小説 | ナノ

  レンズ越しの愛


 パリン!
 暖かい部屋の中、やけに響く鋭い音が耳に届いた。
「う、お……!え、なんーーー」
 嫌な音にまさか…と思いながら、俺たちは顔を見合わせて同時に床に目をやる。床にはーー正確にいえばジャンの磨きのかかった質の良い靴の下には…無残にも変形した黒いフレームが一つと、砕け散った硝子の破片が散らばっていた。
「あぁ……」
 やっぱりか、とどこか納得したような声が口から漏れる。
「げ………マジかよ…これ、アンタの眼鏡、だよな!……わ、悪りぃ、ベルナルド!」
 それを見て青ざめたジャンは、慌てて俺に謝罪の言葉を口にし、足を退けて床にしゃがみ込んだ。
「いや……」
 すぐに続けて気にしないでいいよと続けるはずの言葉はジャンのあまりの行動に驚いたせいで吹き飛んでしまった。なんと、ジャンは素手で硝子の破片を拾い集めようとしていたのだ。
「ッ!?」
 それを見て、ジャンよりさらに俺の方が慌てて、執務椅子からすぐさま立ち上がりジャンに駆け寄った。
「ジャンッ!何してる!」
「わっ!…んだよ…?」
 硝子に触れる寸でのところで、その腕を掴んだ。すぐに指先を確認する。
「良かった…怪我はしてないみたいだね…。全く、素手で触ったら危ないだろう?俺がやるから」
「あ、すまね……。眼鏡、も…」
 ジャンがしゅん、とあからさまに落ち込んだのを見て、優しく笑いかけてやる。
「お前が気にすることはないよ。古いものだから、もう買い換えようと思っていたしね。丁度良かったよ」
 まあ、眼鏡が壊れてしまったのは残念だが、ジャンがそんな叱られた犬みたいにしている方が俺としては嫌なんだ。
「……っ、でも…」
 俺がそう言っても、ジャンは顔を曇らせ、納得していないようだった。
「大丈夫だよ。元々、あんなところに落とした俺が悪いんだしね」
「…っ、な、なら…俺に弁償させてくれねえ…?新しいの、アンタにプレゼントさせてくれよ」
 ジャンからの思わぬ提案に驚く。そうきたか。しかし、ジャンも俺も忙しい身だ。カポのお前に俺の眼鏡ひとつごときで時間を取らせる事は、流石に気が引ける。でも、断ろうにもそんな捨てられた子犬みたいな眼でみつめられたら、頷くほか無いじゃないか…。
「な?いいだろ?」
「そこまでいうなら…じゃあ、頼もうかな」
 と、俺は渋々承諾した。すると、ジャンはようやく安堵したのか、ほっとした笑みを浮かべたので、まあ良しとしよう。
「ン、おう!あ、でも…それまで不便だよな…どうすっか…。あ…!」
 ジャンは考え込むような仕草をした後、思いついたように手のひらに拳で叩いた。すぐにジャケットの裏ポケットを探るとにや、と笑みを浮かべる。
「そうだこれがあったんだよな」
 ジャンが取り出したのは、壊れた亡き俺の眼鏡とさして変わらない、黒縁の眼鏡だった。思わぬものが出てきて、多少驚く。
 ジャンは俺と違って眼鏡はつけない筈だが…。俺意外に、眼鏡をつけているのは俺の部下ーーザネリぐらいだが…彼から貸してもらったにしても、この場で出てくるのは余りにも不自然すぎる。そんなことを考えていたせいか、つい訝しげにジャンを見つめてしまいながら、口を開いた。
「それは?」
「へへ、実はさ…。今日、俺午前はルキーノと外回りだっただろ?そんとき、物売りが俺に声かけてきてよう…凄え困った顔して、幾らでもいいから買ってくれ!なんて言うから…なんとなーく買っちまったんだよな…まあ、あとでルキーノにめちゃくちゃ怒られたケド…」
 一人で勝手な真似をしていたことに後ろめたさがあるのか、ジャンは気まずそうに目を逸らした。まあ、ルキーノが居たから、幸いだったが。それにしても、ウチのカポは危ない真似してくださる。誰ともわからない物売りを近づかせるなんて。全く、その男から急に銃でも構えられたりしたらどうするんだ。
