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「セイン」

私の名前を呼ぶ彼女の声が聞こえたが、立ち止まらないし振り向かない。顔を見なくても、彼女がどんな表情をしているかなんて簡単に想像できる。きっと眉にシワを寄せ、拳を強く握りしめてこちらを睨んでいるに違いない。

「セインってば」

再び彼女に呼ばれる。ため息をつき仕方なく立ち止まると、彼女が私の前まで走り、くるりと向き直った。やはり彼女は眉にシワを寄せていて、拳を強く握りしめてこちらを睨んでいた。

「もう、帰りたいの」

その言葉は初めて聞くものではなかった。毎日、いや一日中聞いてるかもしれない聞き飽きた言葉を、私は決まって「駄目だ」と返す。彼女は私が「駄目だ」としか返さないのを知っていて、それでも「帰りたい」と訴える。

「何でよ」
「‥」
「魔王の花嫁だとか言うから‥もう逃げられないと思って諦めてたのに」
「‥」
「ちゃんとした花嫁がいるんじゃない」
「‥」
「だったら私はもういらないでしょ?帰してよ」
「‥駄目だ」

私は彼女に想いを寄せている。それはいつからかはわからないが、私が彼女をここに連れて来る前だというのは確かだ。
魔王の花嫁だという嘘をついて、彼女を連れてきた。勿論理由は側にいて欲しいからだ。しかし、本物の魔王の花嫁となる人間を連れて来た事を知った途端、あれだけ静かだった彼女が「帰りたい」と、毎日口を開くのだった。
彼女は魔王の花嫁となる人間と親しくなっていた。私達とは嫌そうに、目も合わさずに話すというのに、その人間には楽しげに会話を交わしていたのだ。それが何となく気に食わなくて、私は無理矢理彼女の腕を引いた。

「え、ちょっ‥セイン!?」
「何やお前!今ウチと話してるんやで!」

魔王の花嫁となる人間の制止を無視して、私は彼女を個室に連れ込んだ。ドアは我々以外に開ける事ができないのを知らずに、彼女はこの部屋を脱出しようと試みたが、ドアが開く事は無かった。

「‥何で、」

何でこんな事するの。彼女の消えそうな声が私の耳に届く。罪悪感を感じない事は無かった。彼女を傷つけてるのもわかっている。だけどやっぱり彼女の事が好きだから、どうしても側に居てほしい。

「リカちゃんから聞いたの」
「‥何をだ」
「リカちゃんも無理矢理連れて来られたって!魔王の花嫁とか言って本当は、ただ人を掠ってるだけなんじゃないの!?」
「‥あのお方は魔王の花嫁に相応しい。ただ人間を掠っている訳ではない」
「意味わかんない!早く私達を帰してよ!」
「‥」
「それに私は関係ない、どうして‥」

彼女の言葉を最後まで聞かずに、私は噛み付くように唇を重ねる。彼女が抵抗しないのは、恐らく突然の事に頭が追い付いてないのだろう。
彼女がようやく今の状況を理解し、ぱんっという音と共に頬に痛みを感じた。

「最低」
「‥」
「もうすぐ代表選手が助けに来る、私はリカちゃんと一緒に出るから」
「‥、」
「セイン、そろそろ‥あっ」

がちゃりとエカデルがドアを開けた瞬間、彼女は素早く部屋から脱出した。エカデルは「すまない」と言って、彼女の走って行った方を、ただ黙って見つめていた。

「‥行こう」

私がそう言うと、エカデルはこくりと頷いた。それを確認した私は、ゆっくりとその部屋を後にした。


彼女の言う通り、魔王の花嫁となる人間の仲間がここに来た。彼女を帰さない為にも全力で戦ったが、不覚にも負けてしまった。
魔王の花嫁となる人間は解放され、奴らの元へ走って行った。彼女も私を横切ってそちらに向かおうとしていた。私はやっぱり彼女を手放したくなくて、また腕を掴む。彼女は抵抗しなかったが、ただ冷たい表情を私に向けて、「セインなんて大嫌い」とだけ言った。
その言葉を聞いた私は、ショックやら何やら色んな感情がぐるぐると胸の中で渦巻いていき、涙が出そうになったが堪えた。その代わり、彼女の腕を掴む手の力が抜け、彼女はあっさりと私から離れた。

「待っ‥」

傍にいてくれなくていい、だから嫌いにならないでくれ。私はお前が好きなんだ。
何度も何度も手を伸ばすが、彼女には届かない。それと同時に私の最後の言葉も、彼女には届かなかった。



20101228/ぼくを好きになってくださいと、そう思うことは愚かなことでしょうか。
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