小説 | ナノ

  とろけるように落ちて


「…ふへへへ」
 柔らかいカウチに背中を預けながら、デイバンデイリーニュースに何気なく目を通していると、横から変な笑いが聞こえてきて驚いた。
 ジャンは寝起きでとろりと蕩けた蜂蜜色の瞳を擦りつつ、斜めっていた体を起こす。連日の激務で疲れ果てていたので、この執務室で少し休息をとらせていたのだ。さっきまで肩にあった暖かい重みが消えて少し名残惜しく思う。
「起きたのか…。なんだ、変な笑いしやがって」
 怪訝な顔を其方に向けると、ニヤニヤとした蜂蜜色の瞳と目が合う。ジャンは一層笑みを深くして、いつ見ても触りたくなる太陽の化身のような髪をきらりと靡かせた。
「…ふ、……なぁんでもねっ」
 ジャンはまた小さく笑いつつ何処か嬉しそうに笑う。一体なんなんだ、気になるだろうが。
「あ?なんだ、言えよ」
「ン〜〜…まだ眠ぃ…」
 問いただそうと身を乗り出すと、目をつぶり再び俺に寄りかかり襲い来る睡魔と共に逃走しようとするジャン。
「こら」
 それを叱咤し、頭をゆさゆさ揺らすと唸りを上げたジャンはしょうがないとばかりに眠たそうな瞳でこちらを見た。
「ホントに大したことじゃねえって。…良い夢見ただけだっつの」
「良い夢?どんなのだ?」
 夢なんて結局は自分の頭の中で起きている唯の想像だが、ジャンがどんな夢を見たのか気にならない筈もない。俺は遂に気になり過ぎて読みかけの新聞などそっちのけだった。
「えーそれ聞いちゃうのん?減りそうだからあんまり言いたくねえんだけど」
 減るって何がだ。ジャンは悩んでいたのか少しの間沈黙を落とすと、口を開いた。
「俺がこうして寝てるとさ、 なーんか皆が部屋に入ってくんだよな。最初はイヴァンだろ、次にジュリオ、その次にベルナルド、で。最後にアンタ」
 ジャンはまた瞳をとろりと蕩けさせながら、幸せそうに微笑む。口は安心しきった子供のように柔らかく笑みを形どっていた。
「そんでさ、イヴァンはさ俺が寝てるのを見てなんか怒ってんだけど自分も疲れてて、俺の横で寝ちまうんだよ。そしたらジュリオが来て、どっかから持ってきたブランケットを俺に被せてくれてよ」
 容易に浮かぶその光景を話しながら、ジャンは何が楽しいのかクスクスと笑う。
「容易に想像できるな」
「ハハッ、だろ?妙にリアルだったんだよな」
 今日はまだやる事が残っていて、もう少ししたら俺はそれに取り掛からなきゃならない。それなのに、この部屋の時間はまるで別世界のようにゆったりと流れていた。
「それで?」
「ああ。でさ、ジュリオもイヴァンの反対側に座ったんだけど、イヴァンと同じで寝ちまって。なんで俺の執務室のカウチで揃って寝こけるってんだよなあ。イヴァンはともかく」
「ハハ、確かにな」
 イヴァンならあり得ることではあるが、ジュリオは普段であればそんな事はないだろう。まぁ、ジャンの夢の中だからな。
「暫くしたら、ベルナルドがノックして入ってくるんだ。で、寝こけてる俺たちを見て苦笑した後、時計を見て起こそうとすんだけど、すぐに今度はアンタが入ってくる」
「勢揃いだな」
「ふ、可笑しいよなぁ。…アンタ、呆れた顔してベルナルドに詰め寄ってたぜ?」
 何もしてねえのに夢の中まで不憫な扱いだよな、と続けるジャンに、夢の中でしていたらしい呆れた顔を浮かべたくなる。
「オイオイ、なんでそうなる」
 現実の俺なら容赦なく叩き起こしてるだろうが。失礼な奴だな。
「まぁ…ホラ……夢だから。続き話すぜ。で、俺たちを見ながらなんか言い合ってたわけよ。反対側のカウチに座ったと思ったら何でかあんたらも寝ちまってさ。皆で仲良くお昼寝よ」
「なんだそりゃ」
 小さく片目を瞑りおどけてみせるジャンに、俺は肩を竦める。
 幹部とカポ全員で眠るとは。余程疲れてる時じゃあるまいに。いや、そんなことも何時だったかあったか。年明けとかパーティの後の雑魚寝とか、色々思い出すことはあるが。
「その後、最初に起きたのは俺でーーおまいらが寝てるのを見てほっとしちまった。……そこで起きたよ」
 普段滅多に見せない穏やかな表情をして、ジャンはそう言った。ほっとしたって事は、俺たちがいる事に安心したって事か。ああ全く、こいつは。
「………馬鹿」
「ふぁあ…、…ン。なんだよう……眠ぃ」
 小さく呟いた声はジャンに聞こえるには至らない。ジャンは話し終えて大きな欠伸を一つかますと、またこてりと寄りかかり俺に身を預けた。やはりまだ睡眠が足りてなかったらしい。
「もう少し寝てろ。…時間になったら起こしてやる」
「ん、………」
 さらりとした金髪を柔らかく梳くと、気持ち良さそうに蜂蜜色の目を細めたジャンは、そしてゆっくりと目を閉じた。直ぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。あどけなく安心しきったその寝顔はまるで子供のそれで、カポとしての姿なんて微塵もない。只のジャンカルロの顔だった。
 それでいい。お前にとって、俺ーー俺たちは素直にお前がありのままの姿を見せられる男でありたい。俺たちは何時だって、お前の味方で安心できる場所なんだと。
「全く、しょうがない奴だ」
 まだ時間はゆったりと流れていた。時間まで睡眠を取るべく俺もゆっくりと目を閉じる。あわよくば、ジャンの様な夢を俺も見られると良い。普段となんら変わりない日常の夢を。





END

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