「全く、あんまり危なっかしい言動は謹んでくれよ。でないと、お前を俺と一緒に執務室へ監禁しなくちゃならなくなるからね」
「へいへい…分かりました!もうしませんよっと。…ったく、二人してママンかっつーの。
 どうやら、ルキーノによほどこっぴどく絞られたらしい。ジャンは拗ねたように唇を尖らせて、歩いていきカウチにどかりと腰を下ろした。俺もつられてジャンの隣に座る。
「言いたくもなるのさ。皆、お前を心配しているからね」
 言いながら、金色の髪を緩く撫でる。ジャンはそれに気持ち良さそうに目を細め、それからふう、と小さくため息をついた。
「…ああ、分かってる。悪かったってば。…なあ、それよりさ…、眼鏡。これアンタにやるから、少しの間だけ使ってよ。流石にそんな粗悪品をアンタの今後の相棒にはできねえからな…俺が買ってくる間はそれで我慢してくれ。流石に何もかけねーと見えねえだろ?」
 俺の手の上に例の眼鏡が置かれる。
「それはそうだが…。いいのか?」
「おう。考えてみれば、あの眼鏡を買っちまったのは、きっとアンタに渡す為だったんだろうしな」
 まあ、かの女神様からのあの愛されっぷりをみれば、それも頷ける。俺にも本当にそうかもと思わせてくれる。
「じゃあ、有難く頂くよ。ありがとう、ジャン」
「いーえ。…それ、かけてみたら?」
 ジャンから眼鏡を受け取ると、なんだかソワソワしているジャンにせっつかれた。…みたいんだな…ハハ、ジャンは分かり易いなあ。
「では、遠慮なくーー…、…どうだい?」
 かけてみせると、ジャンは一瞬ホッとした表情を見せた後、苦笑いを浮かべた。
「んー。ハハ、やっぱいつもと変わんねーな。…やっと、いつものベルナルドが戻ってきたーって感じ?」
(良かった。)
 ジャンの言葉にかぶせるように、なにか頭の中から声が聞こえたような気がして思わず固まる。
(ベルナルドの素顔とか一日中見せられたら、心臓がもたねー)
「えっ?」
 頭に響いてきた声に、口から素っ頓狂な声が出た。な、なんだ…この…声。
「ん?どうした?」
(なんだよ…そんな驚いた顔して…)
 ジャンが喋ると同時に今度もまた聞こえて、困惑する。おかしい。ジャンは耳に聞こえてくる言葉しか喋ってないのに…。なんだ……?まさか……!思い当たった事実に慌てて頭を振るがーーー
(なんか悪いことでもあったんかな……)
 また、認めろとばかりに声が聞こえてきて俺はその事実に目を向ける他なかった。
 じゃ、ジャンの心の声が聞こえる…だと……。いやいや、まさかそんな筈は…。だがしかし…脳に直接響いてくるこの声は、ジャンの口調、声そのものだ。だが、ジャンは音の振動を震わせる言葉しか発してない。まだにわかには信じがたいが…。他の可能性ーー例えば、どこかのレコードを通して俺に伝えるとしても、ジャンが聞こえてないのはおかしいしな…。そう考えれば、どういう仕組みか知らないが、ジャンの心の声が聞こえたとした方が自然だ。それにしても、どうして突然ーーー。
「あっ」
 記憶を辿り、俺はすぐさま声を上げた。そうか、この眼鏡になにかしらの細工が施されているわけか!
 ぱっ、と眼鏡を外して、不思議そうに首を傾げるジャンを見る。
「オイ、ベルナルド…?なんで外すんだ…?さっきからどうしたんだよ…?」
 きちんと耳を澄ませてジャンの言葉を全て聞き取ろうとするが、喋っているジャンの声しか聞こえてこない。と、いうことはーー
(マジで、大丈夫か…。医者呼んだ方がいいか…?)
 再度、眼鏡をかけたとたん脳内に響く声。やっぱりそうか!
