終わりたい子と嵐山2


「嵐山隊と終わりたい子」のつづき





俺のこの、この世から消えたいという願望は希死念慮というらしい。
この世から風に吹かれるかの如く消えたいと思う人はどうやら一定数いるようで、調べれば似たようなことを考えている人は沢山いた。
ということはつまり俺は特別な思考回路をしているわけではないということだ。きっとボーダー内にも俺と同じような感覚の人がいるはず。
それなのに何故俺だけこんなに嵐山准に絡まれているのか。

「いや…あの………あの……?」
「よかった、しとどを待っていたんだ」
「あの……?」

語彙力が著しく低下していまっているが仕方がないと思う。
夜間の防衛任務が終わった朝方。
そのまま隊室で仮眠して帰ったり、模擬戦闘を行う人もいるが、俺は任務の終わりとともに即帰宅のタイプなので、隊員に小声で挨拶をしてそそくさと本部を後にしようとした。
そしてあと一歩で出口、というところで、嵐山准に捕まった。
いやおかしいじゃないですか。約束してもいないのに複数あるボーダーの出口で待ち伏せって。

「いつもこの出口から帰ると佐鳥から聞いた」

佐鳥賢……お前か…。俺の存在を嵐山准が認知してから、同い年の佐鳥賢と時枝充が俺の情報を嵐山准へ横流ししている気がする。近寄らなくても俺の視界に嵐山准が入ってくることが多くなったからだ。やめてほしい。切実に。

「一応連絡したんだけどな」
「……すみません、まだ読んでいなくて」
「そうだろうと思った」

スマホを手にした嵐山准に気まずすぎて顔を伏せ小さく返答をする。
俺は誰かとメッセージのやり取りを行いたいと思う欲求はないので、連絡先を交換することがない。口頭での会話も相手の顔色が気になり苦手だが、文字でのやり取りも相手の顔色が気になり苦手だから。返事に悩み、人一倍疲れる。トークアプリでくだらない話をだらだらすると佐鳥賢はいうが、そういう行為も苦手だ。くだらない話ってなんだよ、だらだらってなんだよ……。
ノーと言えないばかりにいくつか登録された連絡先もあるが、切れる通知は全て切っているので、全て返事が遅い。そのためわざわざ連絡してくる奴もいなくなった、基本的に用事があれば口頭で言いに来る。
流石にボーダー支給の端末のためボーダーと隊からの連絡は受け取るけど。チームメイトと私用の会話はしないので、俺の返事はいつも「了解しました」だ。そのせいで「り」だけ入力すれば予測変換候補の一番最初に出るようになった。

嵐山准はそんな俺にめげずに連絡をよこし続けてくる猛者だ。直ぐに返事が来ないと気が付いてからは、急ぎの連絡はしては来なくなったが…。
嵐山准からの『今日は夜寒かったな。風邪ひかないように気をつけろよ?』というメッセージに対して、数時間後に『お返事遅くなりまして申し訳ございません。お気遣い恐れ入ります。嵐山さんにおかれましてもお体ご自愛ください』という非常に自分でもどうなんだろうという思う返事をしている。初めは気軽に返していいと苦笑いされたが、俺のビジネスメールは崩れず、もはや最近突っ込まれなくなった。だって分からない、嵐山准への正しい返答の仕方が。「嵐山准 メール 返答の仕方」でぐーぐる検索しても該当しない。テンプレートがないなら、ビジネスメールを参考にしかないじゃないか。冒頭に季節の挨拶を入れていないだけ褒めてほしい。

「今日は土曜日だけど、家に真っすぐ帰るのか?」

僅かに顔を上げてこくりと頷く。友人のいない俺に用事などあるわけがない。家にさっと帰って自室に籠りたい。そういえば今日は母が家にいると言っていたので、少しだけ憂鬱だ。何か思い通りにいかないことがあって、怒っていないと良いけれど。耳の奥で母親のがなり声がした。

「予定が無いなら」

架空の声を遮るように片耳を抑えながら何か言っている嵐山准の靴先をみる。

「俺に付き合ってくれないか?弟の誕生日が近いんだけどプレゼントを選びたくて」
「…え……?…………いや、…………え……?」

ちょっと何を言われているのかよくわからない。架空の声もどこかに吹き飛んだ。
理解できなくてその場で固まる。

「弟はしとどと歳も近いし」
「……あ、嵐山隊には、佐鳥賢も、時枝充もい、ます、けど……」
「俺はしとどと一緒に行きたいと思ったんだが、……迷惑か?」
「……」

デジャビュ。初めて嵐山准からメッセージが来て、食事の誘いをされた時と既視感。どうやったら躱せるだろうかと俺の頭の中はそのことでいっぱいになった。
あの時は何とか断ったし、その後もずっと断り続けているが、文字ならともかく、口頭で相手の気分を害さずに断る方法を俺はまだ身に付けていない。社交辞令の本をもっと真剣に読んでおくべきだった。
俺が断りの定例分を思い出しているその沈黙が良くなかった。

「そうか!よかった!」
「え」

嬉しそうな嵐山准の笑顔、沈黙が肯定に取られてしまった。ノーとはっきり口にできる日本人に俺はまだなれていないのがこんなとことで仇に。
嵐山准と出かけるなど、俺の胃が持たないし、会話も持たないし、気まずいし、何より周りの視線に耐えられない。想像だけで血の気が引く。そんな俺に気が付かずに嵐山准は腕時計を確認して頷いて、硬直した俺の手首を掴んだ。

「まだ店が開いてないから、先ずは何処かで朝ご飯でも食べるか」

『今日は予定があって難しいです。申し訳ございません』という断りが今更ながらに思いついた。遅すぎる。
温かくて大きな嵐山准の掌のことなど知りたくなった。
今すぐに風に吹かれてこの場から消え去りたい。生から逃れるためではなく、嵐山准から逃れるために。



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