(無題)
「伊作くん、私がプロポーズしたら受けてくれるか?」
そういうことを唐突に聞いてみたくなった私は何も考えずに言葉を口にしていた。いや唐突というほど唐突でもない。前々から聞いてみたかったもののタイミングが掴めなかっただけだ。伊作くんは書物を捲る手を止めて顔を上げる。ちゃんと私の言葉を聞いていたはずだ。書かれている文字のわりに捲るのが早くて、本に集中していなかっただろうから。
「それ聞いたら今の言葉がプロポーズになりますよ」
伊作くんは苦笑して、私を見た。私にとってはプロポーズのつもりだ。そういう回りくどい聞き方をするのは照れ隠しの部分もあるってことは言わないでおく。
「いいんだ。だって結婚しよう。はなんだか違う気がするから」
やんわりと言い訳をした。伊作くんは雑渡さんらしい、と言う。
綺麗な場所でもないし、いい雰囲気でもシチュエーションでもない。いつもと変わらない保健室で、目の前には伊作くんがいれてくれたお茶がある。でも私たちにはこの場所が全てだったし、相応しいと思った。私はもう一度伊作くんに聞く。
「プロポーズしたら受けてくれるか」
伊作くんは私としばらく目を合わせていた。それから、私から目をそらし宙を見つめる。
「うまい言葉を探してるんです」
そう呟いて、少ししてから何か思い付いたのか伊作くんは再び私と目を合わせた。
「次に会えたら」
伊作くんは笑った。私はじゃあがんばらないと、と笑う。
「だからまた僕に会いにきてください」
当たり前のことを聞くもんだと思う。私にはここに来ないという選択肢はないんだ。だから必ずこのプロポーズを受けてもらう。伊作くんは本気にしているのかどうかわからないが、次ここに来た時には真剣に私の言葉を考えてほしい。