 はっきりと確信して思わず頷く。これは頭の中での思考を読み取る眼鏡なのか!これはどういう原理か分からないがとても面白い。特に危険なものでもないようだしーーそれにしても、さっきのジャンの言葉ーーそんなことを考えているなんて思いもよらなかった。あんな事を言われたら、つい眼鏡を外してみたくなるじゃないか。俺は、ついにやにやと顔を緩ませる。それを見たジャンが明らかに引いてはあ、とため息を一つ。
「なあ、ベルナルド。ナニ一人で百面相してんだよう。明らか不審者だっつーの」
「…フフ、ごめんごめん。なんでもないよ。そうだ、ジャン…今日はもう体して忙しくしなくても大丈夫だろ?この後、食事でも行かないか?」
 堪えきれず笑みを浮かべながら、そう誘うと、ジャンはあからさまにぱぁ、と嬉しそうな笑みを浮かべた。
「じゃあ、この前見つけた店があるんだけどさ、あそこ行きてえ!」
「ふふ、何処へでも。仰せのままにーー」
 そうなれば、もう仕事のことなぞ後回しだ。俺は外に待機していた部下に一言後を頼む、と言付けてから、早速俺達は外へ繰り出した。あぁ、今日は久しぶりにステキな夜になりそうだ。


「ぷはッ……んめ、え…!ハァ…サイコーだ……。この為だけに生きてるんじゃねえかって思うよう」
 つるっとしたグラスをペロリと一舐めしたジャンはそう満足げに笑う。そんなジャンを見ているだけで、幸せに感じて自然と笑みが零れた。
「ン、…なに、笑ってンだよう…?なんか良いことでもあったのか?」
(今日のベルナルド、マジでなんか変だな…)
「フフ、いや……なんでもないよ」
 不思議そうに首を傾げるジャンは本当に可愛くて、俺を心配してくれてることにくすぐったい気持ちになる。
 ああ、ジャンの見えない一面が見られるなんて俺はとんでもなく幸運だ。こうなるってくると、俺がどう行動したらジャンはどう思うのか片っ端から試してみたいね。フハハ、なんだかワクワクしてきたよ。
「……なら、良いケド」
 ジャンはそう言って、寄ってきたウエイターがまたグラスを水槽にするまで待って、今度はゆっくりと一口喉に流し込んだ。しかし、俺にはまたそれと同時にジャンの脳内の声が聞こえてくる。
(あのニヤニヤした面は、どーせまたロクでもないこと考えてるんだろーなァ)
 おや。酷いなあ、ジャン。これは俺にとって、凄く重大な任務なんだが。なんせ、可愛い俺の恋人のことをもっとよく知る機会だからね。
 そう口に出して言いたいのをぐっと堪え、心の中で反論する。ここで、ジャンに下手に悟られたら俺の素晴らしい思惑も全て台無しだ。
 そうこうしている内に、先ほどからパス繋ぎが上手いウエイターがそっと俺たちのテーブルまでやって来て、料理の盛られた皿を2人分テーブルに置いた。
「お待たせしました」
 綺麗に盛られたパスタやサラダやその他諸々の料理の数々に、ひゅう、と隣から歓声が漏れる。
「ワオワーオ!うんまそー!」
「うん。香りはーーー良いね。味は…どうかな?」
 早速、フォークを使いパスタをひと巻きすると、口に頬張った。爽やかなトマトの香りと、とろりとしたソースに絡められたパスタがぴったりマッチして良い味を生み出している。これは美味い。
「う……、ああ…これはーーー良い仕事するな……驚いた」
「…うんめ、 え………ハァ……舌が蕩けそう…。うまい飯が食えるって幸せだよなァ〜」
 正直な感想を呟いた俺に続いて、一口食べたジャンはうっとりと感嘆を漏らす。
 邪魔しない程度に流れた音楽、仄かに薄暗い店内、礼儀正しいウエイターに、食材をふんだんに使った丁寧な料理ーーーどれも文句無しに最高だ…しかも、隣にジャンがいる。もう言うこと無しだな…。俺も思わず、口からため息が漏れた。
 初めての店にしてはかなり当たりじゃないか?……流石ジャンだ、抜け目ない。しかし、こんな店がデイバンにあったとは…驚いたな。
 そんな事を考えている間に、ウエイターが、新しく来た料理と共に新しいグラスにとぷり、とさっきの酒とは違うボトルの赤ワインを注いでいた。ジャンは早速それをぐびりと煽る。目の前に晒された喉仏が動いて、俺がその白い肌に見惚れている間に、グラスが一気に干されていた。
「ンく……ッ、……はひゅう〜…。…あ〜酒のチョイスも完璧だねえ。やるなあ。変な声でちまったい」
 あんまりに素直で美味そうな感想に、俺も誘われるままにグラスに手が伸びる。こくりと一口。…おお……。確かにこれは、一気飲みしたくなるほど美味い代物だな。
出来の良いウエイターは俺とジャンのグラスが空いたのを察するとすぐに、グラスをたっぷりと満たした。
「しかし、ジャン…。いくらなんでもペースが早すぎないか…?」
 さっきの酒もすぐに空にしたし…ジャンがこんなに急ぐように飲むのは珍しい。
「んン〜?ンなことねえよう…。美味いからつい手が止まんなくてさぁ。大丈夫、呑み過ぎねーようにするって」
(保証はできねえケド)
「そうしてくれると有難い。いつぞやのようにお前をベッドまで引っ張るのは結構一苦労だからね」
