深く眠りについていても、人が近くに来れば気配で目が覚める。 うっすらと目を開ける。 自室は電気を落としていたので当然真っ暗だ。 いつも通りの天井で、床には俺の買ったゲームが散乱しているのが、暗がりでもよく分かる。 まだ微睡みの中にいて、俺は枕に顔をうずめる。 ねむい。 すると、控えめに自室の扉をノックする音がした。 『くぐい、起きてる?』 『んー………………なに……?』 誰かなんて確認しなくてもわかる。 この家には俺と兄しか住んでいないので、俺じゃないなら兄しかいない。 我ながらに眠そうな声で返事をする。 『ヒワさんが病院に運ばれたって』 『え』 その言葉にがばりと上体を起こす。 眠気は吹き飛んで、俺は慌てて自室の扉を開けた。 フットライトの灯りだけがつけられた廊下はほのかな明るさで。 扉の向こうにいた兄は、普段と変わらず落ち着いていた。 『大丈夫、今は安定してるって。つぐみさんがその場にいたから直ぐに病院に運んで、一通りさっき終わったみたい』 『……そっか』 その言葉にほっと胸を撫で下ろす。 たいちょーが一緒なら大丈夫だ。特に根拠はないけれど。 ヒワさんの身体があまり調子よくないことは分かっているけれど、いつもは倒れるようなことはない。だからつい身構えてしまう。 『起きる?つぐみさんがまた電話くれるけど』 『起きる』 兄についてリビングへと向かう。 ぺたぺたと俺の足音だけが響く。 俺は一切関与していないけれど、この家は兄が借りている超高級マンションなので、当然の如く他の部屋の音などするはずがない。どこからその金がでてきてるんだか俺はさっぱり知らないので、時々兄の財力がこわい。知ったらいけない気がして聞かないけど。 喉が乾いたので冷蔵庫からペットボトルを取り出して、俺はリビングの時計を確認した。 寝始めてからまだ2時間しか経っていなかった。 日付が変わった、朝の3時だ。 ソファーに腰掛ける兄を見ればどうやら寝ていなかったらしく、普段着だった。 朝の3時まで何をしていたのか知らないけど怖いから聞かないことにした。 テーブルの上に置いてある兄のタブレットが鳴った。 たいちょーからだ。 『お待たせ、夜中にごめんね』 『大丈夫です』 俺はペットボトルを机に置いていそいそと兄の隣に腰掛ける。 どうやらテレビ電話みたいで、10インチあるタブレットを兄はスタンドに立てた。 画面の向こうは手元灯りだけがついた病室が浮かび上がっている。かるくホラーだと思う。 『ヒワさんは?』 『弟くん、寝ないと身長伸びないよ?』 『1日くらい大丈夫だ、問題ない』 俺がのぞきこむと、たいちょーの軽い返答があった。 その声音から大事ないことがうかがえる。 向こう側の端末が動いて、ヒワさんの寝顔がうつった。 呼吸器をつけているが、顔色は悪くない。 『さっき薬入れて、寝たとこ』 穏やかな寝顔に横にいた兄がほっとしたように息をついた。 そのままたいちょーはヒワさんの寝顔が見れる位置に端末を固定する。 これヒワさんが目を覚ましたら怒られそうだ。 寝顔うつして通話されるとか軽く苦痛だよなぁ、俺そんなことされたら羞恥で死ぬ。 でも、俺たちとしてはこの方が安心する。 ヒワさん無事だなって実感できる。 『つぐみさんはこの後どうされるんですか?』 『此処に泊まるよ、ヒワちゃんの容態みて朝本部に戻る予定』 『徹夜になってしまいます』 『だいじょぶだいじょぶ、今から帰るよりここにいた方が安全だし』 『ナースコール鳴ることは確認しましたか?』 『もちろんばっちり』 『あまり無理しないでくださいね』 穏やかな声で話すたいちょーと兄の会話をぼんやり聞きながら、俺はヒワさんの寝顔を見ていた。 到底こんな状態では病院から出すわけにはいかない。 そう、今日は。 『…ヒワちゃんは今日のランク戦、出られないよ』 『はい』 今日はランク戦の日だ。 いつも通りヒワさんは前線メンバーにカウントされていて。 ランク戦の相手を思い返し、想像する。 チームの主戦力であるヒワさんの居ないA級戦。 俺と、たいちょーと兄しかいない隊。 A級3位を目指すという目標を成し遂げるための最善の方法なんて、たいちょーの口から言われなくてもわかる。 『俺、オペレーターやるよ』 『くぐい』 兄が俺の名を呼ぶ。 たいちょーは予想していたのか変わらず穏やかな声だった。 『明日、当真くんも影浦くんも北添くんもいるのに?』 『…だって、スナイパーだと分が悪い。俺じゃなくて兄が出た方がいいよ』 明日は冬島隊と影浦隊が対戦相手だ。 たいちょーの言う通り、とーまやカゲ、北添がいる。 当初であれば、ヒワさんとたいちょーに手伝ってもらって俺が三人を狩るつもりだったけれど。 でも今はそんなことを言っている場合じゃない。 優先すべくは、たいちょーの望みのA級3位だ。 『弟くんの意見は分かった。鴇崎くんは?』 『俺は……』 兄は少し言いよどむ。 そして一拍おいてから口を開いた。 『一点でも多くとるのであれば、相性のいい俺が出た方がいいのかなと思います。でも、兄としては、弟が望む形にしたい。だからどちらでも俺は構いません』 その物言いに俺は驚いて兄を見つめる。 今まで俺に干渉してきたことはないし、望みとかない人間が、そんなことを言うとは思わなかった。 俺の驚いた顔に気が付いた兄は、何を考えているのか分からない笑みを浮かべる。 たいちょーすごい、兄に自分の意見を言わせるなんて。 俺の驚きに気が付いているのかいないのか、画面の向こうで、たいちょーが『分かった』と言った。 その言葉に俺は身構える。 たいちょーははっきりと指示を出した。 『くぐいが出なさい』 『っ、でも』 『ヒワちゃんとさっき少し話して決めたことだよ』 ぐっと言葉を飲み込む。 ヒワさんと話して、そうすると決めていたのであれば俺は何も言えない。 この隊は一見すれば俺の主張でほぼ構成されているとよく思われがちだが、そうじゃない。 たいちょーの意見を100%反映させるための隊だし、それにヒワさんが同意するというのであれば、拒否することなどできない。 俺は唇を噛む。 『それにね、シンプルに言えば、ヒワちゃんを欠いたぐらいで崩れるようなチームじゃ、A級3位にはなれない』 俺は、強くない。 ヒワさんや、たいちょーや兄みたいに、強くない。 だから足を引っ張ることがわかっている。 でも、たいちょーはやるという。 『俺とくぐいで、点を取る。いいね?』 『はい』 兄は即答で返事をした。 俺は腹を決めた。 俺とたいちょーで点を取る。 カゲにも、とーまにも負けない。 『…分かった』 たいちょーの望みは絶対だ。 俺は俺のやらなければいけないことをする。 頷くと、兄が俺の背中を優しく撫でた。 ヒワさんがいなくても、勝つ。 勝ってみせる。 *** 転送されてバックワームをすぐに起動させる。 あまり転送位置はよくない。 周りの、隠れられる建物まで走らないといけない位置で、俺は運がないと内心舌打ちをした。 『全員バックワームつけてるみたい』 「なにそれ死んでほしい」 通信機から兄の声が響く。 バックワームを使っていると言う事は、周囲にいる人間もわからないようだ。 絵馬ととーまは位置取りに動くだろうけれど、カゲと北添がどう動くか分からない。 あまり走りたくないけれど、そうは言ってられないので俺はイーグレットを抱えて走る。 『持久戦になりそうですね』 『見つかるなよー。今回はアシスタントできないから』 「うん」 今回は、俺とたいちょーしかいない。 全体的に人数が少ないうえに絵馬ととーまというスナイパーがいる以上、たいちょーもトラッパーをぼんやりやっていられる状況ではなくなっている。 ヒワさんがいない分、動いて炙り出すのはたいちょーの役目になった。 だから俺のアシストをしてくれる人がいない。 自分で動いていかないと、カゲやとーまに取られる。 俺が工場内に隠れようとすると、通信機から『左に避けて!』と兄の焦った声がした。 反射的にその声に従って飛びのけば、さっきまでいた場所がえぐれている。 狙撃じゃない、これは刀傷だ。 「っ」 「……見つけた」 「カゲ!」 建物の陰からカゲが飛び出してくる。 俺はスコーピオンを何とかかわすが、アタッカー3位のカゲにサシで勝てるはずがなく。 「もらうぜ!」 口角を上げたカゲが俺の首を狙う。 とられる…! |