きっとそれは美しすぎた 緑川は犬というよりイノシシなのかもしれない。だからドーンと走ってくるのかもしれないと、しとどは最近自分の考えを改めなおした。 今日も今日とてどーんとぶつかられたしとどは前につんのめって転びそうになるのを堪えたら左右によろけ、壁に強かに左半身を打ち付けた。 「しとどさーん!」 「お、おう……緑川、次は見つけても抱き着かないでくれるか」 「無理です!」 「そうか…」 そろそろ慰謝料を請求してもいいだろうか。最近見なれない痣が増えたなとシャワーのたびに思うのだが、どう考えても緑川のせいだ。しかしそれをいうといつも緑川に愚痴を聞いてもらっているので、心労の慰謝料を逆に請求されそうなので今回も黙って我慢することにした。じんじんと痛む左半身を摩りながら、緑川を見下ろす。またなんだか背が高くなった気がする。ふとした瞬間に、あれ緑川背高くなってない?という現象が最近多々見受けられ、いつ抜かれるかびくびくしていたりする。今のところは、当分大丈夫そうだが、数年もすればどうなるか。そんなしとどの内心を知らない緑川は今日も元気よくきゃんきゃんと喚いた。 「今日こそ!飯行きましょ!」 「あー…はいはい。何食いたい?」 「肉!」 「じゃあ焼肉でも行くか」 「わーい!」 近頃忙しくて緑川に誘われても良い返事ができなかった。流石に申し訳なく、仕事もひと段落し始めてきた頃なので、しとども頷く。別に緑川との食事が嫌なわけじゃない。確かにぐいぐいくるタイプの緑川には「お…おお……」と気圧されるときもあるが、じゃれつかれるのは純粋に嬉しい。 緑川が嬉しそうに手を挙げて喜ぶ姿を見て、しとどはまぶしいなと目を細める。 「今日は東さんには会わないでね、俺愚痴じゃない話が聞きたい」 「いつもいつも本当に申し訳ありません」 「うん、別にいいんだけどさ。しとどが話すことなら何でも聞きたいし。でもやっぱり他の男の話はヤキモチ焼くし」 「緑川のその時々垣間見えるイケメンさを俺に発揮しないで」 「なんで?俺この間言ったけど、真面目にちゃんとしとどさんを好きだから。常に口説いているつもりだから」 「やだこわい。なにこの14歳」 14歳にして人間ができていて怖い。いつも自分が頼りないからいけないのだろうか。どこで育て方を間違ってしまったのだろう。 緑川のふわふわの髪を撫でる。猫毛なのか指をするするとすりぬける感触が気持ちいい。 「緑川、そんなに急いで大人にならなくていいよ。全然、普通の14歳でいなよ」 「それじゃダメなんだ」 緑川はきっぱりとそう言った。そして頭を撫でていたしとどの手をつかむ。やわらかくまだ男の手になっていない少年の手に、しとどは怯む。手を引っ込めようとすると、ぎゅっと握られた。緑川の汗ばんだ手から緊張が伝わってくる。 「しとどさんはもう大人だ。その隣に並ぶために、俺は子供のままじゃ立てない」 いつになく真剣な顔に、あの時の緑川が重なる。好きだから、諦めないと言った日に、あの顔に。 「まだ身長も全然足らないし、確かに俺中学生だけど、気持ちだけでも、しとどさんと対等でいたい」 俺に好きな人がいなかったら一瞬で恋に落ちていたに違いない。何でこの子はさらっと、少女漫画みたいなことを言うんだ。俺が東さんを好きじゃなかったら大変なことになっていたに違いない。俺は緑川から離れたくてつかまれている手を引っ張るが、緑川は全然離してくれなくて。あいている片手で顔を隠しながらぼそぼそとつぶやく。 「はっずかしいこと言わないで」 「耳まで真っ赤だ」 「そういうところは見て見ぬ振りするのが大人だよ」 「そうなの?でも俺、好きな人の事は全部大切にしたいから、目ざとく見ちゃうや」 歯の浮くようなセリフに身体中が熱くなる。どこでそんなセリフ覚えてきたんだと問い詰めたいが、とても口を開ける状態じゃなかった。 いや、そんな、まさか。 こんなに年下に、断じてときめいてなんて、ない。 |