(海のしょっぱさは涙の味)


海に行ったことがないと言ったら、連れて行ってやると言われた。学園から海は遠いし、流石の七松先輩でも本当に連れて行ってくれるとは思っていなかった。しかし、七松先輩に常識は通用しない。私としたことが忘れていた。
そういう訳で、私達は山越え谷越え海へ行くこととなった。デートというにはあまりにも険しい道で、まるで実習じゃないですかと先輩に言ったが聞いていないようだった。いけどんモードの先輩のテンションについていくのも疲れる要因だ。私のため息の回数はいつもより格段に多くなる。
しかし、始めての海を見たら今までの疲れは吹き飛んだ。それまでに綺麗だった。人から聞いて想像していたものより、ずっと綺麗だった。砂浜はただ広く、海も広くて青い。

「相変わらず綺麗だな!」

七松先輩は走り出す。私も先輩に習って砂浜を走るが、思ったより走りにくかった。先輩の方はそんなこと全く気にしていないようだ。
海を近くで見ると海水は透き通っていて、下の砂が見える。綺麗だ、以外に言う言葉が私には見つからない。海から吹く風に顔をしかめる。慣れない変な匂いがした。

「なんだか生臭い匂いがします」
「それは海の生き物が腐った匂いだ。生きている証拠」
「へぇ」

七松先輩は私の知らないことを知っていないようで沢山知っている。六年生である七松先輩との差をまた見せつけられたような気がした。私はプライドが高いと自負しているから、正直悔しい。七松先輩についてはそれだけではないけど。
私は側にあった木の枝で砂浜に落書きを始める。書いても書いても、波に消されるねこ。なんだか楽しくなって少し夢中になっていた。

「私はもう海に遊びに来れないかもしれないなあ」

私は落書きの手を止める。唐突にそんな言葉を口にした先輩の声には寂しさが混じっていた。表情は後ろにいる私からは見えないが、やっぱり寂しそうな表情をしているんだろう。最近の先輩がよくするその表情が私は苦手で嫌いだった。なぜそんな顔をするのか、その理由が私にはわかっているから。私は苦しくなって立ち上がる。

「なにしょんぼりしてるんですか!らしくないですよ」

腰に手を当ててたそがれる先輩の背中を勢いよく押す。それは私にできる精一杯のことだった。
私に突き飛ばされた先輩は海に倒れこんだ。水が派手な音を立てて飛び散る。私の服も少し濡れてしまった。受け身をとったはずだが、七松先輩はびしょ濡れだった。

「あーあ、なんてことするんだ」

不機嫌そうな声を出しつつも、私の方を向いた七松先輩はいつもと同じ笑顔だった。私が好きな笑顔だった。

「ははっ先輩を突き飛ばすなんて流石だな」
「自分でやっといてなんですけど、すみません」
「いいよ。まぁ仕返しはするけどな!」

そう言って七松先輩は私の手を引っ張った。私もさっきの先輩と同じように海に倒れる。少し濡れていた服はもう殆ど濡れてしまった。

「なんなんですか!」

不満を口にする私は、思わず笑顔になってしまった。
七松先輩も私も笑顔で、それが一番楽しくて嬉しい瞬間。それが永遠に続けばいいのに。

七松先輩はもう少ししか学園にいられない。最近の先輩は、就職のことや卒業のことになると寂しそうにして。そんな時私は慰めや、かける言葉を見つけられず話をそらすしかなかった。そのことを考えたくない。寂しいのは私だってそうだ。私にはまだ二度夏が来る。でもその夏には七松先輩はいない。いくら大変でも海に来ようとしたのは、私と先輩で来れる最後の夏だったからかもしれない。

「もう秋だなあ」

私の嫌いな表情で七松先輩は呟く。夏が終わろうとしていた。






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -