諏訪とマホウツカイ //魔法使い マイペース 諏訪が一人暮らしをしているアパートの鍵を開けると、部屋の明かりが玄関までもれていた。 1LDKなので、居室の扉を閉めなければ必然的にそうなる。 諏訪がその灯りの中で靴をぬぐと、居室からそれがふよふよとやってきた。 「あ、おかえりなさい」 「………ただいま、浮くなよ」 「えー、歩くのだるいんですもん」 クッションに抱き着いてふよふよと浮いているのは、自称魔法使いのしとどだ。 自称とつけたのは、本人がそうだと言ったからだ。 諏訪としても他に魔法使いなど見たことがなく、そもそも魔法使いが実在するとも思っていなかったので疑い半分で、自称としている。 しかし現に彼はふよふよと浮いており、諏訪を毎回驚愕させる魔法を使って見せるため、魔法使いであることはほぼ間違いではないとは思う。 トリックというにはあまりにも彼は自然に物事をおこないすぎた。 「上着あずかりますねー」 「サンキュー」 諏訪が脱いだ上着をしとどは手を触れることなく持ち上げた。そう、上着が宙に浮いているのだ。 軽く指を振れば、その服がハンガーにかかる。 これが魔法じゃなければなんなのか。 しとどとの出会いは突然で。 ある日空から諏訪の目の前に降ってきた。 地面にぶつかるギリギリで止まって、そしてべちゃっと結局落ちた。 空から人が落ちてきたことに諏訪は心臓が飛び出そうになるくらい焦ったが、彼が額から血を流していたので諏訪は慌てて自室に連れて帰った。 なぜ救急車を呼ばなかったのかは自分でもよく分からない。多分救急車という存在が焦りすぎて頭から抜け落ちて、とりあえず連れて帰って治療せねばと思ったのだと思う。 その後しとどが目を覚まして、行く宛がないというので療養もかねてここに住まわせている。 頭の傷はすっかり良くなっていて、もう少しすれば痕も綺麗になくなるだろう。 なぜ怪我を負っていたのかを聞いたら、魔法使いが暮らす世界で負けて追放された際に負った傷だと言っていた。 諏訪が彼をここに住まわせる理由はそこだ。 彼は、近界民ではないらしい。 本人が言うに、世界は本棚の中の本のようにいくつもあって、同じ本棚の本が平行世界。別の本棚の世界が、異世界らしい。 彼は異世界から来たと言った。住んでいた場所を追放された際に、命を狙われたから、もう追ってこられないように、本棚を飛び出したのだと。 言っていることの意味はさっぱり分からないし、正直信じるに値しない上に、なぜ世界の構造を知っているのか色々と不可解だ。 しかし近界民でも人間でもない彼を外へ放り出すのは憚れた。 おまけに、超絶凄腕の魔法使いだと本人は言っているが、まだ16,7ぐらいの少年で、あどけなく首を傾げる姿に、諏訪も鬼になれなかった。 そもそもボーダーにすら、なんと報告すべきなのかわからず、まだ何も言っていない。 そんな感じで、奇妙な二人暮らしをしている。 「なんか困ったことあったか?」 「いえ、特には。諏訪さんのお宅には書物が沢山ありますし、それにテレビって面白いですねぇ」 「そりゃよかったな」 玄関の直ぐ脇にある小さなキッチンには、鍋が置かれていた。 朝はなかったはずなのでどうやら料理をしたようだ。 「お、なんか作ったのか?」 「はい、魔法でちゃちゃっと」 しとどが何かをするときは大体魔法だ。鍋を出しだり、野菜をきったり。わざわざ手を使うのが理解できないらしい。 そういう理由で彼は浮いている。飛べるのになんで歩くの?と聞かれた時は返答に困った。 まだ温かい鍋の蓋をあける。 「うどんをつくりました」 ふわりと香る出汁のにおいに食欲を誘われた。 基本的にしとどは家事も料理もうまい。 やり方さえわかれば魔法を使うのと変わらないという。 その感覚がよくわからないが、料理はレシピの本さえ渡せば何でも作って見せた。 ちなみに元がないものを出すことは魔法ではできないらしい。いきなり完成はせず、材料をそろえて、その工程で使うのが魔法らしい。 本人は魔法は楽だと言うが、諏訪が思うにそこまでするなら手を動かせばいいと持ってしまうので、一生魔法には縁がなさそうだ。 鍋の中にはすでにうどんが投入されていた。 「うどんかよ!のびるだろ!…のびてるし!」 「のびたぐらいが美味しくないです?」 「俺は出来たてが食いてぇよ…」 うどんならすぐ茹るのだから諏訪が帰ってから入れてくれてもよかったと思う。 しかし文句を言うだけ無粋だ。作ってもらえているのは感謝しないといけない。 「だって諏訪さんいつ帰ってくるのか分かんないんですもん」 拗ねたように口をとがらせるしとどに諏訪は笑う。 