(匂い)

煙草が本当は嫌いだと言ったら、雑渡さんはそれから僕の前で煙草を吸わなくなった。僕はそれが嬉しかった。僕のために雑渡さんは煙草を吸わないのだから。でも雑渡さんの服に染み付いた煙草の匂いは消えないままだった。僕のいない所で雑渡さんは煙草を吸っている。雑渡さんからは、いつも煙草の匂いがした。それが嫌でも僕は雑渡さんから離れることはなかった。
逆に僕は、僕の知らない所で煙草を吸っていることを不快に感じるようになった。僕らの間で煙草のことが話題にのぼることはなかったから、僕には煙草を吸っていることを咎めることはできなかった。自分から煙草の話を持ちかけるのは気が引けたし、僕といない時まで雑渡さんの行動に口を出すのはしてはいけないことのような気がした。
煙草の匂いに慣れた頃には、煙草に対する不快感は消えていた。でも身体は拒否するんだろう。無意識に顔をしかめてしまったり、咳がふと出てしまうのはしょうがなかった。






「これから煙草ひかえるよ」
「え…」
「健康に良くないし、」

「第一君が嫌いだからね」

はにかむような笑顔で雑渡さんは僕に言った。僕の為に、雑渡さんは煙草を止めると言っている。嬉しいはずなのになぜか僕は複雑な気持ちで、でもそれを顔にはださなかった。
この寂しさは何だ。



次に雑渡さんに会った時にはもう、雑渡さんから煙草の匂いはしなかった。
やっぱりもやもやしたものが胸のあたりにある。違う人に会ったような気がするんだ。煙草の匂いがしないから。



僕は雑渡さんの煙草の匂いが好きになっていたんだろう。煙草の匂いが好きなんじゃない。雑渡さんが好きだからだ。僕といない時の雑渡さんと、僕の繋がりは煙草だけだから。僕といない時まで雑渡さんを束縛できない僕との繋がり。それは身体が拒んでも、心は拒まなかった。でも今さら煙草は嫌いじゃなかったと、僕には言えなかった。




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