ゼロと冷戦、そして飛び火




(「ゼロと冷戦」から分岐
タクミと関係や想いを拗らせて泥沼になる没ifルート)








「ならイってやろうか?
アンタがタクミ王子を純粋な思慕ではなく、自分がここに居る理由のために利用していると。
気に入ってもらえれば戦えなくても衣食住には困らない。そんな風に考えているいやらしい人間だと……」

「タクミくんは関係ない」

気がつけばゼロさんの妄言を切り捨てていた。
怒りで腸が煮えくり返る。この穏やかなアスクに来てから初めて抱く、激しい怒りだった。
私がタクミくんを利用する。それは私へ侮辱であると同時に、タクミくんへの侮辱でもあった。私のこの切り返しは予想外だったらしい。ゼロさんは少し面食らったようだった。

「……ほう?タクミ王子は関係ないと」
「全くありませんね。そんな風に思われていたなんて心外だ」

アスクに居るためにタクミくんに媚を売っている……そんな邪推に腹が立つのは、否定しきれない自分自身に向けたものか。
早く不愉快な場所から立ち去りたかった。踵を返す。

「話はそれだけですか?」
「待て。なら、お前にとってタクミ王子はなんなんだ」
「私にとって、タクミくんが?」

タクミくんとは命を助けてもらって以来アスクで最も交流している。
彼は私にも付き合ってくれる、かけがえのない大切な存在だ。ふざけることはあるけれど、それを通じてある種の信頼も深めてきたと思っている。
けれどこうして、私だけでなくタクミくんまで邪な目で見られるくらいなら繋がりなんてなくていい。本当なら要らないはずの私の存在が彼を貶める。
口を開く。

「……彼は命の恩人ですよ。それ以上は、ない」

命の恩人。それは嘘ではない。
それ以上はないと、タクミくんと今以上の信頼関係を自ら否定する。身を切られるような痛みより、今は沸き立つ怒りがずっと大きかった。──そう。私と彼に、これ以上は有り得ない。




──


「タクミくんは関係ない」

廊下の曲がり角に差し掛かった時、飛び込んできた言葉に足が止まる。
自分の名前。そして聞き慣れた声の、全く知らない声音だった。

「……ほう?タクミ王子は関係ないと」
「全くありませんね。そんな風に思われていたなんて心外だ」

一体、なんの話をしているんだ?
僕のいないところで僕の話をしていたこともそうだが、李依のこんな冷たい声を聞くのは初めてで困惑する。内容がうまく入ってこない。

──タクミくんは関係ない。
僕が関係ない事ってなんだよ。李依のことで僕が関係ないことなんて、あるのか。

「話はそれだけですか?」
「待て。なら、お前にとってタクミ王子はなんなんだ」
「私にとって、タクミくんが?」

心臓が跳ねた。李依が口を開き、言葉を続ける気配がした。
そして吐き捨てた。


「……彼は命の恩人ですよ。それ以上は、ない」