「へいへい。べるなるどおじちゃんがギックリ腰になったら大変ですもんね〜。足が三本になっちゃうぜ」
 そう言ってジャンは、フォークでくるくるとパスタを巻きながらからかうように笑った。
「なんだか今カヴァッリ顧問が脳裏をよぎったよ……あの痛みを味わうのは遠慮したいね。しかしジャン、杖をつくよりももっと重大で、大変な事があるだろう?」
「はぁ?…ンン??…なんだよそれ?」
(椅子に座るのが辛い、とかか?いやそれとも……)
 不思議そうに頭を捻るジャンが可愛くて、つい口元を緩めながら脳内に響く声と共に堪能する。フハハ、こういうハニーの鈍いところも可愛くて堪らないな。
「なー?なんだよ、ベルナルド?」
「フフ、ジャンも困る大変なことだよ?ーーー腰が振れないなんてね」
 にやり、と口の端を上げながらそう告げると、ジャンは少しの間だけほうけた顔になったと思えば、途端に顔を朱色に染めてさっきフォークに巻いたパスタを皿の上にぺしょりと落とした。
「は?……………バッ、バッカじゃねえのアンタ……」
(何言い出すかと思ったら、また下ネタかよ、このえろオヤジ……)
「心外だなぁ。大切なことだろう?」
 俺は、テーブルにあったグラスを取るふりをして、テーブルに投げ出してあったジャンの左手の指先にちょい、と触れる。
(こんにゃろ……)
 にや、と笑ってみせると、呆れた顔で冷たく睨んだジャンは俺の手の甲を軽く抓った。怒った風だが、それが照れ隠しなのを俺は知っている。ジャンは拗ねたように口を尖らせて、俺から視線を逸らした。
「むしろ年考えてちっとは枯れろよう…別に俺は困らねえし!」
「ン?そうかな―――試してみようか?」
 フン、とそっぽを向いてそんなことを言うジャンに、俺はジャンの手を包み込みながら笑う。その蜂蜜色の瞳が一瞬甘く細まったのを見て、くすりと笑みが零れた。
「ばーか…、いらねっつの」
(ったく、何かっつーとすぐそう……。このえろ星人め)
 パシリと手を払いのけたジャンは、さっき皿に落ちたパスタをフォークで掬うと口にかき入れた。もぐもぐとそれを咀嚼してから、ジャンはまた並々と酒が注がれたグラスをぐびり。ここに入ってからペースが速いこともあって、ジャンの顔はもうかなり赤くなってきていた。飲み過ぎないようにするって言ってたが…これ以上飲まれたら本当に俺の腰が壊されそうだな…。
「ジャン。それくらいにして―――後は、俺の部屋で飲まないかい?」
 手に持っていたジャンのグラスを取り上げ、そう提案するとジャンはじとりとした目で俺を見た。
(魂胆がみえみえなんだよ……そんなこと言って、エロいことする気なんだろーがよう…)
 ―――おや、バレバレだったか。流石に分かり易すぎたかね。
 グラスをテーブルに戻すと、何か反論しようと俺が口を開く前にジャンはニヤッと挑戦するような笑みを浮かべると、口を開いた。
「……これより旨い酒があるならいいぜ?」
 その返答に思わず口角が上がってしまう。てっきり拒否の言葉が飛んでくると思ったのに全く違った。
 ――ああ、ジャンは、やっぱり凄く可愛い。賢いから解っているくせに、知らないふりをして俺の提案に乗るそんなところとか。嬉しさについにやけるのをやめられないまま、俺はお決まりの台詞を吐くのだった。
「―――おまかせあれ」


 それから俺たちは、食事もそこそこに席を立ち、会計を済ませ足早に店の外へ出た。そこからは車で直行しいつもの銀行通りの部屋へと雪崩れ込む。
「じゃあ、早速飲みなおすとしようか」
「ん……」
 着くなり俺は上着を脱ぎ、ジャンと一緒に飲もうと取っておいたとっておきの酒を取り出す為に棚に向かった。ジャンはというと、疲れからか、さっき飲んだ酒が周っているのか、少しうとうとし始めていた。上着のボタンだけ外し、カウチに身体を沈めるとそのまま動かなくなる。
「こら、ジャン。まだ寝かせないよ、ほら」
 冷蔵庫からキンキンに冷えたワインとグラス二人分を取り、カウチの前のテーブルに置くと、ジャンはハッ、としたように意識を取り戻した。少し目を押さえながら、むっとした表情で俺を見る。
「ン……、寝てねえ。こんなんで酔わねえっての」
「ならいいけどね。――さ、乾杯だ」
 ワインのコルクを手早く開け、グラスにそっと注ぐ。グラスを掲げると、ジャンもそうして二つのグラスがぶつかり合い、キン、といい音を鳴らした。
 同時にグラスを傾けると、喉越しが良い液体がするりと喉を通り、鼻から抜ける少し甘さを含んだアルコールの香りと期待を裏切らない味わいがすぐに訪れる。さっき店で飲んだ酒も旨かったが、それと同じぐらいこの酒も旨い。
(あ、これ美味えなぁ……)
 ジャンもそうだったらしい。ぼんやり頭の中で呟いたジャンはまたも、ワインを喉に流し込みグラスを透明にしてしまった。
「美味しいかい?」
「ン、おう。これ結構飲みやすいな。まだまだイけそう」
 ぺろり、と唇を舐めながらそう言うが、ジャンの顔はもう真っ赤だ。…いやいや、もうかなり限界じゃないか?
