働き過ぎを叱られる 「あー…こりゃ中からは無理だな」 「年上だけど言わせてもらいますよ!冬島さんの馬鹿!」 冬島がものの5秒で脱出を諦めると、結城が珍しく声を荒げた。 いつもなら困った顔をするくらいなので流石に面食らう。 「悪い悪い、そんな怒んなよ」 「怒りますよ!俺忙しいって言いましたよね!?」 もう怒ってるだろうと言う事は火に油なので黙っておいた。 しかしまさかこんなに憤慨するとは思わなかった。 正直怖くは無いのだが、怒らせるつもりは無かったので冬島は頭を掻く。弱った。 「もごっ」 「つぐみ、落ち着け」 そこへ東が仲裁に入ってきた。 結城の口を塞いで後ろから腕の中に抱きしめている。 この状況でもさり気無く見せつけてくるあたり東らしい。 「どうした?切羽詰まってるのか?」 「俺今日ほんと忙しいんだって…」 どうどうと結城を宥めると、結城は今度は弱った声を出した。 どうやら本当に切羽詰まるほど忙しかったようだ。 冬島もそういった状況は身に染みて分かっている為、同じエンジニアとして申し訳なくなった。 「悪かったよ、巻き込んで」 そもそもなぜこうなってしまったのかと言うと、簡単だ。実験が失敗したのだ。 模擬戦用に新しい仮想空間を用意していたところ、不具合があって、転送直後出られなくなった。 通りかかった所を嫌がるのを無理やり押さえつけて巻き込んだ結城と、元々協力的だった東、そして冬島の三人で仲良くぽつんと何もない白い空間に立ってる。 背景のホログラムもうまく起動していないとなると根本的な所でミスっているようだが、後の祭りだ。 通信は動いていたので、外へ解除を頼んでいるが、時間がかかるだろう。自分で言うのも何だが、かなり難しくロジックは組んでおいた。 「そんなに忙しいのか?」 「今日終わらせないといけないトリガーメンテナンスがあと2件あるけど、そもそもあと2時間後には外出の用事があるから」 「外出?」 「から……あ、うん、ちょっと用事があって」 「から?」 東が結城から事情を聞こうとしているのを眺める。 何か言い淀んだ結城に東は訝しむ。 冬島もひっかかりを覚えた。いつもは忙しくてもこうなることはない。 結城的に自分が迷惑を被る事では本気で怒る事は無い、けれど誰かに迷惑をかけるとなると別だ。 東も同じ考えに至ったのか、結城の向きを変えて正面から顔を見ている。 「お前、まさか本当に唐沢さんについて外部交渉に出てるのか!?」 「やっべ…ばれちゃった…」 隠しきれないと踏んだのか、結城は何でもないというように誤魔化すような顔をする。 先程とは反対の状況になった。 「いやまぁ…その……必要な時だけ?」 「東、顔怖いぞ」 今度は東が怒っている。冬島でも分かるくらいに静かに怒ってる。 この二人の関係は本当に不思議だ。 「強制されてるわけじゃないから、使えるものは使ってくださいって俺が言ったんだし」 「そんな事をしなくても、つぐみの居場所はちゃんとここにある」 東にそう言われて結城はぐっと言葉に詰まっていた。 東の言う通りだ、外交などに付き合わずとも、エンジニアとして立派に勤めている。 外交について行く理由は想像に容易い。 唐沢は結城のサイドエフェクトを使って、スポンサーの腹を探らせているのだろう。 そんなことをすれば、当然見たくも無いものも見えてしまう可能性がある。 東はそれに怒っているのだ。サイドエフェクトを使わせたことに。 「はー、東は格好良いな」 「…おじさんもこうなってください」 「今俺のこと馬鹿にしたか?」 「いえ、まさか」 堂々と相手を心配する事は難しい。 色々な感情が入り混じって、うまくフォローできない人間が多い中、ここに居場所があると言いきれる東には感心するしかない。 冬島が感心すると、結城はぼそっと何か言ってきた。 深く追求しても良かったが、間に入れば東の不興を買いそうだったので、身は弁えた。 冬島も東には説教されたくない。 「まぁでもある意味閉じ込められてよかったかもな」 「はぁ?どこがですか?」 「つぐみが外交に出られない状況になっただろう。行かせずに済むじゃねぇか」 「…確かに」 冷たい返事をしてくる結城ににやにやと笑いかける。 東はこちらの意見に乗ったようで深く頷いた。 「いや、俺それじゃ困るんですけど」 「東が心配してんだから素直に受け入れておけよ」 誰かを心配させてまで行くような話しではないだろうし、そもそも唐沢なら結城が居なくともうまいことやってのけるだろう。 結城が負担を受け入れる必要はない。 「まるで綺麗に納めようとしてますけど、俺は許しませんからね」 「おっと、誤魔化しきれねぇか」 「当たり前ですよ!!」 冬島はアハハと笑ってから、真面目な顔する。 「でも本心で、俺もちょっと心配だ」 結城のサイドエフェクトは迅同様一歩間違えればリスクを伴う。 相手の弱みを握れるとなると、野心家な人間などには手が出るほど欲しいはずだ。 おまけに見た目が悪くないとあっては。東が心配するのも分かる。 「鬼怒田さんは知ってんのか?」 「…多分、知らないと、思います。城戸さんと唐沢さんしか知らないはずです」 冬島の真面目な声につられたのか結城は少し言い辛そうに返してきた。 それに冬島と東は顔を顰める。 本部で上司にあたる鬼怒田も、玉狛支部長の林藤も知らないなんて、正式な仕事では無い。 「じゃあ俺から鬼怒田さんに話して止めさせることにするかな」 「え!?いやいやいや!俺別に全然気にしてませんし!」 「気にしないわけないだろ。少しでもきついなら、そもそも『使えるもん』じゃなかったんだよ、結城もエンジニアなら分かるだろ」 「―――……」 冬島の言葉に結城は困った顔をした。 今の所危険な目にはあっていないのだろうけれど、やりたいと志願したわけでは無いから、困惑しているのだろう。 恐らく力になれるのであれば、と頷いたに違いない。 結城は自分のサイドエフェクトで罪の意識に苛まれている。 それを正当化する理由がほしかったのは分かるが、見る度に辛いと思うなら、そもそもそんな事はする必要が無いのだ。 そんなもの直ぐにつぶれてしまう、楽しみを見出せないものなんて、続かない。 「ごめんなさい」 東に怒られ冬島に諭されて、結城は小さな声で謝った。 変に距離を取りたがる結城の心を捕まえた気がして、冬島は不思議な心地がした。 東はいつもこんな気持ちを抱いているのだろうか。 どうやら東は慣れ切っているようで、表情を緩めない。 「つぐみ、他に隠してる事だろうな?」 「え」 「ちょっとそこに座れ。良い機会だから洗いざらい吐け」 「何この展開!?望んでないよ!冬島さん!」 「あー、頑張れ」 長くなりそうな展開に結城が助けを求めるが、今回は良い機会だから一回きっちり怒られておけと、冬島は喉の奥で笑って傍観を決め込んだ。 床に寝ころんで、昏々と東に説教される結城を笑う。 決して無駄な時間じゃなかったなと思った。変なところで結城を潰さずに済んだ。 |