迅と恋人 「結城くーん、迅くん来てるよ」 「あ、はーい」 にらめっこしていたパソコンから顔を上げて返事をする。 時計を見ればもう夕方の6時だった。 おお、いつの間に。と、もはや恒例となった驚き。 残りの作業を確認して、まだ何とかなるレベルだと判断し、今日はこの変で切り上げることにした。 俺のお迎えが玉狛から来ることは既に技術部は誰もが知っていることで、玉狛のメンバーが付近をうろつけば直ぐに教えてくれる。保育園かなにかなのかなとちょっと憂鬱な気持ちになることもあるけれど、お陰さまで無事な生活が保障されているので文句は言えない。 俺はワンショルダーに財布とスマホを入れて立ち上がる。 「すみません、お先に失礼します」 「はいよ、気を付けてな」 「ありがとうございます、冬島さんも程々であがってくださいね」 部屋の隅でごそごそと何か仕込んでいた冬島さんが気もそぞろな相槌をくれた。 帰るつもりないな。 先輩に捕まる前に逃げようと、そそくさと技術室を出る。 入口の壁に背を預けて立っていた迅くんを見つけて声をかけた。 「お待たせー」 「いやいや、全然」 こちらを見て迅くんがにこりと笑う。 それに笑い返して二人で本部を後にする。 夏は日が長いから、この時間でも遠くに夕日が見える。 朝焼けも好きだけど、夕焼けもいいなぁ。 迅くんが手にしていたぼんち揚げを俺に差し出す。 「食べる?」 「食べない。今日の晩御飯は木崎くんの特製ビーフシチューだし」 「確かにそれは食べたい」 「でしょ?」 木崎くんじゃなくてもみんなが作ってくれたご飯はおいしい。だからいつも楽しみにしている。 ちなみに俺は食事係は免除してもらっている。 玉狛を不在にする時が多いから当番にならないと言われた。料理は好きじゃないので有り難く甘えている。 迅くんがぼんち揚げをしまって俺に手を差し出す。 「手でもつないどく?」 「嫌だよ、すごく蒸し暑いのに」 「言うと思った」 「あとぼんち揚げのせいで手がベタベタしてそうなのも嫌だ」 「今の良いね。彼女っぽい」 「男だよ」 「知ってた」 蒸し暑いから手が汗ばんでいるし、迅くんはぼんち揚げの油で手がベタベタっぽそうで嫌だ。 そもそも男同士が外で手つないでたらご近所さんにひそひそされるじゃないか。 それにヒーローであるボーダーがホモだったなんて知ったら大体の人はショックじゃん。 外で手をつながない理由は様々あるが、これが室内であっても別につないだりしないなとは思う。照れるし。 迅くんが手をひっこめて残念そうに肩を竦めた。 「俺達って恋人っぽくないよね」 「そう?ていうか恋人じゃない前が変だったからじゃない?一緒にベッドにはいってくるし、初対面で」 「今思えば一目惚れだったんだから仕方ない」 俺はぴたりと足を止める。 え、いまこの方なんて仰ったの。 突然止まった俺に訝しみ、迅くんが足をとめて俺を振り返った。 ちょうど意味を理解した俺は、ぶわっと顔が熱くなって、誤魔化す様に早歩きをして迅くんを追い越す。 「―――、はい?え、なに恥ずかしい事言ってんの。若さのせいか。怖いわ」 「あ、つぐみちゃん照れてるー」 「からかうのは止めなさい!」 赤くなった顔を片手で隠しながら早足で逃げようとしたが、反対の手を迅くんに掴まれて逃げ損なった。 「っ」 「一目ぼれは本当の事だよ」 何度も同じことを繰り返されるとより恥ずかしい。 俺が何も言えなくなると、迅くんは満足そうに笑って、俺の手に指を絡めて歩きだした。 さり気無く恋人つなぎをされて、つないだ手に引かれて俺も足を動かす。 年下の癖に余裕だし、ていうか何でこう恥ずかしげも無くできるんだ。 精一杯の虚勢で文句をつける。 「……手、ベタベタするんですけど」 「ごめんごめん」 言うに事欠いてそれかよといった感じで迅くんが噴き出して笑った。 恋人になるってこういうことなのかと今更に実感して、俺の心臓が持つのか不安になった。 |