小説 | ナノ

  ハッピーエンドのその先に


『…違う!俺が好きなのは、…っ、お前だ、馬鹿!』
『……え…?……うそ!…そんなの嘘よ!』
『嘘じゃない!お前だけだ……!』
 ひし、と涙ながらに抱き合う二人。おーおー、熱演ですコト。半ば感心しながら、俺はいま話題だというロマンス映画を見ていた。お互いに想いあっているが、中々想いが重なり合わないヒロインと主人公が、紆余曲折を経てめでたく結ばれる、という何処にでもありがちなベタベタ展開だ。今ハリウッドで人気沸騰中の美人女優と、女たらしだと噂のある男優が揃って出演してるとあって、内容はこんなんでもファンには猛烈に大人気。これのおかげで、彼らはインタビューや番組に引っ張りだこ。映画はめでたくヒットして、映画会社はザクザク儲かってうはうはだ。いやん、羨ましくないー。
 ロマンス映画なんて、俺は全く縁の無い物だと今日の今まで思ってたよ、ハイ。だって俺は、こう見えてもマフィアのボスですし?ベルナルドの趣味に付き合って奇妙奇天烈な格好で作品に登場したことはあるケド、俺の経験なんてそんなもんだ。ロマンス?女優とのラヴ?ナニソレってカンジ。
 それがどんな運命か、今になってロマンス映画を一人悲しく見ることになろうとは。ホント人生って何が起こるか分からないよネ。
『…っ、何よ、今更……!ばかばか!』
『俺がーー悪かった…もうしないよ…』
『…ばかあ…』
 男の腕に抱かれながらも胸を叩き泣きじゃくる女。そんな女を優しく男が宥め、囁くと女がゆっくりと顔を上げた。そしてゆっくりと二人の顔が近づく。そして愛を確かめ合うように深い口づけが交わされた。
「ワーオ……」
 思わず口からそんな小声が漏れるが、それは決して、ハイスクールのガキが初めてAVを手にしたような…ドキドキやらワクワクやらしたような時の物ではなかった。この気分はアレだ。…まるで満面の笑みのベルナルドの頭が実はカツラだったときのような…イヴァンが女の操縦(自称)を俺に見せつけてるあの時のような……、ソウ!いたたまれない気分だ。つい目を逸らしたくなる。
 くそう!なんだって俺はこんな物を見なきゃならんのか……。
 うう……せーっかくの一日オフ!ゆっくりしよーぜ!…ってときにあいつが急に映画が見たい、なんて言い出しやがって…。…イヤイヤ、それは別に良いんだぜ?……問題は、当の本人はお疲れちゃんで俺の肩を借りながら寝こけているってコトよ。このベルナルド・オルトラーニという男は、映画が始まる前は、楽しそうにこの男優の裏での悪行から、どこから仕入れたんだかファンもびっくりな情報をべらべらと言いつらねていたが、映画が始まって数十分も立たないうちに俺を置いて夢の世界へドボンしちまったのだ。いやあ、それはもうぐっすり。うんうん、このところ電話の王様コト幹部筆頭が、予定外の襲撃やら財務局に嗅ぎつけられるやら、胃をリンチされる出来事が立て続けに起こっちまったせいでお疲れちゃんなのはよく解る。ベルナルドは古株で、もう長年組織を支えてきて凄く頼りになる俺の部下だ。だから、ベルナルドしか出来ない仕事もあるし、俺も含め皆こうして多忙な日々になっていたのはしょうがない。でも、そんな中でもう何ヶ月ぶりだよーというぐらいの丸一日オフ、をようやく作ることが出来たのだ。それが今日。
『もう離さないでね……一緒よ』
 頭を駆け巡る思考に頭を悩ませている間も、スクリーンの中で、二人の会話は続く。
 問題を改めて提示するとしよう。
 何故俺が見たくもないロマンス映画を止めることも出来ず見せられているのか。そう、俺はベルナルドに肩を貸しているから動けないのだ。だから映画を止めるどころか立つことだってできやしない。動いたらベルナルドを強制的に起こす事になる。お疲れちゃんなベルナルドにそれはしたくなかった。そんな訳で拷問状態が続いている。
 疲れてるだろうに、さっきベルナルドは俺に此れを観よう、と俺に誘ってきた。どうせ、俺と此れを兼ねていちゃいちゃしたいって魂胆があったんだろーケド。俺だってなるべくならベルナルドを休ませたいって気持ちはあるっつーのに。
 俺はちら、とベルナルドを見やった。俺の肩に頭をもたれているベルナルドのふわりとした髪が頬に当たる。顔は見えないが、規則正しい呼吸を繰り返していた。…あーあ、また目の下にクマつくってんだろばかやろ…。無理すんなって言いたいけど、正直ベルナルドがこうして昼夜問わず働いてくれなければ俺たちは二進も三進も行かなくなるわけで。こういう時、仕事とか立場とか、…凄く重荷だ。まるで甘やかすように俺の手はさら、とふわふわなベルナルドの髪を梳いていた。
『ーーああ、約束だ』
 思わずその一房に口づけてしまいそうになった時、またスクリーンから声が響いて、俺の手は不自然にぴたり、と止まる。アレ…?
