(よろめき)


最初は大人な恋に憧れてただけ。目の前に差し出された手に何も考えずに、飛び付いてしまった馬鹿な僕は。

朝ベッドで起きて隣に雑渡さんがいることはまずない。いつも僕より早く起きているから。それにもし雑渡さんが隣にいても、僕は雑渡さんの方を向いて寝ていないから起きて最初に見るのは雑渡さんではない。
目を擦り起き上がると雑渡さんはもうスーツを着込んでいた。

「…」

雑渡さんは僕に背中を向け、部屋を出ていってしまった。多分僕が起きた事に気付いていないんだろう。

妻を一番愛している、でも君も好きだ。君は二番目。それでもいいなら私と付き合ってくれないか。

そう言って雑渡さんは僕に告白した。僕も雑渡さんのことが好きだったからすぐOKした。不純だと思うかもしれないが、男という生き物は本命以外に好きな人ができてしまうことが多々あるから、僕は気にしなかった。実際僕にも雑渡さん以外にも本命がいたし。その頃は雑渡さんとの恋は本気じゃなかった。
でも僕は雑渡さんに本気になってしまった。好きにならないように気をつけていたのに、好きになってしまった。好きになった瞬間なんてわからないし、理由もわからない。でも本当に好きで好きでたまらない、この気持ちは嘘じゃない。
僕は枕元に置いていた携帯を手に取り、雑渡さんに電話をかける。雑渡さんに会った後は必ずしている事だ。何回か呼び出し音が鳴り、電話に出られない旨を告げるアナウンスが流れる。この時間帯に雑渡さんは電話に出ない。だからこそ僕は雑渡さんに電話をかける。

「ピーという発信音の後に...」

聞き慣れた女の人の声がする。

「ピー」
「雑渡さん、あの、」

今は僕が一番好きですか、

唇はそう動いた。でも声は出なかった。
次に僕の口から出たのは昨日楽しかったこと、次はいつ会えるか、といった当たり障りのないことだった。
今は僕のことが一番好きか。それは伝言メモに残そうとしても、できないでいる一言。何故なら雑渡さんの答えはなんとなくわかっているから。
雑渡さんは僕と共に過ごした時間を経ても、あの頃と気持ちが変わっていないんだろう。奥さんが一番で僕は二番目。僕が女の子だったら一番愛してくれますか?雑渡さんの方を向いて寝ないのだって、些細な反抗のつもりだ。雑渡さんはそれに気付いても何もしない。
目が熱くなって、自然と涙が溢れる。これでは腫れた目を雑渡さんに見せてしまう。僕はまだ雑渡さんに醜い自分を見せたくないようだ。今日はもう会社に行きたくない。雑渡さんが僕のことを少しでも心配してくれるかもしれないし。
雑渡さんが寝ていた所に寝転び、目を瞑る。僕は雑渡さんがあの時の言葉を忘れているかもしれないと、本当は少し期待しているんだ。僕にとっては忘れたくても忘れられない言葉を。その少しの望みにかけて、僕は伝言メモにメッセージを残す勇気がほしい。
眠りたいのに雑渡さんの匂いがするシーツが邪魔して眠れない。でも場所を変えるつもりはない。




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