(君が泣くから雨が降るんだ)
私は遅刻したことなんて一度もなかった。別に気をつけていた訳じゃないが自然とそういう習慣がついていて、それがいつしか自分の自慢の中の一つになっていた。遅刻というものは悪い事で自分は一度もしたことはないと、そう周りに自慢していた。でもそれは自分を縛るもので、自慢をし始めた時から遅刻をしないようにと気をつけ始めた。
そんな私が何故今日は遅刻してしまったんだろう。朝出るのが遅れた、そうだ、七松先輩のためにマフラーを編んでたんだ。慣れないことをするから、七松先輩の誕生日である今日に間に合わなくて。完成した時には待ち合わせの時間に余裕がなく、急いで出掛けた。
『七松先輩!』
さっきから何度呼んでも七松先輩は気付かない。
私は急いでいたから、普段通らない道を通った。そこは危ないと言われている場所だった。学園でも通るなと注意されている所。しかし、私には遅刻したくないというプライドがあった。その道に入った後のことははっきりとは思い出せない。でも今の私には身体はない。
『私のことあんなに愛してるって言ってたくせに!』
何故気付いてくれないのか私はわかっている。それは私のせいで七松先輩は悪くないのに、そう言ってあたりたいのはそうしないと私の心が折れそうだから。
七松先輩は目の前にいる私を通り越し、遠くを見ている。私は目を合わすことすらもうできない。七松先輩を見つめる私の目からは涙が溢れた。もうつらくて七松先輩を見れない。拭っても拭っても涙は止まらなかった。
「雨だ…」
七松先輩が呟いた。ぽつ、ぽつと雨の音が聞こえる。
「滝夜叉丸、濡れてないだろうか…」
『っ…うっ…』
名前を呼ばれるとつらさが増す。七松先輩に何も言えないまま私は消えてしまうのに、七松先輩は私のことを心配してくれているのに、私にはもう想いを伝える術はない。そうわかっているから、悲しい。私の泣き声に呼応するように雨足は段々と強まっていく。
『…すみません…』
本当は責められるのは私の方。もう少し編物が上手くできれば、もう少し早く始めていたら、あの道を通らなければ、くだらないプライドがなければ、今は七松先輩の隣にいたのに。
七松先輩は雨も気にせずにそこにいる。私は目の前で泣いているのに、先輩は気付かない。
「遅いな…」
何かあったのだろうか。時間を必ず守る滝夜叉丸が遅れるなんて珍しい。でも何故か探しに行こうという気にならない。それにさっきから雨が降っているのに、雨宿りをしようという気にもならない。
雨足が一層強まってきた。
「滝夜叉丸が泣いてる…?」
ふと、思った事が口から零れた。
何故そう思ったのかわからないが、そんな気がした。雨が振るのは滝夜叉丸が泣いてるからの様な、そんな気が。
まだ雨は止みそうにない。滝夜叉丸はまだ来ない。