静かで心地よい波の音と共に、聞こえた声がなんだかベルナルドの声に似ているような気がしたからだ。
 ふい、とスクリーンを見ると、男の横顔が蕩けてしまいそうに微笑んでいた。
あ、この横顔も…なんかベルナルドに似てる気がするなあ…。
丁度、男優は眼鏡をかけ、夕日に照らされる薄緑がかった髪をなびかせていた。細いががっちりとしている身体つきに、すらりと伸びた長い脚。…あ、なんかよく見ると整った顔してるんだな…、ベルナルドも、もし映画に出たらこんなカンジだったりして?…ま、そんなの俺がさせませんけども。ベルナルドの格好良さを知ってんのは俺だけでイイし。
『ーー愛してるよ、』
 そんなことを考えていたら、男の口から放たれた愛の言葉にハッ、と俺は息を飲んじまった。
 やべえ、今。…ベルナルドの姿とブレた。まるでベルナルドが俺に言ってる時みてえにーーー
「ジャーンー?何一人で赤面してるんだい?」
「うあ!?べ、っる…なるど…起きたのかよ」
 突然ひょい、と目の前にベルナルドの顔が現れて予想だにせずビビる。いつの間にか肩の重さは消えていた。ベルナルドはちら、とスクリーンを一瞥した後、眠気も飛んでスッキリしたのか、ニコリと完璧な笑みを浮かべた。こういうベルナルドの笑顔は大抵良く無いやつなのは大変経験済みなので嫌な予感しかしません。
「あぁ、さっき、ね。一緒に見たいと思っていたのに、すまない、ジャン」
「ああ、別に良いさ……アンタも疲れてーーー」
 先に寝てしまった事の謝罪が飛んできてホッとしたのもつかの間、俺の身体は座っていたカウチに横になるようにして倒された。その上にベルナルドが当然のように覆い被さる。
「ッ、!?…な、んだよベルナルド!」
 驚いて慌ててベルナルドを見ると、物凄く欲に植えた獣のような目つきで俺を見下ろしていた。
「そんなことよりジャン、なんでさっきスクリーンの男優に見惚れてたのかな?」
「みッ……ちげーよ!あれはその…」
 ベルナルドの追い詰めるようなその眼差しに耐えきれず、目を逸らしちまう。スクリーン見ていただけなのに、おじちゃんは目ざとすぎる。いつから起きてたんだか。その間も煮え切らない俺の口元。だって、言えるか…!