 意識はまだハッキリしているようだが、アルコールに体内を犯された所為で、赤みを帯びた頬ととろりと蕩けた蜂蜜色の瞳が甘く今にも垂れてしまいそうだ。それに加えて、熱さに緩めたネクタイからチラリと見える白い肌は、まるで誘っているようで…。ーーーなんというか、目の毒だ…。俺は思わず、ジャンから目を反らし、カウチを立つと棚に常備してあった酒のつまみを幾つか取り出し、皿に盛るとジャンの前に出した。
「ーーーベルナルド…」
 すると、名前を呼ばれて、渋々視線を合わせるとにこり、とジャンは満面の笑みでグラスを俺に差し出した。
「な、なんだい…?」
「おかわり…。もっと飲みてえ……」
 そういうことか。俺はぎくりと身を硬くする。ジャンの為にも、これ以上呑ませるのは如何なものか。そんな考えが頭をよぎった。しかしジャンは酒のせいでこの上なく上機嫌だった。暫く思案してからグラスを受け取って、ボトルからワインを注ぎにテーブルに置く。
「……仕方がないな。これで最後だよ。明日は朝から会合もあるからね」
「……え〜…ケチ……いいじゃんかよう」
(もっと飲みてえのに……)
 そう言いジャンは拗ねたように唇を尖らせて、グラスを手に取った。それに申し訳ない気持ちになる。気持ちは分かるが、CR-5カポともあろう者が二日酔いで失態を晒すような事になれば、重箱の隅をつつくのが大好きな輩が何を言うか分からなかった。
「……ん。…やっぱこれ美味えなぁ〜…ふは」
 お望みの物を喉に通しながら、ジャンはへにゃりと口元を緩める。その無防備な笑顔に、俺の心臓がどきりと高鳴り。頬を赤く染めふわりと笑うその姿は思わず抱きしめたいほど可愛くーーー花の蜜のようにとろりと、俺を誘っていた。その唇に口付けたらさぞかし甘い味がするんだろう。
「ーーージャン」
 俺は横でちびりちびりとグラスを煽っているジャンに手を伸ばし、髪を撫でながらその頬へキスを落とす。丁度グラスを傾けていたジャンは驚いてグラスを口から離した。すぐにムッとしたような声が飛んでくる。
「ンん……、っ、ちょ…今呑んでるんだから邪魔すんなよう…」
「ーーー呑んでていいよ?」
 しれっとそう告げると、俺を退けようとするジャンの腕を捕らえ、カウチに縫い付けた。そのまま、空いている手で目の前で赤く染まっている耳をそっと撫で上げ、ふ、と小さく息を吹き込んでやる。
「うあ?!……う、う、やめろって……」
 すると、面白い程にジャンの肩が跳ねた。驚いて目を見開きながら全身を美味しそうな色に染めたジャンは本当に可愛い。そうやって必死に身を捩って逃げようとしているのを見ると、ますます虐めたくなるな。
「や、……っ!…舐めんなぁ……」
 顔を近づけ耳たぶを口に含み舌で舐め回すと、ジャンは堪らず声を上げた。その手に持っているグラスはすっかり存在を忘れられていて、振動から中身が絶え間なく揺れ、今にもその手から溢れ落ちそうになっている。
 一旦耳から口を離すと、ジャンの手の中にあるグラスを奪い取りテーブルの上に置いた。ジャンがそれに何も言わない事に内心ほくそ笑む。それから、ジャンの手を取り俺の方へ呼んだ。
「ほらジャン、ここにおいで」
 たんたんと叩いた場所は俺の膝の上。それを悟った瞬間、ジャンは恥ずかしそうに視線を彷徨わせる。
「ぁ、う……、………すんの…?」
「ーーまだ飲み足りないかい?」
「いや……もういい……」
 ジャンもまんざらでもないらしく、少し戸惑いながらも大人しく膝の上に収まった。俺が煽ったことでジャンのはもうすっかり熱を帯び頭をもたげているのが分かる。
「ーーここ、もう勃ってるよ」
「ッ、ぁ…るせ……」
 服の上から指先で形をなぞると、ふるりとジャンの身体が震えた。
(ぁ、……う、これ結構クる……)
 するりと、眼鏡を通してジャンの脳内の声が聞こえてくる。いつもなら到底考えられないシチュエーションにいつもと違うジャンの声。俺は今更だが、ガキみたいに興奮してーーーあぁクソ……脳味噌が沸騰しそうだ。
 ーーーもっとジャンの声が聞きたい。ジャンの全てを知りたい。ジャンを俺で支配したい。
 そんな欲望が俺の頭を全て満たして、狂いそうな衝動が俺を襲った。
「ん、んう………」
 そのまま手は止めずに、目の前にあるジャンの唇に荒々しくキスをする。柔らかく甘い吐息を感じつつ、薄く開いた唇から舌を差し込むと、アルコールの香りと微かに甘い味がした。
「ぁ、ん……っ、む、……」
「ふ、……じゃん、…っ…ン…」
 ジャンの口内は熱く、合わさる舌はとろける蜂蜜のようでーーージャンとのキスはいつ味わっても、だれもを虜にする極上のデザートだ。
「はぁ、……う、…ンぁ」
(相変わらず…キス上手すぎんだよう……クソ…)
 ーーーそれは光栄至極。喜んでもらえて嬉しいよ。
 息を弾ませながら、身体の力が抜けてくったりしているのを良いことに、俺はジャンのスラックスに手を伸ばし、ジッパーだけを下げ前を寛げる。
すっかり染みを作っていたパンツを下げると、存在を主張しているジャンのペニスが
現れた。ーーああ、カウパーが滴って……エロいな…。
「ぁ、やめ……ンなエロい目でみるなぁ……」
「ーーー見ないと、もったいないだろう?」
(なにが、だ………)
 目を隠そうと伸びてくる手を絡めとって、潤んだ瞳にキスをする。その間にふるりと震える熱の塊を擦りあげると、ジャンは堪らないというように身を捩った。
「や、ァ…!ン、ん……ぁ、擦る、なって……」
 やめろ、といいながらろくな抵抗もみせないジャンは赤らんでまるで果実のように艶やかで甘い雫を滴らせていた。俺の下で快感に翻弄されているジャンを見ることができるこの時間はなんとも楽しく、愛おしい。
「気持ち良いかい?」
「んっ……ふ、ン……、くァ」
(や、気持ちい………あつい……。あ、ベルナルドの手ってだけでイッちまいそう……)
 ……ッ、この小悪魔め……!
 心の声のせいで、もう既に煩かった心臓の鼓動が更に早まった。口には出さないくせに、そんなことを考えてたなんて可愛すぎてーーージャンの魅力には悩殺されまくりだ。本当に、手放せないほどハマっているなーーー
「は、ぁ、ふう……おれも、する…。したい、アンタのーーー」
(舐めたい………)
「っ、え……」
 そんな事を考えていたら、ジャンが発した言葉に驚いて、思わず目を見開いた。
 擦り上げる俺の手に自分の手を重ねたジャンは熱に浮かされた顔で俺に訴える。言うなり、ジャンは俺の膝の上から床に降りると俺のジッパーに手をかけた。もそもそと俺のものを取り出すと、荒々しい息を吐いていきなりソレを口に含んでくる。
「ッ……く……」
 火傷しそうな口内に、舌の感触。突然の直接的な快感にぞわりと鳥肌がたつ。蕩けた蜂蜜色の瞳が誘うように俺を見ていた。あまりに扇情的な光景にぐらりと視界が歪む。
 ジャンが自分からこんな風にやるなんて、何時もなら、無いことだーーー相当酒が回ってるのか……それとも…。クソ、興奮しすぎて今にもおかしくなりそうだ。
「う、ーーーはぁ、……ジャン、気持ち良いよ…」
「ンッ、…ンう、ん……んッ」
(あ、ベルナルド…感じてるーーー…。う、あ、俺も…やべ………触ってほし)
 ジャンの喘ぎ声と共に切羽詰まった心の声が耳に入ってきて、また煽られる。ジャンを同時に二人犯しているみたいだ。
 う、はあ、興奮しすぎてこのままイッちまいそうだ…。なんとかそれだけは阻止しようと、ジャンの髪に手を入れ優しく撫でた。その弾みに腰が揺れているのが目に入ってきて、どうしようもなく滅茶苦茶にしてやりたい衝動に駆られる。
「ふ、ぁ……!……はぁ、…んっん、…どうだよ……、気持ち良いか……?」
 ちらりとこっちを向いたジャンが、俺の反応を伺いながら口角を上げ笑う。ぞくぞくと背中を駆け巡る征服感に、もう考える間も無く俺の手はジャンに伸びていた。
「ああーーー最高だ。……ふふーーー今度は俺がお返しにもっと良くしてあげるよーーー」
 言い終える間に、ジャンの腕を引っ掴みベッドの上へ押し倒した。その上に俺が覆いかぶさる。
