小説 | ナノ

  結局アンタの思うまま




「好きだ、ジャン」
 ーー?……!?
 グツグツと、怒り狂ったマンマみたいに煮え滾っているスープを味見しようとして、ベルナルドのセリフにうっかり手が滑った。つるりと俺の手から滑り落ちた、スープ入りのスプーンは重力によって落下し、俺の足の甲を直撃する。
「ッ、う、あっち!」
「あ、大丈夫か、ジャン?今タオルをーーー」
 さっきまで落ち着いていた筈の心臓の鼓動が、ドキドキと煩くてベルナルドの言葉が途中から耳に入らなかった。呆然と立ち尽くす俺の元に、椅子に腰掛けて此方を見ていたベルナルドが立ち上がりタオルを手にやってくる。
「あー、赤くなってるな…」
 俺の足元に腰を下ろしたベルナルドは、スプーンをシンクに戻し手慣れた所作で足の甲にタオルを当てた。じわじわと熱を生んでいたそこがさっと冷たさに覆われて気持ち良い。
「あ、んがと?……じゃなくて!な、なんだよう…さっきの……」
「何って?俺の愛しいハニーに愛を告げただけだよ?」
 しどろもどろになっている俺とは正反対に、ベルナルドはにやりと実に良い笑顔で至極当然のように答えた。どストレートな口説き文句に、呆れた表情で返したいのに動揺してそれが出来ない。
「ッそ、そうじゃなくてだなあ!…なんで、ンなことイキナリーーーアンタ、なんか企んでんのかよう」
 じと、とした目で睨むが、これもまた実に格好良い微笑みで返されてしまった。畜生、コレだから顔が良い男は!さっきから俺ばっかペース乱されまくりだ。いやいや、しかし、だ。良く考えなくても分かる事だが、ベルナルドはこんなにハッキリした告白をーーーそう、良いムードの中や、ナニをシてる時なんかはともかく、だーーーこんな何でもない時に、そう言ったりしない。そりゃあ、俺たちは根っからのやくざですし。どこの誰がストリートで俺たちの会話に耳を立てているかもしれねえし。幹部とカポが、ってもしバレたら大変な事になるからっていうのもあるからだケド。
「酷いなあ、ジャン。俺の素直な愛を疑うのかい?この身を持って清廉潔白さ」
「やくざもんが平然と清廉とか言っちゃいましたよ。はあーーー別にそんなんじゃねえケドさ……」
 何でイキナリそんなの、って…気になっただけだっつーの…。
「ーーー俺は思ったんだ。ジャンと共に生きられる時間は限られてる。ましてや俺たちは、いつ誰に殺されるかも知れないだろう?」
 ベルナルドは急に真剣な顔つきになり、タオルを外すと棚にある救急箱を持って来ようと立ち上がる。歩きながら、ポツポツと話し始めた。
「……だから、な。ーー後悔しないように、じゃないが……、俺が死んだ時に、ジャンが俺を生涯の中で一番の恋人だった、と…そう思ってくれるように、もっとお前に愛を捧げようと思ってね」
 何処か照れ臭そうに笑うベルナルドに、バカやろー、となじりたい気持ちになる。と、同時に不覚にもこの三十路をとっくに過ぎたオヤジが愛しくてたまらなくなった。
 そんなのとっくにそうだって。今までもこれからだって、アンタ程好きになっちまった奴なんてきっと居ねえんだから。それを分かっていないのか、と考えて不満に思った。
「……って、それって今のままじゃ自信がねえってコトかしら、ミスタ?」
 俺はベルナルドに促され、さっきまでベルナルドが座っていた椅子に腰掛ける。そして俺の足元に腰を下ろしたベルナルドは、救急箱から湿布を取り出し、赤くなった部分にそれを押し付けた。ひやりとした冷たい感触にじくじくとした痛みが治まる。
「まさか。ジャンが俺にめろめろなのは、 世界中に自慢したいくらいに自覚しているさ」
「めろめろとか言うなエロおやじ」
 本当にこの男は。俺は心ばかりの反抗に奴の髪に指を通してくしゃくしゃにかき乱した。それにベルナルドはくすりと嬉しそうに笑みを零す。
「ああーーフフ……お前が居てくれたから、俺の人生は薔薇色になった。俺は世界で一番の幸せ者だな…」
 いつもは冷酷なマフィアの幹部である男の顔が今はでれでれに緩んで、俺を見上げていた。ホント情けねー顔だよもう。
「ったく…。…つーか!アンタが先に逝っちまう事前提で話進めてんじゃねーよ、Cavolo」
 俺は数年前より数センチ広くなったようなそのおでこに、中指と親指で丸を描いた右手を近づけるとぐっと力を入れる。パッと親指を離すとビシリと中指が額にクリーンヒットした。
「うっ、痛いよジャン……」
「自業自得だ。俺を残して死んだら、一生恨んでやる」
 この男が存在しない世界を想像して、世界が色を無くすような虚無感が襲ってきた。こんなこと、想像するもんじゃない。したくもない。慌てて思考を振り払い、そう告げた。想像が現実になるなんて真っ平ご免だ。
「それは嫌だなぁ……お前に恨まれたら俺は死にたくなるほど悲しい」
 ベルナルドは、駄々をこねる子供のようにぽつりとそんな事を呟いた。ああ、クソ、こんな仕草できゅんとするな、俺。
「でも、ジャン。俺は今でもーーーお前が自由に生きていてくれたら、それだけでいい、そう思ってる。だから、命に代えることになってもーーー俺はジャンを護る。例え、ジャンに恨まれてもーーこれは譲れない。俺のエゴなんだ」
 つい見惚れちまいそうになる程に真剣な顔つきをしながら、ベルナルドは右手ですい、と湿布を貼った足を掬い上げると足の甲にキスを落とす。柔らかい髪がしなやかに揺れ、顔を上げこちらを見たアップルグリーンの瞳が優しく細まった。
「ーー好きだよ、ジャンカルロ。本当に、愛してる」
 ーーホントに、勝手で馬鹿で愚かなどうしようもない男だ。俺に恨まれても、俺を護って先に死ぬと、そうのたまった頑固なこの男を罵詈雑言で罵って、一発お見舞いしたいような気分になる。
 ああ、クソ。俺は一体なんの為にアンタをあの時アンタをあの忌まわしい部屋から連れ出した?俺が命を懸けて守った物をーー守られた事実を、この男は一ミリたりとも分かっていないのか。果てしないバカやろーだ。
 ーーーああ、なのに。
 ぶわり、と胸から熱いものが湧き上がってきて、脳を、思考を侵食する。思わず顔が熱くをなるのを、手を頬に当てることで凌いだ。
「ーーーアンタなんか、一生で最悪の恋人だったって、罵ってやる」
 そう吐き捨てながら睨みつけると、ベルナルドは少し困ったような表情をしてから、挑戦的ににやりと笑ってみせた。
「……フ、ハハ。ーーーなら出来ないようにしてあげよう」
 そう囁いた唇がゆっくりと俺の顔に近づく。甘くてとろけるように柔らかい吐息が頬を掠め、こそりと愛の言葉を耳元で囁いた。とろりと俺を溶かす甘美なその声は、数分後には呆気なく俺のことを陥落させたのだった。



end




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