二宮と学友











二宮は大学へ到着するとまず図書館に足を向ける。
二階建ての図書館の二階の、端にある自習室。
メールで確認せずとも彼がいつもそこで己を待つ事を、二宮は知っていた。
大学の本館から離れているため、図書室の自習室を使うものはほぼ居らず、今日も目的の人物以外は誰もいない。
その人気のない静かな自習室の、一番奥で頬杖をついて目を瞑る男。
白いワイシャツに黒いカーディガンを羽織る男は、近づく二宮の気配に気がついたのか目蓋を震わせた。

「…………ん…?」
「悪い、起こしたか」

しとどは決して気配に敏い訳ではない。
けれど、昔から二宮だけは間違いなく探し当てることができた。しとどは幼馴染の特権なのだと、笑って話した事があった。二宮が傍に来るとなんとなく分かるそうだ。
二宮が向かいの席に腰を下ろすと、しとどは目を開けた。

「匡貴」

机の上にはしとどの専攻している科目の資料が散らばっていた。気難しい教授だと評判で、苦労は骨に染みるという持論の元、電子媒体のレポートは受け取らない。そのため、手書きのレポート用紙が広げられている。

「大丈夫、うたた寝してただけだから」

しとどは机の上のレポートを閉じて二宮の前を空ける。
二宮は遠慮なくその机の上に腕を乗せた。
持ち手のついたクリアケースからしとどはノートを取り出す。

「これ、休んでた日のノート」
「いつも悪いな」
「俺にできることなら、なんでもするよ」

任務により大学を休む日がある二宮を気遣い、しとどはノートを自分用と二宮用に二冊とっていた。ボーダーに所属していないしとどは、二宮の日常生活のフォローに精を出すのが好きな様子だった。かといって押し付けがましいわけではなく、スマートにいつも二宮の傍にいる。それに助かっているので、二宮も疎んだ事は無い。
ノートを受け取り、二宮は表紙をめくる。板書の写しだけではなく、口頭での説明も細かく書き込まれている。

「今日はゆっくりできそう?」
「嗚呼、緊急の出動がなければな」
「そう」

少し声が和らぐ。しとどは表情の変化に乏しい男だが、二宮には声を聞けば直ぐに感情が分かった。今のは嬉しい時の声。

「相変わらず綺麗にとっているな」
「…少しでも役に立てるならよかった」

ノートは適度な色分けにより一目で重要な箇所が分かるようになっている。しとどは昔から情報の処理能力が高い。幼馴染の欲目を抜いてもオペレーターをさせれば秀でるだろう。
本人は、ボーダーには向いていないと首を振るが。

「ランク戦はどう?A級にあがれそう?」
「愚問だな」
「犬飼くんと辻くんがいれば心強いか」

二宮が隊長を務める隊は、降格さえなければ今もA級であったはずだ。しかし、厳罰処分により、B級に降格させられている。
色々と思うところはあるが、二宮達の実力があれば直ぐにA級に戻ることは可能だろう。少なくとも、二宮はそれを疑っていない。
しとども特に心配した様子はなかった。B級の降格の話を聞いた時は驚いたような声を洩らしたが、二宮の実力が損なわれたわけではないと知ると、納得したようだった。

「なに?」

しとどの顔を見ていると、しとどは訝しむ。
特に意味があったわけではない。この男は、いつまで己の傍にいるのだろうと、時々疑問に思うことがあるだけだ。これだけお互いの存在を当然のように受け入れていると、離れる日の事は想像できなかった。
けれど、想像など何の役にもたたないと、二宮は直ぐに考えを打ち消した。

「…飯に行くぞ」
「あ、うん」

二宮が立ち上がると、しとども資料をクリアケースの中にしまう。それを待ってから、二宮は歩き出す。数歩遅れて、しとどが付いてきた。
しとどは二宮の隣に並ぶと、時計を確認する。今の時間であればどこもまだ混んでいないだろう。

「今日なに食べる?」
「お前の食べたい物で良い」
「んー、じゃあ…」

しとどはまず先に二宮の意見を聞いてから、己の意見を言う癖がある。
おそらく無意識に優先しているのだろう。二宮が何か意見を言えば、よほどのことがない限りしとどはそれに従った。
とは言え、二宮も強制を敷いているわけではなく、しとどのさせたいようにするときもある。
それでお互いにうまくバランスをとれているので、お互いに苦に感じたことはなかった。

二宮はピースがはまるような感覚を覚えながら、しとどの意見に相槌を打った。







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