「う、わっ……!」
 すいと下半身に手を伸ばし、ジャンのスラックスとパンツごと脱がして、適当に放った。現れた白く滑らかな太ももにごくりと息を呑む。さっきまで虐めていたジャンのものはまだ硬く自己主張していた。俺はベッドの端にある引き出しから、ローションを取り出し蓋を開ける。ボトルを傾け、どろりとした透明のそれを十分手に垂らした。
(あ、そうだ……)
 ジャンはそれをうっとりと数秒見つめた後、何か思い出したように俺と同じように引き出しをあさると、薄い青色の小さな袋を取りだした。四角いパッケージの中に入っている円形のそれは、俺たちが何時も愛用しているコンドームだ。
「っ……と…」
 袋を口元に持っていったジャンは、端を噛むとピリリと外袋を破り、中に入っていたゴムを手に取る。う……全く、そんなやり方何処で覚えたんだ…いろいろ悪すぎる…。主に下半身に。
「ん……っ、ベルナルド、もっとこっち……。つけてやるから」
 ゴムを手に持ちながら、ジャンは俺を呼び、もう少し近くに引き寄せる。弾みで手のひらで湖を作っていたローションは手の甲を伝ってぽたりと落ちた。
「く…、ッジャン……なんだ、?…今日は随分サービスが良い、な」
「……うるせ、え……っつの」
 ジャンの指先が器用に動きゴムの感触が先っぽに触れたのを感じて、俺は断腸の思いで伸ばしてつけようとするジャンの手を取った。
「っ、なんだよ……」
 反動で手からゴムが滑り落ち、ジャンは怪訝な顔をして俺を見る。
「その……、今日は……そのまましても、いいかい?」
(……ッ)
 そのまま、つまりは生で、だ。俺の言葉に、ジャンは驚いてから戸惑ったように視線を彷徨わせた。
「…って………明日朝から会合なんだろーがよう……」
(さっきそう言ってたし……)
 う、確かにそうだが。明日は朝から忙しく働かなきゃならない。だが、ジャンに無理をさせてしまうと分かっていながらも、久々で中途半端に嬲られた身体はどうしようもなく滾っていた。
「そうなんだがーーーな…」
 言いながら、手をーーー垂れてもう半分ほどシーツに飲み込まれたローションの液体の器となっていた手を、ジャンの尻の奥に秘められた孔の周りに持って行き、とろりと撫でつけそこを濡らす。
「ン、あっ、ばか…ッ……やだって……」
「頼む、ジャンーーーもう無理だ」
(クソッ…んな顔されたら、何も言えねえだろ……ッ)
 ぐぐ、と人差し指を中に押し込むと、俺を押しのけようとしていたジャンの腕の力が緩み、縋るように背中に回った。ジャンの心の声も聞こえてくれば、愛しさがぶわりと溢れる。……俺、どんな顔してたんだ?
「……っ、ふ、あ………ぁっ!」
 入れた指でジャンの良いところを攻めあげると、可愛いジャンは途端に顔を染めて甘い声をあげる。中途半端に開いた唇から涎が垂れて、それがまた俺を誘ってるようで興奮した。俺は衝動に任せ、そこに口づけ舌を絡め、口内を犯す。
「ぁ、んっ、ン……!…ふ、あ……っ」
 ぐちゅり、と指を増やせば、ジャンは苦しいのか眉間に皺を寄せ口づけを解いた。
「ジャン、ほらーーー」
 余裕が無い俺は、忙しなく酸素を求めるジャンを横目に、指でぐり、と前立腺を刺激すると、また可愛い唇から甘い吐息が溢れ でる。
「んぁ!…あ…、うァ、…っも、そこ…っ、いじんなぁ……」
 潤んだ瞳で俺を見つめるジャンは、もう何処を食べても美味しそうに蕩けていた。身体が気持ちいいと示している。ジャンの躾から滴る透明な液は、絶え間なく溢れ、シーツまで垂れて。俺の指を締め付けるジャンの中はもう火傷しそうなほど、熱くーーー
「ん?ーーー気持ちいいんだろう?」
「…そう、だけど……っ」
(すぐイきそうになっちまうだろ……。俺はアンタとーーー)
 ジャンの心の声が俺にそう告げる。もう限界だと思っていた身体は更にかっと燃えるように熱くなる。またそうやって、無意識にジャンは俺を煽るのか。本当に、これで自覚がないなんて、タチが悪いな…。
「ハァッ、っもう入れるよーーー」
