(いつか来る日にも)



見たことのない人の為のよくわからないガンスリのまとめ!ネタバレありまくりんぐ。
ガンスリには義体というものが出てきます。義体とはいわばサイボーグ。事故などで瀕死の怪我を負った身体を8割くらい改造して、身体能力を格段に上げたりし、それと同時に条件付けと呼ばれる洗脳により一人の義体に一人ずつ就く担当官に忠誠心を植え付けられます。それは暗殺をはじめとした非合法活動を義体に行わさせるためです。条件付けには人を殺すことに罪悪感を持たないなども。
義体の維持には大量の薬を接種しなければならず、その副作用には記憶障害や味覚障害、寿命が短くなったり…。切ないです。怪我をしたら更に薬を投与されます。切ないです。
舞台的にはローマで。ちょっちシュールなんだけれども。
ここでは滝夜叉丸が義体で小平太が担当官です。わかりにくくてごめんね!
知らなくても読める、はず。






「日記をつけるようにしてるんです」

目の前の滝夜叉丸はにこにこ笑っている。今日は機嫌がいい。

「見せてくれるの?」
「それは嫌ですけど」

滝夜叉丸は照れくさそうに私から目を背け、紅茶が入ったティーカップを口に運ぶ。
そんな滝夜叉丸に頬を緩めながら空を仰ぐ。太陽が眩しい。今日は快晴だ。雲一つない青空。こんな日に人を殺さなければならないなんて。むろん私がじゃない。目の前の滝夜叉丸が、だ。しかし滝夜叉丸は人を殺すことについては何も思っていない。むしろ今は幸せそうだ。私はそんな滝夜叉丸を見ると心が締め付けられる。他人から見たらどれほど不幸せなのか、本人は一生気付かない。

「なんで?」
「え?」
「なんで見せてくれないの?日記」
「それは…まあ色々あるんですよ」

また滝夜叉丸は私から目を背け、ティーカップを手に取った。

「そろそろ時間だ」
「はい」

気が重いが、行かない訳にはいかない。ティーカップに残った紅茶を一気に喉に流し込む。滝夜叉丸が軽蔑の目で見つめていた気がするが気にしない。それよりこれからの任務を思うとため息が出そうだったが滝夜叉丸の手前、我慢した。






「任務の内容はさっき言ったとおりだ」
「はい」
「それと怪我、するなよ」
「私はそんなヘマしません。七松先輩の方が心配です」
「ああ、そうかもな」

へらず口をたたく滝夜叉丸に別れを告げ、自分の配置に着く。
ああやって言いつつも私を心配するのは、条件付けが上手くいっている証拠だ。でも私はどうだっていいんだ。君が無事なら。でもそれは義体と担当官の関係としてはおかしい。だから私が滝夜叉丸にしてやれるのは怪我をしないようにと言い、少しでも長く生きてほしいと願うことだけ。

任務中も滝夜叉丸が気になっていた。公社の人間として駄目なような気もするが、義体の心配をすることも仕事だと自分に言い聞かせた。
そんな私の葛藤も知らないだろう滝夜叉丸は怪我をせずに任務を終えた。ほっと胸をなでおろす。

「よくやったな」
「これくらい私にはどうってことないですから」

口ではそう言うが顔はうれしそうだ。その様子に顔が綻ぶが、そう喜んでもいられない。多分滝夜叉丸は任務を完璧に出来たから褒められていると思っているのだろう。でも私は怪我をせずに帰ってきてくれたことを褒めているのだ。しかし人を殺すことを何とも思わない彼に、そんなことは言えなかった。






今日は上手くやれた。それに七松先輩もいつもより褒めてくれたような気がする。嬉しかった。でも私のそんな小さな幸せは長くは続かなかった。七松先輩から褒めてもらった、そのすぐ後のことだ。

「帰ろうか」
「はい」

七松先輩の横に並ぼうとした、その時だった。持っていた日記帳が手から滑り落ち、日記帳の最初のページが開いた。拾うためしゃがんだ時に、日付を見るとクリスマスイブだった。なんだか気になって私はその日を読み返した。


