小説 | ナノ

  貴方と共に愛の誓いを


 毎年の事ながら、ホントうんざりするよなァ。
 CR-5カポ――組織の二代目であるこの俺、ジャンカルロは、住処である本部の執務室で頼れる幹部とともにひたすら机仕事に励みながら、そんなことを考えていた。え?なにがうんざさりするかって?
「アー、ファック!!いつになったら止まるんだ、この手紙のラッシュはよう!」
 それは、今日がセント・バレンティーノだから、という話に繋がったりするワケで。そう、毎年のことながらイヴァンがこうして喚きちらし、挙句の果てには腱鞘炎になっちまうこのイベント――バレンティーノのせいで、俺たちはここ毎日、カードの手書きやプレゼントの確認、書類等々の処理に追われていた。カポと幹部全員そろって、ここ数日朝から晩までずっと缶づめ状態で――せっかくのバレンティーノなんだし、今日ぐらい俺だってベルナルドと一日過ごしてー……なんて思ってはいても、外見はシングルの俺たちには到底贅沢な話だ。その上、先が見えないこの仕事のラッシュときてーーー…そりゃうんざりもするってもんよネ。
「ンもー、しょうがないデショ、イヴァンちゃん。黙って働きナサイ」
 自分にも言い聞かせるように、そう言うと心の中で小さく溜息をつく。麗しいシニョーラやお嬢様、そのペンギン共にここぞとばかりに媚を売っとかねえと、こっちが何されるか知れたもんじゃあねえからな。なにせ、街の金持ち共が浮き足立ち、恋愛話に花を咲かせるシニョーラたちが待ちに待っていた、一大イベントだ。悲しいかな、やらなきゃいけないことって誰しもあると思うのよイヴァンちゃん。
「うっせえ!クソァお前もちったぁ書いてみやがれ!!」
 止まることのない手紙の山に向かってファック製造機と化しているイヴァンを諭すと、容赦なく俺の方にペンが飛んでくる。あーあ、苛立ってるからってやつあたりするなんて悪い子ネ。
「えー、だって俺、字綺麗じゃねーしぃ。頑張りたまえ。字が美しいが、心はひねくれているイヴァンくん」
「うっせえ、このタコ!!」
ストレス発散にからかってやると、くすくす、と幹部らからの笑い声と同時に、またもやペンが俺の右肩を飛んで行く。こりゃー、かなりお疲れちゃんだな。
「…でもま、あとちょっとの辛抱ダロ?今日で大体片がつきそーだし、終わったら超美味えー飯食わしてやっから。それまで我慢しれ」
 書類に目を通しながらそうフォローすると、イヴァンが少し腹の空き具合を自覚したようなそぶりをみせた。現在午後8時を回ったとこだ、丁度メシ時ーー俺も腹ァ減ったなあ。本当はこんくらいの時間には、皆リストランテやら屋台やらルームサービスやらで取るはずだった。そうーーだった、だ。現実の俺たちといえば、高層タワーのように積み上げられた終わらねー仕事のおかげで、朝からろくに美味くもない片手だけで食べれる飯しか食ってねえし…!そんな予定をことごとく狂わせるバレンティーノは、イヴァンに言わせれば考えた奴シネ、だ。今はようやく、バレンタイン前に気早くカード等などを送ってきた連中への処理が大方済み、今日は朝から主にイヴァンが頑張っていたお蔭で、後もう少しでフィニッシュー、こんぐらっつれーしょんー、ってとこまで来ていた。ワオ!さっすがー、出来る幹部様たちを持ってアタシ幸せだワー、飯はもう目の前だぜ。
「…とびっきり上等なやつじゃねえと承知しねーからな」
「おうよ。任せとけ」
 カポ直々に最高の手料理を振舞ってやんよ。楽しみを与えられた餓鬼みてーにどこか嬉しそうに俺を睨んできたイヴァンに、俺はにやりとした笑みを向けてやる。
「それは、是非俺もあやかりたいね」
「相当美味いもん食わしてくれるンだろうな?ボス。…ああ、考えたら腹が減ってきたぜ」
「あ……ジャン、さんの…手料理…俺も、食べたい…です」
 すると今まで黙って黙々と仕事をしていたベルナルド、ルキーノ、ジュリオが話に割り込んでくる。
「アーハイハイ、おまえらもコイツら片つけてかんなー」
 目の前の書類やら奴らの仕事を指で指してそう言うと、幹部たちは目の前にニンジンをぶら下げられた馬のごとく、またもや終わらない仕事にうんざりしながら、それでもさっきより張り切って仕事を再開し始めた。


 そして、時計の針が夜の10時を回ったという頃。
「っと……、ふああああああああん!!終わったあああ――――!」
 しゅ、と良い音を立ててペンを走らせ、終わった書類をパサ、と机に投げ捨てると同時に、俺は声をあげる。思いっきり腕を振り上げ伸びをして自由を、仕事からの開放感をかみ締めた。
 ようやく仕事、ぜーんぶ終わったぜ!長かったー!俺たちはこの長い戦いに、ようやく終止符を打った。今日が終わらないまだかなり余裕があるうちに終わったんだ、かなり早い方だよな。
 もう結構眠気が襲ってきている顔で幹部共を見ると、丁度よく皆終わったようで、清清しいような、気持ちよくやりきったような顔でふうとため息をついていた。イヴァンに関しては背もたれに身を預けて終了済みのカードの山をみたくもないと目を伏せながら意気消沈していた。
「いやー、みんな。おつかれちゃーん…、こんなに早く終わらせられるなんてやっぱすげーわ、おまいら」
「…今年は少し量が減ったのも幸いしたからね。おつかれ、ジャン」
「んー」
 終わって安堵している面々に賞賛の言葉をかけてやると、ベルナルドがこっちを向いていい顔で笑う。ああ、疲労が滲んでるそんな笑顔も格好良いわ、ダーリン。抱いて。…アレ、俺疲れすぎて思考がおかしくなってんのかも。アハハー。
「なにが量が減っただよ…数枚しか違わねえじゃねえかボケ…。クソ、お陰で俺ァ今年も腱鞘炎だ」
 イヴァンも流石に疲れたのか、背もたれに寄りかかったままベルナルドを睨んで叱咤するが、声にいつもの張りがない。ベルナルドもイヴァンの奮闘振りを分かっているからか、何も言い返さずに含んだ苦笑いをしただけだった。
「マアマア。でも、ホント流石だぜ?イヴァン。こんなに早く終わったのもお前のお陰だ」
 毎年カードの処理という一番面倒で辛い仕事をやりとげたイヴァンを褒め称え、にこりと笑顔を向けてやる。なんだかんだでこいつが一番頑張ったしな。
「…っ!な…、んだよ気持ちわりぃな…」
 それに照れてるのがバレバレなイヴァンが、少し頬を染めながら顔を背けた。ホント、からかい甲斐のあるヤツ。心の中でにやにやと笑っていると、イヴァンがこう続けた。
「な、ならよう…早くメシ用意しろや…」
 あ、そういやーそんなこと言ってたっけ。…あーすっかり忘れてたわー。
 イヴァンの言葉に、俺も他の幹部らもハッとしたような顔をして俺を見たかと思うと、すぐにルキーノが最初に席を立った。
「そうだ、飯だ。あー、クソ腹が減って死にそうだぜ」
「俺も胃が暴動を起こしそうだよ」
 続いてベルナルドが腹をさすりながら、笑って立ち上がる。
「ま、腹が満たされねえと寝れねーしな。よっしゃ、いっちょ晩餐会といきますかー!」
 ルキーノの腹がぐう、となったのにくすりと笑うと、俺もそう言って席を立つ。俺に従ってイヴァンもジュリオも立ち上がった。みんな仕事なんぞ見たくないという風だ。
「久しぶりにジャンの手料理が食べられるなんてそれだけで涙が出そうだ、我らがモナーク」
「大げさよ、ダーリン。ハイハイ涙拭いて」
 隣に来たベルナルドにハハハ、と笑って涙を拭くまねをする。する、と手の指が頬を掠めて数秒見つめあっちまったのは秘密だ。
 紛らわすようにふい、と視線を背けたところで、ジュリオが遠慮がちに俺に話しかけてきた。いやん、ジュリオちゃんナイスタイミング。
「楽しみ、ですね…。あ、あの……護衛はどうしますか、ジャン…さん」
「アー、イラネ。俺たちだけでパーチーしよーぜ!」
「あ、は…い…」
 質問に少し悩んだ末にジュリオににか、と笑ってやると、少し嬉しそうにはにかむジュリオ。ン、イイコイイコ。
 そうして俺たちはさっさと書類をまとめ、ぞろぞろと執務室を出た。
 向かうは、俺たちがいつも色んな用途で使っている場所――ラウンジルーム。そこ行けば、カウチもテーブルもあるからくつろぐには最適だしな。でも、その前に。
「オイ、早く行こうぜ」
 空腹に耐え切れず急かして来るイヴァンを遮って、俺は全員に見えるようにハイハイ、と挙手する。
「っと――……俺、厨房行ってなんかこしらえてくるからよ。おまいら先に行って待ってろ?」
そういうと、少し歩を止めてこちらをふりかえった幹部共は、頷いて早くしろよ、という視線を向けた。ベルナルドはそんな中そういえば、と思案顔をして俺を見た。
「そうか――コックはまだいたかな?」
「ン、……まあ、いるんじゃね?」
 そう会話してから、じゃあ後でとベルナルドに手を振り、さっさと厨房に行く方向へ歩きはじめた。ラウンジに向かおうとするやつ等から少し離れたところで、まだ行っていなかった幹部たちから、やいやいと言葉が飛んでくる。
「楽しみにしてるぜ?あ、酒は欠かすなよ」
「コーラもな!」
「うっせ!わーってるって!」
 背後からルキーノとイヴァンの五月蝿い声が聞こえてくる。それに一声浴びせてやりながら振り返ると、すぐ後ろにジュリオが立っていてびくッ、となる。うわ、まじびびった…!
