出水と腰の低い後輩











曲がり角から飛び出て来た存在に出水は不意打ちをくらい、体勢を崩して転ぶ。

「っ」
「っとぉ!?」

ぶつかってきた相手も転んだようだ。
大して痛くは無かったが、ぶつかってきた相手を睨むように出水は視線を向けた。
文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、相手の方が先だった。

「いたた…前見ていませんでした、ごめんなさい!」

倒れた体勢から瞬時に土下座の体勢になり頭を下げる。
あまりの動きのはやさに一瞬出水はぽかんとして反応が遅れた。
男は顔を上げて出水に詰め寄る。

「お怪我はされていませんか!?」
「…別に」
「本当に申し訳ありません」

何とか絞りだして返事をすると、相手はまた深々と頭を下げた。
良く見ればC級の隊服を着ていた。
この間入隊式があったばかりなので、彼も恐らくその一人だろう。
唯でさえ苛立っているので、突っかかるのも面倒になり出水は文句を呑みこんだ。
出水が立ちあがると、相手は申し訳なさそうな声で話しかけてくる。

「あの」

話かけてくるなよという顔をすると、相手は困った顔をした。

「重ね重ね申し訳ないのですが、アタッカーの訓練室はどこでしょうか…?」
「そこ、左」
「ありがとうございます!」

出水が簡潔に答えると、彼は嬉しそうに笑いさっと立ちあがると出水に深々とお辞儀をして走ってそちらに向かってしまった。
嵐の様な相手に、出水は呆気に取られ、その背を見送った。





本部の地下にある人気の無い自販機の向かいにあるベンチに腰かける。
出水は深々と溜息をついた。
先程の周りの声が耳から離れない。

天才はいいよな。
天才とかずりーなー。
努力しなくてもいいんでしょう?

うるさい、うるさいうるさい。
出水は振り払うように頭を掻きむしった。
どいつもこいつも、出水を天才と言う。それが煩わしかった。
出水は参っていた。トリオン体での戦闘は楽しいが、ここにいると頭がおかしくなりそうだ。妬む声も賛辞も全てがうるさいし、過度な期待が重い。
イライラする度にこうして人気のない所に来ることが出水の癖になっていた。

「あ、さっきの!」

絶対に人は来ないと踏んでいたのに、声が聞えて来て出水は顔を歪めた。
顔を向ければ、先程曲がり角でぶつかったC級隊員だ。
追いかけてきたのかと思い出水は警戒するが、どこまでも嵐のような奴だった。

「ありがとうございました!おかげ様で訓練に間に合いました。ぶかつかってしまい申し訳ありませんでした」

出水の前で正座をかましてきて、深々とまた頭を下げる。
随分と頭の低い男だ。

「どなたかは存じませんがこのご恩は一生忘れません」
「は?お前……俺の事知らねーの?」
「へ?存じませんけど……?」

出水は全く嬉しくないが天才として名を馳せており、知らぬ人間はいないと言わしめるほどだと自負している。
当然C級も知っているはずだ。現に先程ラウンジで聞いた嘲笑の中にはC級隊員もいた。
けれど心当たりが一部もないようで、彼は首を傾げ、そしてはっとした表情を浮かべた。

「まさか知っていなければならない御身分の方!?世間知らずで本当に申し訳ありません!!!」
「いや別に、そういうんじゃないから」

身分の人間っていう言葉づかいをするやつ初めて見た。
ペースを乱されて出水は落ち着かない。

「俺はしとどです。よければ御名前を」
「出水。出水公平」
「いずみさん」
「聞き覚えない?」
「えっ、ごめんなさい、全くわかりません…」

しゅんとするしとどに出水はびっくりした。
せめて名前ぐらい聞いていても可笑しくないと思うのだが。

「自分まだ若輩の身でして、人様の事まで気にかけるだけの余裕がなく。御気分を害してしまったら申し訳ないです」
「ふっ」

若輩の身。思わず出水は噴き出して笑う。
言葉のレパートリーが古めかしい。
見かけはどう見ても出水より歳下で。それなのに、若輩の身。
おまけに確かにあんな周りを見ていない走り方をしていれば、人の事まで気がまわるような人間には思えない。
出水の話を耳にしていても、右から左で頭に入っていないに違いない。

「お前、喋り方個性的だな」
「そうでしょうか…?」
「面白いやつ」
「人生において初めて言われました」
「くくっ…そう言う所が面白いって…」

出水は腹を抱えて声を出して笑った。
しとどはさっぱり自体が理解出来ていない様子で頭の上でハテナを飛ばしている。
それがさらに笑いを誘って、出水は久しぶりに腹筋が痛くなるぐらいに笑った。
一頻り笑い終えて、目尻に浮かんだ涙を拭って、話しかける。

「俺は天才って呼ばれるぐらいのシューターだ」
「そうでしたか。それはきっと出水さんの持ち前のセンスとそれに驕らぬ気持ちがあるから成立しているのでしょうね」

何でもないことの様にしとどはそう言った。
そこで、出水は自分のイライラが無くなっている事に気がついた。
笑ってすっきりした出水は憑きものが落ちたような心地がした。

「何でしょうか?」
「あ、いや…。…困ったことあれば何でも聞けよ。助けてやっから」

しとどの頭を無意識に撫でていた。
自分でもなぜ手が出たのか分からないが、面白い奴だなと感じてしまった。
しとどがきょとんとした顔のまま「ありがとうございます」と口にするので、出水はそれにまた噴き出した。









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