 言うなり、指を抜いた俺は無造作に自分のモノを取り出し、ジャンの蕩けきった入り口に当てがうと勢いのまま突っ込んだ。
「っふぇ、ッ、え、まだぁ、まっーーーぐ、っ……!いッ……ぁ、あぁン!」
「ッ、くーーー入った……」
 無理にしたせいかぎゅう、と俺を締め付けてきて、自然と眉間に皺がよる。痙攣するジャンの身体を抑えながら、下半身を見やると、根元まで俺を咥え込んで嬉しそうに締め付けているのが見えた。…ああ、いつ見ても、そそる。
「…この…ッ、ばか……やろ……!」
「ーーーッ、ごめん」
 ジャンは息をなんとか調えつつ涙目で俺を睨み上げる。無理をさせてしまった事に罪悪感を感じて許しを請うようにその柔らかい頬にキスを送った。そのまま腰を動かしてしまいたい衝動をぐっと堪え、ジャンが落ち着くまで待つ。
「ーーーもう動いてもいいか?」
「ふ、ん、んっン……」
(ぁ、クソ……はや、く……)
 ジャンの両腕が俺の首に回り、俺を引き寄せると唇にキスを仕掛けてくる。ジャンなりのOKの意思表示だ。
 ああ、可愛いかわいい俺のジャン。何時になろうが、俺はきっとお前を愛することをやめられないだろう。だからこうして、ずっとずっと俺のものでいればいい。
 そんなことを考えてしまいながら、俺は勢いよく腰を動かし始めた。
「う、ぁあッ!あ、あっ、…いき、なり…ぃ……や、んァ!」
「ここ、かい?」
「ッひ!……う、う、…やだ……そこさわ……っ、ンっ」
 奥を突くと、ジャンは頬を赤らめて身を捩る。抵抗しようと肩に置かれた手で押しのけようとするから、俺は更にジャンを追い詰めた。抵抗されればされるほど、苛めたくなる。
「やぁあッ!あぁ、ァ、はァ…は……」
 肩を押しやっていた手はもう力が入らず、掴まるように頼りなく俺のシャツを掴んでいた。
(…っクソ……こんの、エロオヤジ……)
 そんなこと思っても、もう目が蕩けてるよ、ジャン。感じいっているその表情がたまらない。唇からは止め処なく甘い鳴き声が溢れでていた。
「うぁん…っ、あっ、あっ、…は…んん!」
(……う、やべ……きたァ…)
 ジャンの切羽詰まった心の声が頭に響く。どうやらもう限界が近いらしい。もう突く速度を速めると、ジャンは快楽にどっぷりと染まった顔をしてふるりと身体を震わせた。
「ッ、……く、…ジャン」
 限界が近づくにつれて、中の締め付けがキツくなる。俺ももう余裕はなかった。
「ぁ、あ、あ!…ア!」
(ぁ、……も、…イく………、べるなるど…!)
 ジャンの声のトーンが掠れる程に高くなり、ぎり、とジャンの手に力が入って、シャツ越しに俺の肌に印をつける。
「ジャン、ジャンッ……、ッ、愛してる」
 こそりと囁き、腰を強く動かしながらだらしなく開かれたジャンの唇にキスをすると、腰が俺の腹にくっつく程に浮き、肌から細やかな震えが伝わってきた。
「ッ、ん、ふ、ッ、んンンッーーーー!」
「ッ!……ふ、……!」
 頭が真っ白になってジャンが絶頂を迎えると、その衝撃で中が最大限に締まり、俺もすぐに達してしまった。
「ん、はァ、はぁ、は……!ばっか……ぁ」
(あそこでアレは反則だろぉ………)
 息を整えながら、ジャンは弱々しく俺の髪を引っ張る。俺の愛の囁きは届いたらしい。赤くなるジャンが愛しくて愛しくて、俺はもう一度ジャンにキスをした。
「ふ、ハハーーー可愛いな、ジャン」
「うっせえ、禿げろえろ星人……」
 その釣れない唇すら可愛くて、くすりと笑みが零れた。


 ーーー翌日。
 目が醒めると、ベッドサイドに置いておいた筈の例の眼鏡が無くなっていた。まるで存在していたことすら夢だったかのように。ジャンに聞いても、知らないと言う。一体どこへ消えてしまったのだろうか。
 出来れば手に入れたくて暫く辺りを探していたが、そんな俺をジャンが拗ねたように俺を見ていたので、すぐにそんなことはどうでも良くなっていった。



END


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