「ん?なんだい?」
「……だから、その」
 また、ちら、とスクリーンの中で動く男を目で追うと、ゆっくり頬に触れたベルナルドの手がそれをさせまいと視線を奴に戻された。
「言わないと、…お仕置きだよ?」
 その言葉に俺はうっ、と言葉を詰まらせた。お仕置き、それがどんなものでなんてことをやらされるか、俺は知っている。そりゃもう身体で何度味合わされたことか!ええ、ハイ。勿論そんなことは避けたい。ベルナルドはホント俺の扱いには長けてるよなあ、もう。
「…あいつ、ベルナルドに似てるなあってそれだけ」
 ボソボソとそう言うと、ベルナルドは少し驚いたように視線をスクリーンに写してからフハハと嬉しそうに破顔した。
「そうか。それで、あの男のセリフと俺を被せて赤面してたワケか」
「いうなばか!」
 さっき冷えたばかりの熱がまたぶり返して顔が赤くなりそうだ。
「ーーじゃあ、どっちがいいかな?」
 にや、と悪戯っぽい笑みを浮かべたベルナルドは言葉を一旦区切ると、寝そべった俺をカウチに向かい合うように座らせた。
「?」
何をするのか不思議に思っていると、すい、と動いたベルナルドの手指が俺の右手を掬い上げ。
「っ…!」
 そのままベルナルドの唇が近づいたかと思うと、手の甲にちゅ、と優しい口づけが落とされた。手から伝わる痺れるような感覚にぞわり、と俺の身体を何かが支配した。
「ーー愛してるよ、ジャン」
「う……ぁ!」
 さっきとはまるで比べものにならないーー俺の全てに向けられた蕩けてしまいそうで、それこそ赤面するような甘美な囁き。俺にはそれはもう効果絶大だった。やべえ、今たっちまいそうになったよ。
 アンタとあの男優、どっちがいいかなんて選ぶまでもねーじゃんか…。
 もう、分かってるクセに、独占欲の強いダーリン大好きよ。
「ーーダーリン、言葉の前にする事が違うんじゃなくて?」
 したら言ってやるとばかりにちょい、と指で唇を示すと、またふは、とベルナルドは嬉しそうに笑った。
「仰せのままにーー」
 すい、と顎が掬われ、あのキスシーンさながらに負けないくらいすっごいやつが降ってきた。
「んう…、ぁ…」
 ついばむ様なキスを繰り替えされたかと思えば次の瞬間にはもうベルナルドの舌が俺の口内を弄っていた。
 熱い舌の感触が伝わってきて久々すぎる感覚に腰がじん、と痺れたように痛くなる。やっぱ、ベルナルドはキスが上手いよな…。何処でこんなの覚えてきたんだよ、って思うぐらい数分とかからず俺をとろとろに
蕩けさせちまうのだ。だからベルナルドとするキスに俺はもうとっくにメロメロだったりする。やっぱ好きな奴とするキスって大事だ。
「んむ……っ、う」
 暫く全てを味わうように動いていた舌がようやく俺から離れたのは、もう力も入らなくなりでろでろに骨抜きにされた頃だった。俺たちの間に白銀の線がつい、と現れ消える。
「はぁ……っ、これあのキスシーンと違えよう…」
「そりゃあ、愛が篭っているからね」
 はあはあ、と息を整えているとちゅ、とまたベルナルドのキスが頬に降ってくる。
「ン、…やっぱダーリンがイイ」
 照れ隠しにベルナルドの肩に顔を押し付けながらコッソリお望みの答えを囁いてやると、ベルナルドはやっぱりまた笑いながら満足そうに俺を抱きしめた。
「当然だよ。良かった、俺以外を選んでいたらお仕置きだったからね」
 さらっと怖い事いうな!
 でも、そんな独占欲むき出しのコイツが愛しく思えちまう俺ももう末期かもしれない。
「ヤダわダーリン、アタシの愛を疑うの?」
「お前が天使のように可愛いから、心配で仕方無いんだよ、ハニー」
 いつもの調子で戯けてみせるが、順応性が高いベルナルドはしれっと口が溶けそうな口説き文句を吐く。けど、そんなサムイ台詞を吐いているベルナルドが俺は好きで好きでしょうがない。
「もう、分かってるデショ。アタシにはダーリンだけよ」
 照れて赤くなっているだろう顔をそっと上げ、満面の笑みを浮かべたベルナルドの唇に、今度は俺からキスを仕掛けた。
 抱き合う二人を背景に、スクリーンは軽快な音楽を流しながらエンドロールを写し始めていた。


END

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