──召喚師に似た服を着た人物が、エンブラの軍を指揮している。
消えた李依と入れ替わりに飛び込んできた情報は、一つの仮説を立てるのに十分だった。
タクミは召集された他の英雄たち、そして軍の要であるエクラと共に、目撃情報のあった森の奥深くへ進軍していく。そこに。
「──エリヴァーガル」
特大の魔道が、森を穿った。
──────
エクラの進軍を見越していたエンブラの襲撃。
やむを得ず散り散りに散開し、タクミが転がり出たのは木々の切り払われた広場だった。
待ち伏せていた複数のエンブラ兵が立ちはだかる。その傍らに立つ、見慣れた背格好に目を疑った。
白い裾がはためき、あしらわれた金の紋章がきらめいた。見間違う筈もなく、また、タクミが望んでいた人物がそこに居る。
「李依!」
名前に反応したのか、それとも単にタクミを認識したのか。ゆっくり顔を上げ、タクミに焦点を合わせる。温度の無い瞳に、言葉が届いていないことを直観する。
す、と目が細められた。
「……風神弓、近距離反撃、復讐……」
その目はタクミ自身を見てはいなかった。独り言のような、なにかを読み上げるような機械的な声。
──タクミくん!
何が楽しいのか、嬉しそうに笑って駆け寄ってくる李依は。
「アーマー、ナイトを前方へ移動させて。ナイトはそのまま敵弓兵を林に追い詰めろ」
何の感情も浮かべずに、エンブラの兵士に指示を出す。
アーマーに思い切り押し出され、ナイトが一気に距離を詰めてくる。
呆けていたせいで対応が遅れた。
背後には林が控えている。もとの世界では風神弓の効力でいかなる地形もものともせず自由に動けたが──この世界では、その能力はまた別のものとなっている。故に、林に入れば機動力は半減してしまう。
「舐めるなよ!」
だから後退ではなく、ナイトをすりぬけ思いきって前方へ。
敵をすり抜けて移動する。それがこの世界での風神弓の加護だった。
特攻してくるのは予想外だったのか、李依はやや目を見開き立ち尽くしている。その隙に一気に距離を詰める。
あと一歩で──李依に届く!
手を伸ばす。その先で李依が小さく口を開いたのが見えた。
「──マージ。ファイア」
横からの火炎に殴り付けられ、吹き飛ばされる。
「ぐぁっ……」
反撃の体制も整わないまま、マージが次弾を放とうとしているのが見えた。
追撃が来る!歯を食い縛り、来る痛みを覚悟する。
「トロン!」
金色の槍が一閃。背後からタクミの脇をすり抜け、いままさにマージから放たれようとした魔道を打ち消して敵に突き刺さり、そのまま倒れた。
「大丈夫かい?タクミ」
落ち着いた、しかし真剣さを帯びた声。
振り返れば先ほどの魔道と同じ、輝く金色の瞳が李依を見つめていた。謎多き白髪の軍師。手元では厚い装丁の魔道書が今しがた放った雷の残滓を纏っている。
「ルフレ……」
「タクミ、遅れてすまない。エクラとは引き離されてしまったけれど……分断される瞬間、エクラのもとにはアルフォンスがいた。きっと大丈夫だ。──だから、今は李依を」
エクラとアルフォンス。二人の実力を、何より絆を信じるルフレの強く、聡明な瞳が戦場を一瞥する。
「今、エクラは居ない。だから今日は兵としてだけでなく軍師として……僕がこの場を指揮する。いいかい?」
「出来るのか?」
「ああ、任せてくれ。僕がこの戦いを終わらせてみせる」
イーリス王国聖王の最も信頼する軍師が、敵の将を見据えた。