小説 | ナノ

  愛してるって言わせろよ3


あの女が、ベルナルドの昔の……。なんでここに…。
「………ッ、何か用か」
ベルナルドがあからさまに警戒して身体を強張らせたのが分かった。俺は今カウンターにそのまま行くわけにも行かず、ベルナルドの後ろでただ事の成り行きを見守る。
「やだ、そんなに怖い顔顔しないで?……ここに忘れた物を取りに来ただけよ。それを取ったら………もうここには来ないわ」
女は柔らかい物腰で、だがきっぱりとそう言い放った。ベルナルドは、まだ整理がついていないのか一向に口を開く気配はない。女はそんなベルナルドを他所に、今度は背後にいた俺に視線を移すとつかつかと歩み寄ってきた。
「あら?貴方が持っているそれ、私の忘れ物じゃないかしら?」
未だに握りしめていたネックレスに気づいたのか、不意にそう声を掛けられて俺の心臓がどくりと嫌な音を立てる。目の前に立っているその女からどことなく、人を見抜く目聡さを持っているような、侮れなさを感じた。
「ええ、やっぱりこれだわ。……どうもありがとう」
「ああ……いや、」
ネックレスを確認した彼女は、嬉しそうに笑い俺の手からそれを掻っ攫って行く。余程大事な物なんかな…。
「ーー貴方…もしかして、ジャンカルロさんね?」
そう聞かれてどきりと、悪戯がマンマにバレたような気持ちになる。続けて笑顔を絶やさずフレンドリーに話しかけてくるが、まるで人を品定めでもするような視線に堪らなく居心地が悪かった。
「……あ、ああ。アンタは……?」
「ーーーナスターシャよ。ここから直ぐの所に酒場かあるでしょう。そこで働いているの。バーニィから良く聴いていたわ、貴方の事」
言いながらナスターシャは、ふふ、と昔を懐かしむように笑みを浮かべた。
「え?俺のこと?」
「ええ。手のかかる年下のお坊っちゃんなんだけれど、犬みたいによく懐いてくるからとても可愛いって。凄く大事にされているのねーーー羨ましいわ」
俺に向かって、くす、と意味深な笑みを浮かべる。
ベルナルド…俺の事色々喋ってたのか…。そりゃ、ベルナルドの女、なんだし……そりゃ、そうだよな。俺の事、話すぐらいだ……。俺の中になんだかさっきよりもどろっ、とした黒いものが心の中に湧いてきた。
ぐさり。
すぐに、心臓にナイフでも突き刺さった様に、まるでそこから血が溢れているような痛みが俺を襲う。どく、どく、と心臓の音が耳の奥で大きく響いた。
何だこれーーー…俺、さっきからずっとそうだ……。昨日も、写真見たら……こんなん、痛かった……。
ーーーあれ?何で、だ?……なんで、俺。
「ッアナ!!もう良いだろう……!」
今まで黙っていたベルナルドも限界だったのか、らしくない大きな声で彼女と俺の間に入った。ベルナルドの声に、自分の世界に入っていた俺はハッ、と弾かれたように顔を上げてナスターシャを見る。
「ふふっ………あら、ごめんなさい。つい、話し込んじゃって。……それじゃ、もう帰るわね」
「………」
ナスターシャは優雅な仕草で俺たちににこりと微笑んでから、ハイヒールを鳴らしながら来た時のように出て行った。
嵐が去って、ベルナルドは詰めていた息をはあ、とつく。今だに立ち尽くしていた俺にベルナルドから声を掛かった。
「その……、ジャン。こっちの私情に、関係ないお前を巻きこんで悪かった。アイツはもう来ないと思うから……すまないな」
……関係ない………。
「………。……俺は良いよ。それより……追わなくていい、のか?」
俺はちらり、とベルナルドを見る。
ベルナルドは俺から視線を逸らし、数秒沈黙すると重い口を開く。
「ーーーーもう終わったことだ」
そう言うベルナルドは、顔が強張っていた。一瞬の雰囲気で俺は悟る。
ベルナルドは俺との壁を作っている。
ーーーお前には関係ない事だ、踏み込むな。全身でベルナルドがそう言っているような錯覚に陥る。また、俺の心臓に鋭い痛みが走った。
「………ッ、」
あんなこと言ってるけど。やっぱ、ハッキリとは切れて無いんだろうな……それに、アッチの彼女はまだベルナルドに気があるみたいだった。
ーーーじゃなきゃ、ああやってわざわざ忘れ物を理由に会いに来たりしないだろ。郵送させれば事足りる。
頭の良いアンタならそんな事、分かってるクセに。きっと、彼女の気持ちにだって。
それなのに、終わったことだ、とか……アンタだって引きずりまくってるのわかんだよ……。
どこかハッキリしないベルナルドのせいか、訳のわからない感情がさっきから俺の心を乱しているせいか、分からない。只々ベルナルドの言葉を聞けば、どろどろした感情が急速に溢れていた。口を少しでも開けば、俺は後先考えず感情を爆発させちまう予感がしたが、感情は暴走してもう収まりそうに無かった。
「ーーー………ッ」
意思とは関係無く自然に開いた俺の口から言葉がついて出るーーー寸前。
