風間と終焉


//トリオンをつくるだけの存在
//死ネタ…のつもりはない






風間が城戸への報告を終えて廊下を歩いていると、目の前の曲がり角から見知った痩身が現れた。
向こうもこちらに気が付いたようで近寄ってくる。

「蒼也くん」
「しとど」

顔を見るのは4週間ぶりだ。
前よりさらに青白くなった顔に、一回り身体はさらにやせた気がする。
顔を見る度にやつれていくしとどに、風間は胸が痛くなる。何もできない自分がもどかしい。

「体調はどうだ?」
「今日は歩いてもいいって鬼怒田さんが」
「そうか」

足元はずいぶんとふらついていて、一人にしておくには危ない。
風間がしとどの手を握ると、しとどは嬉しそうに笑った。
骨と皮しかないしとどの手に、風間は気持ちが沈んだ。
初めて出会ったあの日、幼少期につないだ手とは、まるで違う。死にゆく者の手だ。

「今日は小南ちゃんはいないのかなぁ」
「基本的に玉狛だ」
「そっかぁ、残念。夢にね、小南ちゃんが出てきたんだ」

その言葉に、風間はぴくりと肩を震わせる。
しとどの夢は、現実に起こる、予知だ。

「悪い意味じゃないよ。良いことだったから教えてあげようって思ったんだけど…良いことはフライングでは知りたくないよね」

サイドエフェクトではなく、超能力の一種で、迅の未来視とは違い、しとどの見た夢は100%本当の未来しか見ない。
その代わり毎回見られるわけでも、見ようと思ってみているわけでもなく。
長らく寝ている間に見えるらしい。
悪い意味じゃない、むしろ良いことだというしとどの言葉にほっとする。
前に予知した悪い夢は、最上さんの喪失だったからだ。

「ゆーいちくんとか慶くんは?」
「迅は知らんが、太刀川は任務だ」
「そっか。会いたかったけど…蒼也くんに会えたからいいや。俺、戻るよ」
「送っていこう」
「ありがとう」

しとどは、昔からボーダーにいた。
トリオン量が非常に高く近界民によく狙われていた。
そして同時に身体が弱すぎて、全く動き回れないのだ。
ボーダーが組織として成り立ち、今の本部を作ってから、しとどはずっとこの中で生きている。

「今回はほかに何か見えたのか?」
「うーん、よく覚えてないなぁ。ぼんやりしてたら、今日だったから」
「そうか」

しとどの言うぼんやりの頻度はだんだんと長くなっている。
まどろみ、寝てしまうとそのまま何週間も眠り続ける。
それが、まるで死んでいるようで、風間はずっとしとどの寝顔が苦手で、しとどの寝ている間は会いに行かないようにしている。

「最近だんだんね、目覚める頻度が長くなっているのがね。ああ、こうやって死んでいくんだぁって思っちゃう」

昔はまだ健康そうだった体系も、今じゃ見る影はない。
しとどの言う通り、死期が、近いのだろう。

「俺も、蒼也くんたちみたいに、身体が丈夫で戦えればなぁ」
「お前も戦っているだろう」

ぎゅっとしとどの手を握る。
少なくとも、今は生きている。
確かに今は元気じゃないけれど、きちんと横で風間と話している。
そしてずっと風間たちに寄り添ってくれている。

「俺たちがこうしてゆっくり準備して動けるのは、お前の生み出すトリオンのおかげだ」
「ありがとう」

しとどのトリオンでボーダーは回っている。
外壁も、遠征のトリオンも、全てしとどが生み出している。
眠るしとどから抽出しているのだ。
昔その仕組みを林藤から聞いた時に、子供ながらにぞっとした。
しとどはトリオンを生み出す、機械の扱いを受けている。
小南と太刀川はあからさまに怒ったし、迅も顔をしかめた。
当の本人はその話をへらへらと笑いながら聞いていた。

「あのね、俺のトリオン、搾れるところまでちゃんと搾り取ってね」

しとどが風間の手を握る。
ボーダーはしとどを利用しているのに、しとどはずっと何もできない自分を嘆いていた。
そもそも、こんなやせ細った、病弱な彼からトリオンを奪うこと自体、正しいことなのか風間にはわからない。

「それでみんなが戦えるなら、俺幸せ。だから約束して」
「嗚呼、分かった」

しとどが繋いでいる手とは反対の手の小指を出す。
昔、よくこうして指切りをした。
しとどが目覚めるたびに、次もまた会えますようにと。
細い小指に指を絡めて、約束をする。
しかし風間はあきらめてはいない。

「大丈夫だ。お前の病気は治る。治れば、お前が望んでいるように、小南や太刀川、迅や俺に混ざって戦える」

昔からずっとしとどと自分たちは何が違うのだろうかと考えている。
身体の丈夫さなんて、トリオン体になってしまえば那須を筆頭に関係ないことは証明されていた。
それらと何か違うのか。
いつか、トリオンをボーダーへ一方的に与える関係が終われば、必ずしとどは自分たちと肩を並べる。
だから、次もまた目覚める。また会える。
風間がそういうと、しとどは笑った。

「送ってくれてありがとう」

そう言われて顔を上げれば、確かにしとどが普段生活する区画まで来ていた。
ここのガラス戸から先は風間は立ち入れない。
重要区画のため、立ち入りは禁じられている。
前を向いて扉へと向かうしとどの手がそっと風間から離れた。
風間も、そっとその手を放す。
しとどは扉を開けて、中に入る。
扉を閉めるのを風間は最後まで見届けようとした。
閉まる直前で、しとどが振り返って口を開いた。

「蒼也くん」

しとどがぽろぽろと涙を流していた。
付き合いは長いが、はじめてしとどが泣いた姿を見た。
ざわりと嫌な気配がする。

「俺ね、もう、だめなんだって」

なにが、だめだというのか。
しとどはあふれる涙をぬぐわず、じっと風間を見る。

「次は目覚めないん、だって」

糸で縫い止められたように動けない。
次がない?それはどういう意味だろう。

「俺ね……おれ、みんなに会えて、うれしかったよ。トリオンしか取柄なかったけど、そのおかげでずっとここに居られた」

違う、ボーダーがしとどをここに閉じ込めたんだ。
本当は、もっと別の場所で生きることも、専門的な治療が受けられる場所があったかもしれないのに、トリオンの高さ故に手放さなかった。
風間もその共犯で、連れて逃げることは何度もできたけど、次があるから大丈夫だと、言い聞かせて。
しとどは、何度でも同じ言葉を繰り返す。

「俺もみんなみたいに生きたかった」

みんなにまじりたかったと。
風間達が戦う様をずっと後ろで見ているだけだったしとどの最後の願いすら、風間は叶えることをせず。

扉は閉まり、しとどは背を向けて、暗い廊下に吸い込まれていく。
風間はその背を呆然と見送った。






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