(may be...)


僕は作文を書く時先生が喜ぶように子供らしい、道徳的なことをわざと書く。そういう風に生きるのが上手く生きていけるように思ったから。しかしいつの間にか僕は文を書くのが苦手になってしまった。本当の気持ちを文にすらできなくなったから。

長期の休みの宿題で最後に残すのはいつも作文。今回も例に漏れず作文が書けなかった。それはテーマが決められていない。先生は自由に書いてほしいんだろうけど、僕にとってはさらにややこしくするものだ。文を書く以前にテーマを決められない。そんなことで悩んでいるうちに学校が始まってしまった。明日提出なのに。この僕が宿題をやってこなかったなんて許されることじゃない。

「うう…」

部屋で机に向かってもいいことは思い浮かばない。本当にどうしたらいいのか。

「なにうなってんの」

声の方に振り向くと、引き戸が開けられていて、そこには兵太夫がいた。このイラついている時には一番会いたくない相手だ。

「なんでお前がここにいるんだよ」
「通りかかっただけ」

なんで僕の部屋の前を通るんだ、お前の部屋はこっちじゃないだろう、と聞こうとしたけど喧嘩になりそうだから辞めた。
そんなことを考えているうちに、兵太夫は僕が許可していないのにズカズカ部屋に入ってきていた。

「ふーん、宿題まだ終わってないんだ。」
「お前には関係ないだろ」
「全然やってないけど、大丈夫?」

言葉は心配しているようだが顔は笑っている。楽しんでいるんだ。

「今から書くんだよ。いじめについてにしようか、良い忍者になるにはにしようか、とか悩んでただけ」

これは候補の一部だ。沢山ありすぎて決められないんだ。

「…つまらない」
「はぁ?」

こいつは僕を怒らせることしかしない。わかっていてもやっぱりイライラする。なんだつまらんって。

「なんでそんな道徳的なことしか書けないの」
「先生はこういうこと書いたら喜ぶんだよ。お前にはわからないかもしれないけど」
「そうやって人の顔色ばかり伺っているから、」
「うるさい」

先生の望んでいることを書くのは間違ってないと思う。でも言い訳じみているのは兵太夫の言っていることも間違ってないから。

「自分が好きなものについて書けばいいんだよ。人にどう思われるかじゃなくて、自分の本当の気持ちを述べるもんだから」
「例えば?」
「例えば…」

兵太夫は僕から視線を外す。遠くを見るような目付きで何故か大人びている。

「好きな人のこと、とか」

そう言う時にはしっかりと僕の目を見据える。好きな人のこと。ドキッとする。兵太夫にそんなことを言われると…。

「…好きな人なんていないし」
「そう」

一瞬だけ兵太夫は変な表情をしたが直ぐに元の表情に戻り、僕を見つめていた目はふいっと横を向いた。
兵太夫は急に興味を無くしたようで僕との会話を切り、立ち上がる。そして何も言わずに部屋を出ていってしまった。

「なんだあいつ…」

大して役に立つアドバイスをくれた訳でもないし。自分の本当の気持ちって。そんなことを表に出せたらこんなに悩んでなんかいない。本当に人に伝えたいことは一番伝えにくい。兵太夫だってそうだろ?さっき僕が好きな人がいないって言った時、一瞬だけした表情はなんだ?哀しそうな、辛そうな、切なそうな。それを聞かれて兵太夫は本当の気持ちを言えるのか。
僕は筆をやっと動かし始める。作文は今回も建前で書かれるのだろう。多分僕は今、さっきの兵太夫と同じような顔をしている。
思いは正しく伝わらないし、伝えられない。それは文にしても言葉にしても同じ。
僕の手はもう止まってしまった。さっきの兵太夫の顔が浮かぶ。思わず溜め息をついてしまう。好きな人についてなんて、僕には一生書けそうにない。





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