しとどは未来視ができるというが、未来に興味がないらしい。 だから諏訪の帰宅を知ろうと思えば出来なくもないが、やらない。とのことだ。 諏訪は手に提げていた紙袋から箱を取り出し、箱の中身をしとどに渡す。 「ほらよ」 「なんですかこれ?」 「スマホ。これあれば大体俺と連絡とれる」 「あ、噂のスマホ!わーいありがとうございます!」 格安SIMで手に入れたが、それでもB級の諏訪の財布は少々傷んだ。 しかししとどが嬉しそうに笑えば、まぁいいかとなってしまう。 しとどは諏訪のスマホに前から興味を示していたので、自分専用の新しいおもちゃの存在にいたく嬉しそうだ。 部屋の隅でクッションに座ってふよふよ浮きながらスマホをいじっている。 諏訪は皿に移し替えるのも面倒で、鍋のままうどんを炬燵机に持っていく。温めなおしは面倒なのでしない。 つけっぱなしのテレビでは、サンタ姿のアナウンサーがクリスマス特集をしていた。 残念なことに諏訪のクリスマスの予定は今のところしとどの面倒をみるくらいだ。 箸でうどんをすくい、ずずっと吸う。 伸びているが、味が染みていてうまい。 諏訪好みの味に、もういっそ二人でぼんやりこのまま過ごすのも悪くないなぁと思ってしまう。 そんな諏訪の心を知らず、しとどはスマホの画面とにらめっこしている。 「……なんでこれ一々手で操作するんですか?めんどくさい」 「それくらいやれよ」 しとどならそのうちフリックなども魔法でやりだしそうだ。 しとどが凄腕の魔法使いになった理由は、ものすごく物臭だから全部魔法でやりたかったらしい。阿呆だと思う。 「人間は大変ですねぇ。機械に頼らないといけないなんて」 「お前はちっとは動けや」 「えー」 いっそ潔いくらいに嫌そうな声を出すので、諏訪は笑った。 しとどはそんな諏訪を見て目を丸めて、そしてふんわり笑う。 ふよふよとおりてきて、諏訪の隣に腰を下ろす。 「うどん美味しいですかー?」 「ああ、普通に」 「よかったです」 しとどが「炬燵にいれてくださいー」というので、少しずれて場所をあけてやる。 しとどは隙間にするっと入り込み、机に上半身をぴとっとつけてまるまる。 口にはしないが、日中一人でずっとこの部屋にこもっているので寂しいのだろう。 なんとなく、しとどが一人があまり好きじゃないことを諏訪は感じていた。 「なんですか?」 「いや、別に」 じろじろとしとどを見ていると、しとどはこちらを見上げた。 適当に濁して、諏訪はうどんをすする。 このままは、しとどにはよくないだろう。 本当は、ボーダーで保護するなりなんなりしないといけない。 「しとど」 「なんですか?」 「お前、この家好きか?」 「そうですね、衣食住には困らないので」 贅沢しなければ、諏訪でもしとどを養ってやることはできるだろう。 しとどは何も欲しがらなかった。 ただここに居られれば、それで良いという。 それで諏訪も満足しているが、流石に16,7の少年を閉じ込めておくのは罪悪感がつのる。 どうするのが、二人のため、というかしとどのためになるのだろう。 元の世界には戻りたくないしとどの居場所は、諏訪の部屋以外にはなくて。 それを作ってやるのが、諏訪の役目なんだろうか。 悩む諏訪の隣で、しとどはスマホをいじりながら「あ」と思い出したように声をあげた。 「そういえば、今日風間さんって人が来ましたよー?」 「へー……はぁ!?」 「俺の顔見て帰って行きましたけど」 「マジかよ…!」 今まで誰も訪ねてこなかったのでぬかった。 諏訪は慌てて自分のスマホをズボンのポケットか取り出す。 呼び出す番号は、風間だ。コール1回でつながった。 「おい、風間!お前、今日うちに……あ、ああ。親戚、みたいなもんで…アレだ、浮いてるように見えたのは幻覚だ!」 ある意味、今が相談するチャンスだったのかもしれないが、諏訪はつい誤魔化してしまった。 なんとなく、この奇妙な存在との二人暮らしを悟られたくなかった。 適当に嘘を連ねる諏訪に、電話口の風間は全く信じていない様子だった。 これは明日本部に行った際に問い詰められる。諏訪はそれを覚悟した。 次の日。 諏訪は仁王立ちの風間やボーダー関係者に、しとどの存在をすべて自供させられた。 しとどの存在は当然未知のもので、一旦ボーダーでの保護が決まった。言い換えれば、監視するということだった。 気持ちの良い展開ではないが、いつかこうなるとは思っていた。 どこかほっとした諏訪だったが、諏訪が風間達をつれてアパートに戻ると、しとどは姿を消していた。 冷蔵庫に作り置きされたおかずの数々と、炬燵机に昨日諏訪が買い与えたスマホを残して。 |