(詩人より)


兵太夫がよくわからない。僕に優しくしたり、冷たくしたり。兵太夫は僕のことを本当はどう思っているのだろう。僕は優しくされるたびに浮かれて、冷たくされるたびに落ち込む。兵太夫の手の上で踊らされているようで釈だ。でも気持ちは頭で制御できないから。
そんなモヤモヤした気持ちの僕は、さっき読んだ本の一文に衝撃を受けた。だれかが昔、言った言葉に。



「兵太夫知らない?」
「「知らなーい」」

は組の教室に兵太夫はいなかった。は組の連中は知らないみたいだし、どこにいるんだろう。今日中に絶対に兵太夫に会いたい。僕は必死で探した。
しかし、兵太夫はなかなか見つからない。もう夕方になってしまった。今日中には会えないのかもしれない、そう諦めかけ長屋に帰ろうとした時だった。…いた。
兵太夫は何をするでもなく縁側に腰掛けている。兵太夫の顔を見るのは何日振りだろう。久しぶりに見た兵太夫の横顔に僕は思わず見とれてしまう。こいつは性格は最悪だが、見てくれだけは良い。かっこいいと思う。口に出しては絶対に言いたくないが。

「なんだ、伝七か。」

僕の視線に気付いた兵太夫は僕を一瞥しただけで、ちゃんと見ようともしない。こいつ…見ておれ。

「天は自ら行動しないものに救いの手をさしのべない!」
「はぁ?」

僕は兵太夫の胸ぐらを掴む。
僕は今まで強引な兵太夫に流されてきた。急に抱きしめられたり、キスされたりには不本意ながらもう慣れっこだ。でも僕からは一度もそういうことをしたことがない。今更自分からするのが恥ずかしくて。それにプライドもあったし。しかし、そのせいで兵太夫が冷たいのかもしれないのなら…。
僕は兵太夫の唇に口付ける。触れるだけのキス。あんまり色気のあるキスじゃない。僕にはそんなのは出来ないから。僕はすぐに唇を放す。やっぱり恥があって…でも僕は自ら行動した。かなり行動した。さあ天よ、僕に救いの手を。
しかし僕に手をさしのべたのは兵太夫だった。兵太夫は僕の腕を強引に掴み自分に引き寄せた。兵太夫の顔が目の前にある。

「顔が近いっ」

顔を逸らそうとしても、兵太夫に押さえられて無理だ。兵太夫の目が近すぎて顔が赤くなる。行き場を無くした視線は伏せられる。そんな僕に兵太夫は耳元で囁く。

「お前、僕にかまってもらえなくて寂しかったんだろ?」
「ちがっ…」

兵太夫は僕の言葉を遮るようにキスをした。僕がさっきしたような稚拙なキスじゃない。強引だけど優しく、久しぶりの。

「ふ…んんっ」

なんでこいつはこんなにキスが上手いんだ。苦しくなって僕は兵太夫の胸を叩く。僕はこういうキスの時の息の仕方も知らない。兵太夫は僕の唇からゆっくりと唇を放す。

「…っ、はぁ、」
「違わない、だろ?」

僕は息が上がって返事ができない。兵太夫は意地悪く笑っている。僕は息が整うまで兵太夫の腕の中で大人しくしているしかない。否定の言葉も今はすぐに出てこなかった。
これが天の救いの手なのか。天も兵太夫のように乱暴で意地悪だと、知った。




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