緑川のお願い










本部の技術室で俺は真面目に仕事していたわけだ。
3つのディスプレイを駆使して必死こいてメンテナンスをしている俺に緑川くんが手を合わせて頭を下げる。

「だからぁ、お願い!」

俺今忙しいので構っていられないと顔を見た時にいったはずなのに、この子は居座り俺に何度もその言葉を繰り返した。
人の話聞いてた?耳聞えてる?
振り返りもしない俺にこりずに、緑川くんは続ける。

「バーンビューンでドーンって感じのオプション作って!」
「OK、日本語喋ろうぜ」

何言ってんだかさっぱりだ。
今ので分かりあえるほど俺は緑川くんと付き合いは長くない。この語彙力の無さは年相応なのか。いや、しかし無さ過ぎる気がする。

「作って作ってー!」
「いや、だから、そもそも何を?」

あまりにも煩くして俺は溜息をついてから、やりかけのプログラミングを保存して振り返った。
そこにいるのは緑川くんだけじゃない。
経緯はこちらに聞いた方がはやいだろうと、緑川くんの隣にいた白髪の子に声をかけた。

「ゆーまくん、とりあえず順を追って説明してもらっても良いかな」

ボーダーに正式に入隊して、緑川くんとゆーまくんが親しくしているのは聞いている。
切磋琢磨する事は素晴らしいが、そこに俺を巻き込まないでほしい。
ゆーまくんが口を開く。

「俺とミドリカワは何度か対戦してるんだけど、ミドリカワの勝ち越しは少ないんだ」
「うん」
「だから俺、遊真先輩に、勝ちたい」
「うん」
「その為には、まずスコーピオン専用のオプショントリガーが欲しいなって」
「うん」
「俺はミドリカワの事情はどうでもいいけど、今後役に立つなら欲しいなぁと思って」
「ああ…なるほど」

ちょくちょく緑川くんが割り込んできたが、かいつまんで事情は分かった。
なんだそんなことかと俺は本日二度目の溜息をつく。
メンテナンスを担当していると、オプションの話はよく話題にあがる。
こういうものが欲しいとか、こういう機能がほしいとか。

「スコーピオンに、スピードを生かしつつ、もう少し決めての一手になるような機能が欲しい」
「そうは言っても、スコーピオンわりと便利なはずだよ?何処からでも出せるし」
「でも耐久力無い!」
「そりゃそうだ。それが欲しいなら弧月を使いなさい」
「俺には弧月があわないの!」
「それならスコーピオンを使いなさい」
「だから、スコーピオン使ってんじゃん!オプション欲しい!欲しい!」

喚きだした緑川くんに、俺はいらっとする。
どいつもこいつも、オプションオプションうるさいな。
緑川くんの両頬をぎゅっとつかみ、アヒル口にさせる。

「ちょっと静かにしなさい」

笑みも無く、俺が真顔で注意すると、緑川くんはぴたりと動きを止めた。
最初からそれくらい大人しくしていてほしい。

「うるさくするならつまみだすよ」
「ハーイ…」
「おお、あれがつぐみさんのミドリカワのシツケ、か」

緑川くんは俺の何が気に入ったのかよく絡んでくる。
視力が尋常じゃないみたいで、俺からは見えないくらい遠くから駆け寄って来られた時は、犬にしか見えなかった。
その時、テンションがあがりきってはしゃぐ緑川くんを先と同じく黙らせたところ、それ以来躾と囁かれる様になってしまった。遺憾だ。
大人しくなった緑川くんに俺は手を離す。
緑川くんはしゅんとしていた。

「オプション欲しい…」

まだ言うかこの子は。
本日三度目の溜息をついて、肘置きに頬杖をつく。

「そもそも、何でゆーまくんに勝つためにオプション使うって発想になるの」
「え、だって色々あった方が戦い方の幅が広がるし」
「あのね」

なんたる短絡的発想。
俺は頭を抱えた。

「戦うってそういうことじゃないでしょう」

何で戦闘員じゃない俺がこんなことを言わないといけないんだ。
誰かこの子に師匠つけてやってくれ。公共の場で騒がないということと、語彙力について指摘やってほしい。
緑川くんを真っ直ぐに見る。

「緑川くんが勝ちたいゆーまくんは、緑川くんと同じグラスホッパー以外のオプション使ってる?」
「使って、ない」
「そうでしょう?キミが勝てないのは、純粋に経験が足らないからだよ。最初はオプションがあれば確かに勝てるかもしれない。けど、どれだけオプションを足しても、経験にまさるものはないよ」

最初は確かに見たことのないオプションにゆーまくんは戸惑うかもしれない。
けれど、経験値が違う。
ゆーまくんに視線を移した。
その小さ身体が色々な経験をしてきた事を俺は視ている。
どれだけオプションを使った所で、何れ負ける。
逆境を乗り越えられるだけの力が、ゆーまくんにはあるからだ。
緑川くんをもう一度見つめる。くりっとした瞳で俺を真っ直ぐに見つめる純粋さに言い聞かせる。

「緑川くんがすべきことは、今ここでオプションが欲しいと泣きつくことじゃなくて、模擬戦をひたすらに繰り返すこと。そして学ぶこと」

二人の差はそこにある。そして、根本解決はそこにしかない。
そう言いきると、緑川くんは悔しそうに手を握りしめた。

「……くそー、つぐみさんやっぱりすごい」
「そりゃどうも」
「ほう…」

ゆーまくんが顎に手を当てて感心した声をもらした。
少しは見直してくれたのだろうか。
オプションが欲しいと言われる事が多いせいかその話をされると反射的にイラッとしてしまう。忙しいので余裕がないのも確かだが、これだけは声を大にして言いたい。負けるのは、お前が弱いからだろうと。
確かにオプションがあれば優位かもしれない。でもオプションは全員に与えられるチャンスだ。自分以外が使って、また負けたら、新しいオプションを欲しがる、なんて事を繰り返されたらたまったもんじゃない。
それを自分のモノにできるだけの相応の強さが無い癖に、ただオプションが欲しいという、努力の無い奴はいらっとしてしまう。俺に頑張らせるな、お前が、頑張れ。
しかしまぁ、緑川くんがそんな子たちと一緒だとは思っていない。

「スコーピオンのオプションが欲しいっていう主張は分かった。でもこればっかりは俺だけでは何とも言えないからね。換装体とも関係してくるからチーム毎に打ち合わせしないと。…一朝一夕にはむずかしいけど、でも一応進言はしてみるよ」
「っ、わーい!」
「やったなミドリカワ」

この二人は上手に使いこなせるだけの可能性は持っている。
その未来にかけて俺が頑張るのは悪くない。
なので、今は、その俺の頑張りに釣り合うような努力をまずはしてもらいたい。
俺が折れると、緑川くんは両手を上げて喜んだ。ゆーまくんも嬉しそうに口元を綻ばせている。
忙しくて荒んでいた俺はそれにほっこり癒された。

なんだかんだ歳下は可愛い俺であった。







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