帰ろう、そう決めてから纏めておいた荷物の中に本を突っ込み席を立つ。どれほど待ったとしても、彼を見ることは適わないのに。引っ越してしまったんだ、帰って来るわけがないとわかっていてもどうしても一目また彼の姿を見たくて、相手にされることなんてなかった。ただプリントを渡す、ノートを回す、彼が本を読んでいる姿を見るだけでよかった。よかったはず、なのに、私の心にぽっかりと大きな穴が開き始めたのは前の席に彼がいなくなってから。


かつん、かつん、と階段を下る。あと三段、二段、一段。サッカー棟の方をちらりと踊場から見る。あの人はいないはずなのになんだか胸騒ぎがするのはなんでだろ、



「ねえ、聞いた?!」
「聞いた聞いた、南沢さん……」





***




一瞬だけ、呼吸の仕方を忘れた。見たくて見たくて、仕方がなかった。あの窓の外を曇った表情で見つめていた南沢くんの顔が、忘れられなくて、ああ、でも、よかった、あのときのようにまた綺麗に笑えるようになったんだね、車田や三国や天城と、またあのときのように笑えるようになったんだね、どうしてだか自分のことのように嬉しくって、でも少し寂しい、





『、これからも、頑張ってね南沢くん』





君がいなかった日
title:秘曲



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -