小説 | ナノ

  愛してるって言わせろよ2


 ああ、見るんじゃなかった。
 ……あんなの。お陰で朝から訳分かんねー気分で……最悪だ。
「やあ、おはよう。ジャン」
 部屋からのろのろと出て、昨日ベルナルドと酒を浴びる様に飲んだリビングまで行くと、昨日の惨状から見違える様に綺麗に整頓された部屋のカウチに座りながらコーヒーをすするベルナルドの姿があった。すぐに俺に気がついてふわり、と笑いかけてくる。
「あ…ベルナルド……、オハヨ…」
 昨日の事もあって、なんとなく気まずさを感じ目を逸らしながらもそれに応える。先ず、謝んねえとな…。
 さて、どう切り出したもんか数秒考えていると、ベルナルドが何時もと変わらぬ調子でカウチを立ち俺に座るよう進めてきた。
「…さ、ジャン、座って。…朝ご飯、まだだろ?さっき俺が作った物があるんだが、良かったら食べるかい?」
「うえ?…ぁ、ウン…」
 つい反射的に適当な生返事を返しちまうと、勧められるままカウチに座らされた。なんだかやけにご機嫌のベルナルドがキッチンへ向かうのをじっと見つめる。
「あ、あの…さ…!」
 俺はその後ろ姿を意を決して呼び止めた。ベルナルドは歩を止めると不思議そうな顔をしてこっちを振り返る。
「ん?…なんだい?」
「…昨日は、ごめん。…俺、何か酔っ払っちまって、迷惑かけたよな」
 ゆっくりと謝罪の言葉を吐く。ベルナルドはそれを最後まで聞いてから子供を安心させるように微笑んだ。
「何を仰る。俺とお前の仲じゃないか、ハニー。迷惑だなんて思わないし、ジャンなら大歓迎だよ?」
 やっぱりベルナルドは優しい。そんな風に何時もの調子で巫山戯て俺に気を遣っている。ベルナルドの優しい笑顔が凹んでいる俺に更に追い打ちをかけてくるようだった。
俺って、なんて情けねえ。ベルナルドはそのままキッチンに消えて、暫くカチャカチャと音をさせたかと思うと、美味そうに湯気を立てている料理が載せられたお盆を手にして戻ってきた。
「さあ、たんとあがってくれ」
「……あ。…うん。お……うまそう…コレ全部ベルナルドが作ったのけ?」
 気を取り直して、料理に向かうとほかほか湯気を立てている料理が、物凄く良い匂いを放っていて俺の食欲を刺激してくる。何品かあるが、どれも凄く美味しそうだ。
「ハハ、まあ…ね。…一人暮らしだから雑多だが、料理はそれなりに。お前の口に合えばいいが」
 そう言って料理を進めてくるベルナルドに、早速フォークを手にとり目の前に置かれた料理をひと突きした。そのまま口に運ぶ。
「ン…」
 口に入れた瞬間、ほどよい熱さとトマトソースの仄かな酸味に加えてとろりと蕩けるような肉の柔らかさが舌を刺激した。じんわりと染みたキャベツの歯ごたえも最高だ。
「旨いよ…」
 飲み込んだ後、思わず驚いてそう呟くと、ベルナルドは食べる俺をじっと見つめながらふわり、と楽しそうな笑みを浮かべた。
「良かった、舌が肥えてるだろうと思ったから不安だったよ」
「肥えてなんかねーよ。あんなとこで食べるメシなんて上手くもなんともねえし」
「そう言ってやるなよ。このご時世メシを得るのだって一苦労だ」
 苦笑いしながら、ベルナルドはパンを少し千切った。……まあ、それはそうなんだケドな。メシが食える食えない、美味い美味くないは別の話で…。まあ、良いんだが。
「それはそうと、ジャン。今日はどうするんだい?俺はこれからやることがあるから店の方に顔を出さなきゃならないが…ここに居たければ構わないよ」
「…え、でも…また、迷惑かけちまう」
「…ジャン、言ってるだろう?ジャンに限っては迷惑なことなんか無いんだ。寧ろ毎日が楽しくて感謝してるぐらいなんだよ」
「……またそんなコトいいやがって…。じゃあもし俺がアンタのヒモになってもいいっての?」
「ヒモか……!……。…ふ、それも、良いな…」
 真剣に考え込み始めたベルナルドに呆れつつツッコミを入れる。冗談だっつの。
「アホか!何考えてんだフツーにダメだろーが。……でも、悪い。…もちっとだけ頼むわ…」
「ああ、気にするな」
 しょんぼりと項垂れると、ベルナルドはいつもの笑みを俺に向けた。
「お詫びと言っちゃなんだけどさ、今日はアンタの店の手伝いしてもいいか?…その、方がアンタも研究に集中できると思うし」
「!…いいのか?俺は凄く助かるが…別に此処で休んでいてもいいんだよ?」
「平気だって。俺、前からアンタの店手伝ってみたいと思ってたんだよな」
 その言葉に、ベルナルドは少し考えた後、頷いた。
「…そうか。わかった、じゃあこれを食べて、支度をすませたら早速行こうか」
「おう!」
 満足した俺は笑うと、ベルナルドお手製料理を端から端まで平らげるべく、フォークを忙しなく動かした。


 さわさわと心地よい風を感じながら森の中を抜けると、だだっ広い畑が広がっている。俺はいつも街に行くときに見ているので、見慣れた景色にさほど感じる事も無かったが、ベルナルドは嬉しそうに笑いながらいつもより少し饒舌だった。その横道をさらに歩いた俺たちは、その先に賑わう一つの街にたどり着いた。
 色々な店がところせましと並んでいて街はわいわいと賑わっている。道ゆく人々にどうだとばかりに物を売り込む人、楽しそうに話しながら歩いている人、たくさん荷物を抱えながら値踏みしている人、だれもが皆活気に溢れていた。
「朝だっていうのに活気あるな」
 いつ来ても此処は俺にとって新鮮だ。この活気は俺を元気づけてくれるようでいつも救われていた。ベルナルドがいて、皆笑っているこの街は、マンマのいる家みてえに良いところだといつも思う。
「そうかな?はは、逆に騒がしいと思うときもあるけどね」
 なんて笑いながらも、ベルナルドの目は穏やかに街並みを見つめていた。
 暫くして、大通りから少し外れた角にひっそりと佇む店が見えてくる。店は、しっかりと戸が閉まっていて、まだ開店して無いことを示していた。
「いつ見ても古びた店だぜ、此処は」
 『胡董堂』と掲げられた木の看板は、年が経ち古びていて、今にも潰れそうな雰囲気を醸し出していた。相変わらずボロっちい…こんな店に客来てるのかね?まあこんなアヤシー雰囲気丸出しの店だから客だって期待出来ねえだろうケド。
「失敬な。趣きがあると言ってくれ…これでも結構作りは頑丈なんだぞ?」
「はは、ベルナルドってこういう古風なの結構好きだよなー…年食ったからか?」
「なっ、…年は関係ないだろ…。…全く、減らず口は相変わらずだな」
 そう言いつつ、子供みたいに拗ねているベルナルドを見て噴き出しそうになる。コイツのこんな顔、新鮮だ。ベルナルドもかわいーとこあるじゃん。
「正直すまん。…で、何から始めるんですかい、センセ?」
 軽く俺を小突いたベルナルドに、苦笑いを浮かべて問いかけると、少し間があったのち、照れたように視線を逸らした。
「じ、じゃあーー…まずは、店を開ける為の準備を手伝って貰おうかな」
 そう言いながら、ベルナルドはポケットから鍵を取り出して戸についていた鍵穴に差し込むと戸をスライドさせて開けた。ベルナルドに続いて俺も店内に脚を踏み入れると、まずズラリと棚やテーブルに並べられた骨董品の多さに圧倒される。何度みてもこの品数の多さには見惚れちまうよなあ。一体こんな量の骨董品何処で集めたんだか。
「品物の点検と、ここの掃除をお願い出来るかい?ああ、掃除はそこの用具庫にあるホウキを使えばいいから」
 ベルナルドは店の片隅にある細長いロッカーのようなものを指差してから、店の奥に佇む古びた電話の側に置いてあったボードを手に取り俺に差し出してきた。
「後、これが物品リストだよ。チェックはこれにそってしてくれればいい」
「ン、リョーカイ」
 俺はボードを受け取ると、早速仕事に取り掛かる。まずは、掃除からだ。掃除用具庫から、ホウキとチリトリを手に取ると、床を隅から掃いていく。
「フハハ」
「…あ?なんだよう」
 俺の行動を暫く観察していたベルナルドは不意に笑った。
「フフ、いや。ジャンが仕事してるなあと思って」
「なんだよ。シツレイだな…俺だってやるときはやるっつーの」
「そうじゃなくて、ジャンがこうやってこの店に来て働いてくれるなんて思ってもみなかったから、…凄く貴重な機会な気がして嬉しいんだよ」
いつも会っているときとは違って、顔をだらしなく緩ませながらそんな事を言う。んな事を言われたら、こっちまで悪い気はしないと思っちまうだろーが。
「ンなの…暇があればいつだって」
「ん?なんだい?」
 ぼそりと呟いた言葉が聞こえなかったベルナルドが不思議そうに聞き返してくる。
「…なんでもねー!いいから、アンタは奥で研究でもしてろ!」
「はいはい」
 しっしっと手を払う仕草をすれば、笑いながら、ベルナルドは戸を開けて奥へと入っていった。
 ったくもー、あのおじちゃんは…。
 気を取り直して、ほうきで隅から隅まで掃いていく。丹念に床を掃くと、驚くほど埃やゴミが出てきて思わず顔をしかめた。うわぁ…ベルナルドのやつ、ちゃんとやってなかったなー…ったく…。ため息をつきながらも、掃除が得意な俺はあっという間に店内の汚れを満遍なく吐き出し、あちこちをぴかぴかにした。ふふん、俺の手にかかればこんなもんよ。どうよ、壺が見違えてみえるぜ。
 鼻高々に清潔感溢れる店内をぐるりて見渡し、満足して息を吐いた。よし、次は、物品チェックだ。
 隅に寄せていたボードに手をかけ、店内を周りながらペンでさらさらと骨董や珍妙な品を見てチェックしていく。掃除の時に商品はいくつか把握していたからこれも楽々と終わらせることが出来た。
「よし、と…っ」
 後はベルナルドに報告するだけだ。なんだー、楽勝じゃんよ。
 俺はずんずんと店の奥に上がり、ベルナルドがいるだろう部屋の扉を開ける。
「べ…、っ」
 ーーと、飛び込んできた姿に呼びかけた名前を喉の奥に押し込めた。
 薬品の匂い。床に無造作に置かれた研究書類。その奥に置かれた木机の前に見知った男の後ろ姿があった。
「なるほど。そうか、これは…ーー」
 ブツブツとなにか言いながら多分研究してるんだろう。後ろ姿しかみえねーケド…。
 俺は気づかれないよう、そっと扉を閉じた。ーー…う、び、びびった……。熱い息を吐き、よろよろと扉にもたれかかる。
 顔が燃えるように熱い。ああ、クソ。……アイツの白衣姿見ただけで、なんで俺の心臓が煩いんだ…なんだコレ。なにやってんだよオレ…。畜生、後ろ姿だけだってのに、男の俺が見てもスゲー格好良いとか思っちまった……!
 あーもうしっかりしろ俺!どうせ後やるのは店番くらいだろうし、おとなしく店の中にいよ。
「心臓に悪いっつーの…」
 店内に戻ると店番用の椅子にぽすりと座る。まだぐるぐるして思考が落ち着いてない。することもねーし。でも、なんかしてねーと落ち着かねえ…どうしよ…。
 そんなときだった。
 コンコン、と。
「……?」
 なんの音だ?と不思議に思って、そっちに目をやると、開いている店の戸を叩く初老のお婆ちゃんの姿があった。…お客さんか?
「あらまぁ、今日はオルトラーニさんは居ないのかしら?」
 ゆっくりと店に入ってくるお婆ちゃんは、俺の顔を見た途端不安気になって、辺りをキョロキョロ見渡した。
「ベルナルド?…今、上にいるよ。呼んでこようか?」
 俺が腰を浮かすと、お婆ちゃんはすぐにそれを制し、上品な笑みをこぼした。
「あら、良いのよ。研究の邪魔をしては悪いわ。…今日はね、孫にプレゼントを買おうと思って寄っただけなのよ」
「プレゼント?」
「ええ…明日、誕生日なの。あの子、古い物がとても好きだから、どうしてもここのをプレゼントしたくてーーー」
 その言葉に、俺は少なからず驚いた。この店はてっきり骨董品目的でこの店に来る客はそう居ないものだとばかり思っていたからだ。意外に、人気なんだなぁ…この店。そう思うと、じんわりベルナルドに対する尊敬の念が内から湧いてきて、なんだか分からないが急に彼女を手助けしたい気持ちに駆られた。
「じゃあ、俺が選んでやるよ! 婆ちゃん、どんなのが良い?」
「ふふ、嬉しい。お願いするわ。…そうねぇ、…この置物なんか良いんじゃないかしら?」
「あぁ…でも形があんまり良くねぇんじゃねーかな…?あ、…そうだ…ぴったりの物があった……確か…ここに……」
 ごそごそと店の隅の方を探すと、さっき見つけて良いなと思った物がかつん、と指に当たる。
「これこれ。ホラ、これなんか良いんじゃねえ?」
 持ち上げた物を見せると、お婆ちゃんはまじまじとそれを見た後、キラキラしたような表情になった。
「…あら素敵ねえ…!これなら孫が喜びそうだわ」
 お婆ちゃんの手に渡したそれは、懐中時計。さっき俺が、物品チェックをしていたときに、ふと目に留めた品だった。
 金の型に宝石が控えめに散りばめられ、裏側には西洋の細かい模様が描かれている。文字盤は好感が持てるシンプルなものだった。俺が一目で気に入ったそれは、お婆ちゃんも気に入ったようで、ぎゅ、と手に包み込み、彼女はこう言った。
「これにするわ。ーーー売ってくださる?」
「まいどあり。……喜ぶといいな」
 代金と交換に、それを綺麗に包んで渡す。お婆ちゃんは、受けとったそれを大事そうに鞄にしまってから、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、そうね…きっと。……また来るわ。オルトラーニさんに、宜しくね」
 彼女はそう言うと、店を出て行った。
「ああ、分かったよ」
 俺も手を振って答える。途端に、しん、と店内が静まり返った。ばあちゃん、喜んでくれたみてえで、良かった。この店って結構良い品多いよな…何処で集めたんだか…。
ぐるりと辺りを見回して、改めて奇怪な物が多いのに気づく。壺はモチロン、埴輪…?とか、なんかよくわかんねー置物とか以下略。
「…ん?…なんだ、コレ…?」
 ふ、と俺の足元に奇妙な箱があるのに気づく。ひょいと、拾い上げてまじまじと見るとその黒い箱を開いた。中に入っていたのは、小さな貝殻の形をしたキラキラ輝く小物だった。…ネックレスか?
「ーーージャン…?なにをーー…。…っ、それは……アイツの……!」
 突然。
 後ろから、声をかけられて。勢い良く振り向くと、ベルナルドが不思議そうな顔をして立っていた。しかし、すぐ目線が、俺の手元に行くと、ベルナルドはあからさまに驚き動揺する。
 アイツって…ーーなんだよ、その反応…?
「なんでここにーーーていうか、これがどうかしたのか?」
 俺がそう問うと、ベルナルドはハッとして慌てーーネックレスから視線を逸らした。
「あ、ああ…いやその……。…悪い。なんでもないんだーーー」
 まさか…。嫌な予感がして、心臓の音が大きく聞こえてくる。はあ、息を吐いてから、口を開いた。
「もしかしてーーー…昔の女のもの?」
 予想していた言葉を口にすると、ベルナルドはぎくりとして肩を揺らした。やっぱり。…ったく、分かり易いな。
 予想が当たっていたことに、ぎゅ、と胸を掴まれたような気持ちになった。苦しくて今にもこのネックレスを投げ出したいような。その反面、諦めや大切にして欲しいような気持ちが湧き上がってきて、心がざわざわする。
「…っ、すまない…。……お前には、こんな格好悪いところを見せたくなかったんだけどね…」
 ベルナルドはああ、と顔に手を当てると小さくため息をついた。
「格好悪いってなんでだよ?」
「だって、今だに昔の女のものを持っているなんて、女々しくてーーー格好悪いだろ…?」
 そう言われてもどうしてかよく分からずに、俺は首を傾げる。
「そうか?…俺には、それだけアンタが思い出を大事にする優しい奴にしか見えねえケド?」
「フフ……、お前はいつも、嬉しいことを言ってくれるね」
 俺の言葉に破顔したベルナルドは、途端ににやにやして俺の髪をさらりと梳いた。単純なおじちゃんね…。
「ていうか、アンタ…研究は?もう終わったのけ?」
「ああ…ひと段落したんだよ。ジャンにここを任せてばかりだと悪いしね」
 気にしなくてもいいのにな。ベルナルドの優しさにため息をつきたくなる。こいつ、自分を犠牲にして損ばっかりしてそうだ。
「じゃあ、お茶でも入れてやるよ、待ってろ」
「ああ、すまないーーありがとうな」
「いいって」
 俺が店の奥のカウンターに行こうと歩き出すと、再びコンコン、と店の戸が叩かれた。
「ん?なんだろうな…」
 ベルナルドは戸に近づくと、なんとはなしに戸に手をかけた。そしてそれをするりと開ける。
 ーーー今度はなんだ……?
 今日はやけに人が来る日だな、と思い、そっちに目を向けてーーー硬直した。
「ーーー久しぶりね、バーニィ」
「ッーーーアナ……」
 そこには、写真とそっくり同じ顔の…そして、あのネックレスの持ち主である、あの女が柔らかな微笑みを浮かべ立っていた。


 to be continued...

prev / next

[ back to top


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -