出水米屋のクラスメイト //一般人 美術の授業でパンの絵描くのってなんの意味があるんだろう。 先生の目を盗んで模写用に持参した食パンの中をほじくって食べならぼんやり目の前のキャンパスを見る。 もう完成済みだ。上手いわけでもなく、かといって下手なわけでもない。 絵に描くよりどうせなら作る方がいいなぁ。食べられるし。 何で男子には家庭科の授業がないんだろう。 暇になった俺はそのまま横に倒れ込む。 椅子に座って横になれば普通は倒れるが、米屋が隣で描いているので、米屋の肩にもたれる形になった。 米屋のキャンパスを見れば、多分食パンっぽいものが描かれていた。 上手いか下手かでいえば、下手だ。 「しとどって」 「ん?」 米屋が首を捻って俺を見下ろす。 至近距離で見ても米屋の目は死んでいる。魚売り場の氷の上に米屋を並べてみたらわりとしっくりくるかもしれない。 「いっつも甘い匂いするよな」 「あー、確かに」 前で描いていた出水が振り返る。 キャンパスに描かれたのは米屋よりは上手いけれど、ちょっとくたっとしたパン。 米屋のがいつ買ったのか分からない忘れさられてカビてしまったパンだとしたら、出水のは賞味期限3日前だったけどまぁまだ食べられるよね大丈夫、でも実際食べたら駄目だったっていう感じだ。ちなみに俺のは、朝に焼かれて夕方まで誰にも買ってもらえずちょっとしんなりしたパンだ。 「髪の匂いかと思ったけど違うっぽいな」 「ちょ」 「服からか?」 米屋が俺の髪に顔を埋めるから、吃驚して離れる。 どう考えても距離感おかしい。 けれど米屋は何とも思っていないようで普通に首を傾げている。 「なんか変態っぽい」 「ちげーよ」 「いや、今のは俺もちょっと引いた」 「勘違いだっての!」 出水も同意してくれたのでおかしいと思ったのは俺だけではなかった。 ところで甘い匂いの話だ。俺は自分の服の匂いを嗅ぐ。 正直自分の匂いなんて常に嗅いでいるせいで特徴があるとか良く分からない。 しかし甘いと言われたら心当たりは一つしかない。 「家手伝ってるからその匂いじゃない?」 「家?しとどの家ってなんか店屋なの?」 「ケーキ屋だけど」 「え、まじで?」 「まじで」 「まじか」 「まじで」 あれ、言って無かったっけ。 二人は目を丸くして驚いていた。 先生が来たので俺たちは一旦口を閉ざす。 先生が米屋と出水の絵を見て渋い顔をしていた。そりゃそうだ。痛んでいるようにしか見えないんだから。 俺の絵はそこそこ褒めてくれた。パンほじくって食べたのがばれて呆れられた。 「手伝ってんの?」 「あたりまえじゃん。俺将来、パティシエになりたいんだし」 「ええ!?」 「初めて知ったわ…」 先生が去ったのを確認して米屋と出水がこちらを向く。 合格もらったのでパンはもう用無しとなった。ので、千切って容赦なく食べることにした。 「つーか、だからどんなに誘ってもボーダーには入らないって言ってたのか…」 「うん。ごめんにゃん」 「可愛い、もう一回言ってくれ」 「変態か」 「俺ももう一回聞きたい」 「言わねーよ、録音止めろよな」 出水がスマホを構えるので、顔を顰める。どさくさに紛れた戯れに全力でのっかってくるのは止めろ。 「俺も言うからしとども言おうぜ。ごめんにゃん」 「お前のは聞きたくねーよ」 「吃驚するぐらい気持ち悪くて目が覚めた」 「おい」 米屋が言うと出水は瞬殺した。まぁ気持ちは分かる。死んだ魚の目をした男がそんなこと言ったら気持ち悪い。リアクションもできず冷静に突っ込んでしまう。 「今度何か作ってこいよ」 「やだ」 「即答かよ」 「めんどくさい」 何で男に甘い物渡さなきゃいけないの。絵面が綺麗じゃないだろ。 ちなみに俺がパティシエを目指している理由は、子供と女の子をたくさん見る為だ。不純だと思われるかもしれないが、男のロマンだから仕方ない。俺はその気持ちを貫いてみせる。 「じゃあ買いに行くのは有り?」 「客としてくるなら俺は何とも言えない」 「じゃあ行く」 「俺も」 「ご勝手にどぞー」 ちょうどパンを食べ終わったところで、チャイムが鳴った。 退屈な時間から解放されて、俺は速攻席を立った。 キャンパスを先生に渡せば、「次は焼き立て目指そうな」と言われた。絵なのに焼き立てってなによ。焼き立てジャパンかよ。漫画のタイトルかよ。 |