風間と眼鏡なし












風間が廊下を移動していると、気のせいかと思うほど小さな声で自分の名を呼ぶのが聞えた。
足を止めて周囲を窺う。
菊地原がいれば迷わず探せたのだろうけれど、生憎風間の聴力は一般的なため、位置まではわからなかった。
すると再度呼ばれた。

「風間くーん…」

集中して聞いていたので、今度ははっきりと聞えた。
そちらに視線をうつせば、観葉植物と壁の間に隠れるように結城がしゃがんでいた。
冷静な風間でもその様子には困惑した。
何故そこにいるのか。
何故しゃがんでいるのか。
何故哀愁漂っているのか。
言葉に言い淀んで、出てきたのは総称した言葉だった。

「…何をしているんですか」
「デスクで寝てて、起きたら眼鏡がなくなっていて。そこに当真くんがきたので全力で逃げていた」
「ああ、確かに眼鏡がないですね」

観葉植物が邪魔で気が付かなかったが、近づけば確かに眼鏡をかけていない。
確かにこれでは当真は飛び付くだろう。以前遭遇した時に、当真を窘めたのは自分だ。
その時はよく見えなかったので、物珍しくてしゃがむ結城を風間は見下ろす。

「かけていなくても見えるんですか」
「うん、別に目が悪いわけじゃないから」

てっきり視力が悪いから眼鏡をかけているのかと思っていた。
今流行りのパソコン用眼鏡とやらなのだろうか。

「人避け、的な感じで。あれがあると落ち着くんだ」

全然予想と違った。
人避けと言うが、風間の知る限り、この人の周りにはいつも人がいる気がする。
そこで東の言葉を思い出した。彼を守る暗示のようなものだと。

「…どうかした?」
「いえ、いつもと違うので、少し違和感が」

暗示、と言われれば確かにそうなのかもしれない。
眼鏡が無くなると、じっと見つめてくる紫の瞳に吸い込まれそうになる。
レンズ一枚あるかないかで、大分変るものなのかもしれない。風間自身は眼鏡をかけない為、感覚はつかめないが。
そういう意味で人避けの効果はありそうだ。
この瞳を見ていると、引きずり込まれるような錯覚をおぼえる。
無遠慮に風間がじっと見ていると、結城は頬を染めて顔を逸らす。

「見ても良いことないからあんまり見ないで」

普通に恥ずかしい。
そう言われてはっとした。
確かにじろじろ相手の顔を見るのは失礼かもしれない。

「すみません」

謝れば結城は首を横に振った。気分を害してはいないらしい。
風間は改めて周囲を見回す。
観葉植物と壁に挟まれて確かに人に見つかりにくい。おまけに人通りもないのでそう見つかる事もないだろう。
しかしこれは背水の陣だ。見つかったら終わり。
おまけに一体いつまでこうしているつもりなのだろう。

「これからどうするんですか」
「木崎くんが、眼鏡の予備持ってきてくれるから、それまで隠れている」

それは一体いつになるんだ。
玉狛が結城を大切に扱っている事は知っているので、木崎のことだから車を飛ばして来るのは想像に容易い。
けれどこの人はそれまでずっと一人でいるつもりか。
風間は少し思案してから、結城の隣にすっと腰を下ろす。
広くは無いが、風間が入るには十分な余裕があった。
二人ですっぽりとその空間に埋まる。

「木崎がくるまで俺も一緒にいます」
「でも、用事あるんじゃないの?」
「特には。任務までまだありますし、模擬戦闘でもしようかと思っていたところです」

風間がいれば誰かに見つかっても大抵の人間は追い払えるだろう。
それに、あまり彼と落ち着いて会話する機会が無かったのでこれは良い機会だと思った。
いつも第三者から結城の話を聞くばかりだったので、たまには直接話がしたい。
風間がそのままそこに居座るつもりであることにほっとしたのか結城が笑みを浮かべる。

「良かった、ありがとう」

ああ、なるほどと思った。
確かに、これは人を惹きつけるかもしれない。
風間はその紫の瞳を見つめ返しす。
自分の中に何か新しい感情が芽生えたのには、気が付かなかった。








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