(大文字の他者)


大して仲の良くない、祭り事にもやる気がない、総じて冷めている。僕のクラスはそんな感じだ。授業も暇。学校生活は嫌ではないが、楽しくはなかった。最近までは。
毎週この時間の授業は、はなから聞いていない。僕は窓から外を眺める。隣のクラスが運動場でサッカーをしている。僕が見つめるのは、黒というより茶色の髪の少年。背番号11、今日のポジションはFW、サッカー部ではないのによくゴールを決めている。
彼は名前も知らない僕の好きな人。話したことはないし、向こうも僕の名前を知らないだろう。名前を調べようとすればすぐに調べられるが、なんだかしない方が良いような気がしてそのままになっている。男が男を、しかも話したことがない、いわゆる一目惚れで好きになるなんて。彼に思いを告げるつもりは毛頭ない。だから彼についてはその姿だけ知っていればいい。

一目惚れというのは自分にないパーツを持ってる人に惹かれる場合と、自分に似ている人に惹かれる場合があるらしい。でも結局はこの二つの説でどんな顔の人も説明できてしまうから、信憑性は怪しい。大体恋に落ちることを理論的に説明できるわけないと思う。
僕は一目惚れっていうのはかっこいいとか可愛いとかいう、表面だけを見ているような気がして嫌だった。僕は一目惚れを認めない。そう思っていた。
なんでそんな僕が一目惚れをしてしまったんだろう。なんてことない、彼の優しさを少し目の当たりにしただけ。

あの日、確か昼休みだったと思う。僕は友達と廊下にいた。走る女の子が目の前を通り過ぎて行く。女の子は角を曲がった後に派手に転んだらしい。その大きな音に僕たちは野次馬精神で覗きに行った。
その時だった。僕が恋に落ちたのは。
あの彼がなかなか立ち上がれないでいる女の子に手を差しのべていた。それは当たり前の親切。でもなかなかできないことで、周りの人が女の子のことを気にしつつもできなかったこと。あの時の彼の横顔は今でも目に焼き付いている。僕はあの横顔に恋をしたんだ。
最近は学校に来るのが楽しい。彼の姿を見るだけで心を動かされてしまう。
この間は廊下ですれ違った。僕の方はドキドキだった。彼に変なやつだと思われないように平静を装う。当たり前だが彼は僕に目もくれない。わかっていても少し切ない。でもいいんだ。遠くで見ているだけで。

僕は最近ぼーっとすることが多いような気がする。友達には恋煩いか、とからかわれたがあながち間違いではない。今も上の空で歩いていたのだろう。何もない所でつまづいて転んでしまった。走ってもいないのに。周りにいた人たちは皆僕の方を見ているだろう。恥ずかしい。どうやって誤魔化しながら立ち上がろうか。なんだか惨めな気持ちになってしまって、ふとあの時のことを思い出す。ちょうどこんな風に転んだ女の子に、彼は手を差しのべていた。転んだのが僕であっても彼は手を差しのべてくれただろうか。

「大丈夫?」

そんな妄想から僕を引き戻すように、頭上から声がする。転んだ身からすれば声をかけてくれるのは本当に救われる。あの女の子はこんな気持ちだったのか。僕は知らない声に顔を上げる。
そこにいたのはあの彼。
彼の顔を近くで見たことが無かったが、僕にはわかる。好きな人だから。
でも僕は突然の出来事でなかなか彼に返事をできない。

「はい…大丈夫です」

やっとのことで絞り出した言葉は思わず敬語になってしまう。彼が僕を見て、今話しかけていることでいっぱいいっぱいなんだ。
そんな僕の顔を彼はジッと見つめている。こっちは彼の顔を直視できない。目があってしまうから。

「君、黒門伝七君だよね?」

なんで名前を、そう僕が聞くより先に彼は言葉を続ける。

「僕のこと見てたでしょ?知ってたよ。でもなんか面白いから黙ってた」

そう言って彼は楽しそうに笑っている。
僕が見ていたことを知ってた、しかもあえて黙っていたって。恥ずかしさから顔が真っ赤になる。それと同時に気持ち悪く思われていたんじゃないかと不安になる。女の子ならともかく、男に見られていたなんて普通だったら気持ち悪く思う。それなのに彼は僕に笑いかけている。

「僕は笹山兵太夫。よろしく」

彼はそう言いながらまだ床に座りこんでいる僕に手を差し出す。この言葉をどう取ればよいのかわからない。彼に嫌われてはいないのだろうか。
躊躇いながら僕は彼の手を握る。繋いだ手から、思いの全てが伝わりそうな気がした。



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