ふわりと頭に降ってくる感触があった。これは、ベルナルドの手だ。その手はするりと髪を梳き、細い指は俺の頬に優しく触れる。
「ーーそんな顔をしないでくれ、ジャン。……どうしていいか分からなくなる」
見上げれば、苦しそうに何かを耐える様なベルナルドのゆらゆらと揺らぐ瞳と目が合う。アンタの方が、よっぽどひどい顔だよ。……なんだよ、嘘ばっかいいやがって。
途端、心臓がさっきにもまして痛くなりなんだかドキドキと鼓動も早くなってきて、ふいに泣きそうになる。ベルナルドに撫でられている箇所が熱を持って、そこからじくじくと全身が熱くーーまるで全身に毒が回る様に。
ーーー痛え……。そっか、俺……。
その瞬間、俺は今まで燻っていた自分の感情の正体にようやく気づいた。
これは、嫉妬だ。
ーーー嫉妬……、嫉妬、か。
ぞわり、と俺の中で何かが粟立つ。俺の内から何かが湧き上がってくるのが分かった。
「…………ジャン?」
何も言わない俺に、ベルナルドは不安そうに声をかけて来る。ベルナルドは俺にとっては頼りになる兄貴みたいなもんで、それに関して俺は、妬ましさなんてものは感じたことはないし、ナスターシャに関してもベルナルドにお似合いだと思った。
それは間違いないーーーなのに、さっき、ベルナルドとナスターシャが一緒にいるのを見て、こんなに胸が苦しかった。あのナスターシャの写真を見たときも。ベルナルドが、彼女を見る目も。あのどろどろとした感情が全て、すべて。
嫉妬………
そして、その事が意味するのは。
俺、ずっと……ベルナルドの事が「すき」
「だったのか………」
ぽつり、と呟くと、え?とベルナルドが反応してえ俺の顔色を見た。
「………」
その事実は意外にも、すとん、と俺の中に収まった。
認めちまえば、笑えるくらい簡単な事だ。俺はベルナルドが好きだったから、アイツに恋人が居たことがショックだった。だから、ベルナルドの曖昧な態度に嫉妬して、ムカついて、泣きたくなって。ナスターシャの事も、このままスッパリ切っちまえばいいと。
ーーはは、っなんだそれ………アイツが好きって……。
二人がベルナルドは今、どんな気持ちなんだろうか。
今すぐナスターシャを追いかけて行きたい気持ちでいっぱい?それとも、俺と話すことで、誤魔化そうとしてる?
どんどん、ネガティブな感情が溢れてきて、俺を押しつぶそうとする。ぐるぐると頭の中の思考が止まることを知らない。、どうしよう。
ああ、嫌だ。こんな感情は。
ベルナルドはなんも悪くねえのに、責めてしまいそうだ。
「どうした……?」
ベルナルドの優しい声色がぽつりと落ちてくる。それに、ハッとしてベルナルドと視線を上げると、優しい瞳が俺を見つめていた。
ーーあ………。俺、何してんだ……。ベルナルドにこんな気遣わせて。今、辛いのはベルナルドなのに。
唐突にそんな事を思う。そして、ふと頭の中に思いが浮かぶ。
ーーーだめだ。
ーーー俺…………、もう、ベルナルドに迷惑かけられない。このままいたら、きっともう隠せなくなって、俺の気持ちがバレる。そうなったら………二人の邪魔になってしまう。そんなのダメだ。
だって、ベルナルドとナスターシャは今も……愛し合ってんだから。
好きな奴の邪魔だけは、したくない。
ーーーそれに、笑いあっている二人を見て、何にもないような顔をして平静を保っていられるほど、俺の心はまだ頑丈じゃない。
ついでに一旦家に帰って、オヤジとハナシつけよう……。
そうだ。それがいい。
………きっと、オヤジに会えば、また屋敷に閉じ込められるんだ……、
暫くベルナルドと顔を合わせなくて済む。
その方が、きっとベルナルドにとってもーーー
「ジャン?……聞いてるか?」
また、ベルナルドの声が耳に届いて、ハッとする。あ、また考え込んじまってた。
俺は、数秒目を閉じて、すう、と深く息を吸って吐いた。目の奥が、じん、とした。さっきまで動転していたはずの頭だけは、今は驚くほどに冷静に、かつ冷え切っていた。言葉を吐くために、口を開こうとして、喉の奥が震える。
ーーー知るか。言わねえ、と。
「俺………。……もうここには来ない」
ぽつり、と呟いた。
その言葉がベルナルドの耳に届くと、ベルナルドの瞳が驚きに大きく開かれる。
「えっ、…ジャン……!?……どうしてーーー」
「………研究、頑張れよ」
そう言うのが精一杯だった。
俺は困惑した様子のベルナルドを尻目に、思い切り店の戸を開け、走る。
大通りに出て、人混みに紛れ森へと向かう道をとにかく走った。
「ーーージャン!」
背後からベルナルドの声がしたが、振り向くことは出来なかった。


To be continued...

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