ですから先に申し上げました通り、 //夢主にNL表現有り。付き合ってない。 ボーダーから戻り、自宅であるお好み焼き屋を両親の「おかえり」の言葉を背で受け止めて通り過ぎ、自室の電気をつける。マスクを下したところで、年中鍵をかけていない窓ががらりと開いた。 「まさ」 「……玄関から入って来いよ」 「何を今更」 影浦の部屋には窓があるが、その窓の向こうに景色などない。あるのは隣人の部屋の窓だ。つまり、隣人のしとどの部屋と影浦の部屋はガラス2枚を隔てただけで、おまけに二人とも窓に鍵をつけないため、ほぼつながっているといえた。 勝手知ったる影浦の部屋。しとどは窓を超えて、当然素足なので、そのまま影浦の敷きっぱなしの布団にもぐりこむ。 影浦は頭をかいてから、マスクをゴミ箱に捨てて、布団の傍に胡坐をかいて座り込む。 「またフれらたのかよ」 「かなしい」 「なら悲しそうな顔しろ」 「顔が伴ってないだけで、悲しい」 「……ったく」 乱雑に頭を撫でてやれば、ふわりと香るパンの匂い。しとどはパン屋の息子だ。影浦はパンより米の方が好きだが、しとどの家のパンはほかのどのパンよりも旨いと思っている。絶対に口にはしないが。 しとどが能面のように表情のない顔でぽつりとつぶやく。 「なんで顔に表情がでないと何も感じてないことになるんだろう…」 「分かんねーからだろ」 「だって、まさは」 しとどが影浦を見上げる。昔からちっとも変わらない。いやなことがあれば、こうやって能面みたいな顔で、しかしザクザクと刺さる感情を向けてくる。表情を母の胎内に落としてきたと、実の両親に言われるほど、しとどは顔に出ない男だ。 「まさはいつだって分かってくれる」 「こっちだって好きで分かってるわけじゃねぇよ」 「でも分かってくれる」 誤解されがちなしとどを最終的にフォローするのはいつも影浦の役割だった。影浦くんがいれば安心ね、としとどの両親に言われるほど、一緒にいた記憶はある。同時に、影浦が居たせいでしとどが表情を動かす努力をしなくなった気もしており、多少の罪悪感があった。 しかし、頭に血が上りやすい影浦はいつも我慢ができなくなるのだ。しとどが表面上耐えられても、影浦に突き刺さる感情は止まらず、嗚呼煩いまどろっこしいと手を出してしまう。 しとどは、いつもそれを嬉しそうな感情で受け止めていた。 「……楽してんじゃねーよ」 「楽してない」 影浦が絞り出したように唸っても、しとどは気にした様子はない。影浦は自分の頭をかく。 「しとども、相手の顔見ないと何考えてるかわかんねーだろ」 「まさのは分かるよ」 「はぁ?」 「まさは分かる。分かりやすいから」 「……はっ、どうだか」 「最近ボーダーに行くのが楽しい」 その言葉に影浦は動きを止めた。しとどを見れば、じっと影浦を観察するように見ていた。 「気になる白い頭の小さい子がいる」 脳裏に浮かぶのは玉狛の新人だ。しかしその話をしとどにしたことはない。基本的に影浦は、しとどにボーダー内の話はしないことにしている。 「だから帰ってくるのが遅い」 確かに、今日の帰りが遅くなったのは、玉狛の新人と仮想戦闘で遊んできたからだ。ボーダーに所属しないしとどが知るはずがない。しかし、同じ高校に通っているため、必然的にボーダーの知り合いは多く。ということはつまり。 「…誰に聞いたんだよ」 「穂刈」 「チッ、あの野郎……」 あの場に穂刈もいた。つまり影浦の行動は穂刈を通して筒抜けらしい。いや、行動、だけだろうか。 あいつ余計なことをと影浦が舌打ちをすれば、しとどは布団を頭まで被って逃げた。 布団越しの、くぐもった声で、しとどが訴える。 「ねぇ、まさ、そろそろ認めなよ」 |