(苦くて)


ゆっくりと舌の上で溶かしたチョコは甘くなく、苦いだけだった。それでも僕は次の欠片を手に取る。


「伊作君にお土産」
「なんですか?」
「ビターチョコレート」
「へぇ。珍しい物ですね」
「甘いのがいいかと思ったんだけどね」
「甘いのしか食べたことないです」
「私は苦いのが好きなんだ」


雑渡さんは笑顔でそんなことを言って、僕にビターチョコレートをくれた。
雑渡さんが初めて僕に教えてくれた好きなもの。それは苦くてあまりおいしいと感じなかった。でも雑渡さんが好きだって言ったから。別にチョコは好きじゃないけど、雑渡さんが好きだって言ったものだから。何だか雑渡さんの色に染まっているみたいで嬉しい。
でも本当は少しだけチョコに妬いたんだ。好きだって雑渡さんに言われるのは僕だけでいい。チョコに妬くなんて子供だし馬鹿だと思うけど。今度、僕とビターチョコレートどっちが好きかと聞いてみようか。雑渡さんは僕の方が好きだって言うだろう。嘘でも。
そんな感傷に浸ってしまうのは雑渡さんにチョコレートをもらってから時間が経っているから。

「苦…」

チョコを口に運ぶ僕の手は止まらない。食べる度に、好きだって言った雑渡さんを思い出す。
最後の一欠片。食べているうちに慣れるだろうと思ったけど、僕にはまだ苦かった。
口の中でチョコレートを溶かし終わると、今さっきまで近くにいるように感じた雑渡さんはいなくなった。そして僕はまたそんなに好きじゃないビターチョコレートが欲しくなる。寂しさと切なさを苦さに変えてほしくて。




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