1xx2年
12/24
今日は七松先輩と任務のため出掛けた。クリスマスイブということでカップルばかりだったけど、私達はそういう訳にはいかない。でも任務の前に街を七松先輩と歩いたのはとても楽しかった。その時に買ってもらった日記帳に今、日記を書いている。これから毎日、日記をつけようと思う。七松先輩との思い出を忘れないように。


「あれ、」

おかしい、

「どうした?」
「何でも、ありません」

おかしい。去年のクリスマスイブ…。半年前のことだ。こんなこと、あっただろうか。日記に書いてある、任務のことも、七松先輩と歩いた街のことも、七松先輩にこの日記帳を買ってもらった時のことも、この日記を書いたことも思い出せない。顔が強ばる。何故、思い出せない。
七松先輩はしゃがんだまま動かない私のことを心配してか、顔を覗き込んできた。咄嗟に話題を探す。

「あっあの!私日記をつけてるんですよ!」

精一杯の笑顔を作る。七松先輩は一瞬不思議そうな顔をしたが、優しく微笑んでくれた。

「…ああ、そう。見せてくれるの?」
「それは嫌ですけど」

その後の七松先輩との会話は上の空だった。七松先輩も口数が少なかったし、私もあまりしゃべらなかった。

私の頭は必死に去年のクリスマスイブのことを思い出そうとしていた。しかし思い出せなかった。私はその時とても嬉しかったはずだ。クリスマスイブに恋人のように二人でいられて、プレゼントも貰えて。なのに何故思い出せないんだ。
七松先輩のことが好きだという気持ちまで忘れてしまったら…。一番忘れたくないことを忘れてしまったら、私はもう私じゃないような気がする。
七松先輩の顔を思い出すと胸が苦しい。よかった。まだ、忘れてない。






兆候はあった。医師からも最近健忘症の症状が出ていると言われていた。しかし1日のうちに私と話した話題を忘れていたことは今まで一度もなかった。私が現実から目を背けているうちに、滝夜叉丸の症状は進行していた。

「くそっ」

自分に腹が立つ。拳で壁を思いっきり殴った。しかし壁に八つ当たりしてみても怒りはおさまらない。自分ではどうしようもないから。私に出来るのは怪我をしないようにと言い、少しでも長く生きてほしいと願うことだけ。滝夜叉丸に今だけでも幸せだと感じてほしい、そう思っても幸せから遠ざかるようなことをさせているのは私達だ。幸せなんて言葉を滝夜叉丸にかける権利は私にはない。
目を瞑ると今日の滝夜叉丸の笑顔が浮かんだ。滝夜叉丸が自分を慕ってくれているのは条件付けのおかげだ。なら私は…。そんなこと何度も考えて答えは出ている。私は滝夜叉丸を愛している。でもそれを滝夜叉丸には言えない。条件付けは滝夜叉丸の本当の気持ちじゃない。公社の条件付けも、私の好意も両方とも同じエゴだと思えてならなかった。







自分でも記憶がなくなっていることに気付いていた。でも今まで一番大切な七松先輩とのことは、忘れたことはなかった。いや、忘れていないと思っているだけで本当は忘れていることも忘れているかもしれない。半年前の自分もそれを心配して無意識にか日記をつけ始めたんだろう。不安になって日記を読み返してみると、やっぱり前のことほど思いだせなかったり、記憶が曖昧だった。
あの人を忘れるのが怖い。銃の扱い方も、人の殺し方も頭が忘れても身体に染み付いているだろう。自分のことが何もわからなくなってもそれは出来そうな気がした。でもあの人を好きだという気持ちは、自分がちゃんと自分であるとわかっている時でなければ意味がないことだ。
気がつくと身体が震えていた。薬の副作用なのか、本当に身体が震えているのか、もう私にはわからない。

「七松先輩…」

この名前だけは最期まで忘れない。他のことも、自分のことも全て忘れても。






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