「うわッ!?…な、なんだ?ジュリオ?」
「あっ、あの…俺も…その、ジャンさんと、一緒に…。…なにか、あるかもしれませんから…」
 俺を心配してくれてるからだろう発言に思わず頬が緩む。でも、ここでジュリオを連れて行くわけには、どうしても、行かなかった。
「っはは、さんきゅ、ジュリオ。でも、すぐそっちに行くからさ、あいつらと待っててくれよ、な?」
 わしゃわしゃとジュリオの髪を撫でて強請るような口調でそう言うと、ジュリオも渋々ながらに頷いて少し名残惜しそうに俺から下がって、幹部らの元に戻っていった。ああホント、ジュリオが忠犬ワンコでヨカッタ。俺は心底ホッとする。
 そうして再び歩き出しながら、どこかわくわくした面持ちで、足取り軽く厨房へと向かう。厨房に着くと、ラッキーなことにコックは不在で、食材はてんこ盛り状態。…って、俺が手配して今日の夕方からは、コックを近寄らせないようにしといただけなんだけどなー。
「さあってと」
 シャツの腕を巻くってさあ何を作ろうかと思案して、包丁を手に取る。マジでグラーツェ、コック。俺たちの夜食用にスープとか作り置きしておいてくれたとか、どんだけ良い使用人なのヨ。おかげで少し作る手間が大分省けてた。
 スープをまた温め直しその間に、まだ柔らかいパンにナイフを入れて籠に放りこんだり、食材を切ったりする。イヴァンに最高の手料理を振舞うなんて言っちまったからなー、いつもみてーな有り合わせでテキトーに作ったのを持ってくとか、俺のプライドが許さん。イヴァンに美味えー、って叫ばしてやる、と妙なところで変な熱意を燃やした俺は、己が知るありったけのレシピを頭の中に浮かべてそれを作成にかかった。
「ーーっと、そろそろアレ、作らねーと遅くなっちまう」
 そして何品か作り終わり持って行く箱に入れ終わったところで、そうそう、とここでしようとしていた本命を作成することを忘れてたのに気づく。アレやんねーとわざわざこの厨房貸し切りにした意味ねーかんな。俺は厨房の奥の方にある棚を漁り、前に来たとき隅にこっそり隠しておいたソレを、取り出した。
 手に取ったコレは―――そう、チョコレート。しかもハーシーズの板チョコ。
 なんでチョコレートなんか取り出したって?それは今日が何の日か考えればすぐにわかるヨネ。内心このイベントにそわそわしているだろう恋人への、とっておきの材料だ。
「ふふ〜ん」
 俺は上機嫌に鼻歌なんか歌いながら、さっそくボウルを取り出し鍋に火をかける。それから包み紙を剥き、現れた茶色い板を手で粉々に砕いて、ボウルに放り込み湯の中にボウルごと浮かばせた。そうすると、すぐにばらばらな形だった塊は熱で蕩けて、茶色い液体になって、暫くすると、とろみがついてきて、厨房内にふわりと甘いチョコレートの香りが漂った。
「ン、いー感じ」
 そろそろ、というところで俺はキッチンの隅の棚から、用意しておいた蜂蜜とブランデーを取り出す。そして、それを少しずつ鍋に入れるとゆっくりとかき混ぜた。これで、チョコレートがより深みがあって大人な味わいになる。蜂蜜はちょっとした遊び心…ハニーだけに隠し味にハニーってね。銀色のスプーンから茶色い海に零れ落ちる蜂蜜色の液体に、無意識にゆるゆると唇が緩むのを感じる。
 そうして、出来上がったそれを満足そうに見た俺は、ゆっくりと布巾で鍋からボウルを取り出した。
「あっち、…ちっ、と…」
 それを素早く、シートを敷いた長方形の小さな天板に流し込む。丁度板チョコ一枚程の大きさである天板の中はすぐに、隅まで隙間なくきっちりとチョコレートで満たされた。
「よし……後は仕上げ、だな」
 仕上げにと、俺が棚から取り出したのは、袋詰めのココアパウダー。これは、俺と違って甘ったるいものをあまり好まないダーリンのために無糖だ。最後にそれを均等にチョコレートの上に振り掛けてやれば、後は冷やすだけ。
 形が崩れないうちにとっとと冷蔵庫の中に入れて、すぐに扉を閉める。
「…うっし!完成っと!」
 思わずにやりと笑う。
 よし。これで、準備も整った。後は冷えるまで待って、あいつを驚かせるだけだ。
 悪戯が成功した後の餓鬼みてーに、たまらなくうきうきした気分でサプライズが成功したときのことをにやにやと考える。作戦としては、あいつらと晩餐会が終わったら、ベルナルドを俺たちの部屋に先に帰らしておいて、俺は片付けに厨房に戻り、固まったチョコを一口大に切って袋づめしたものを持って、アイツのところへ行って驚かせるという寸法だ。うわ…我ながら、完璧!ウフフ、アイツどんな顔すっかな〜う〜待ちどうしすぎて、待てねえよう!
 自然ににやにやと頬が緩むのを感じながら、俺は冷蔵庫に入っていた酒とコーラなどの飲み物を取り出して同じようにランチボックスに入れる。それから、暫く放置したままだった野郎共の飯を追加で作るべく包丁に手を伸ばした。
「ま…こんなもんでいいよな」
 さっさと追加で作り乗せ終わったそれらを、最終確認としてもう一度眺め回す。
 まあ、夜食としては上出来だろ。俺は満足げに頷いた。
「さて、と……え、…って、もうこんな時間かよ!?やべえー早く行かねえと」
 ちら、となにげなく時計に目をやれば、早くやったつもりだったのに、一時間近く時間が立っていたのに気がついて焦る。早くしねえとイヴァンにどやされる上に、俺の考えたサプライズを披露する前に今日という日が――バレンタインデーが終わっちまう。そんなことになったら今までの苦労が水の泡だ。なにより、アイツを喜ばせられねえなんて嫌だしな、なんて考えながら俺は、作った飯をたまによく使っているでかいランチボックスに入れて、とっとと厨房を後にするのだった。

「わっりぃ!遅くなった!」
 台を押しながらラウンジルームに着くと、なにやら神妙な顔で話し合ってたらしい幹部共が、声に驚いたのか一斉に俺を見る。
「遅っせえんだよ、このタコ!!なにしてやがった!」
 と、開口一番俺に噛み付いてくるイヴァン。やっぱどやされんのな。
「何って飯の用意に決まってんだろーがよ。ったく、そんなにママンに会えないのが寂しかったのお?イヴァンちゃん」
「ハァアアアン!?ンなワケねえだろ!このタコ!」
 それをにやにやと笑ってやりながら、いつものように冗談めかしてからかってやると、ぎゃーぎゃー喚くイヴァンちゃんの横から、ベルナルドが割り込んできた。もう、心配性なダーリンネ。
「随分と時間がかかっているようだったから、迎えにいこうと言っていたところだったんだよ」
 心配そうに発せられたその言葉にぎくりとする。そうだ、いつもならこんなに時間も掛からずちょちょいっと簡単に作っちまえるものを、今日はかなりの時間をかけちまったのだ。でも、なんで時間がかかったかって聞かれて、アンタにあげるバレンタインチョコ作ってたから時間掛かっちまったんだ、なんて、口が裂けても言えねえケド。つうか良かったー早くこっち来て正解だったなあ、危ねえー。厨房になんて来られたら、なにしてたか一発でバレてるとこだ。
「ン、わりー。色々あってちっと時間かかっちまってさー。…ンなことよりホラ、たくさん作ってきたんだぜー」
 動揺をなんとか苦笑いで隠しながら、俺はさっさと、でかいランチボックスに持ってきたものを取り出してテーブルに広げる。そうするとテーブルがすっかり俺の作った食事やら、グラスやらで埋まった。ふわり、と漂う食べ物の匂いにつられて、幹部共の目と意識が一斉にそっちに向く。素直で可愛い奴等め。
「ほう、こりゃ豪勢だな」
「旨そうじゃねえか」
 わらわらと腹を空かせた獣のような具合で、ルキーノとイヴァンがさっそく飯に手を伸ばし始めた。テーブルに置き終わった俺も、カウチの空いてるスペース――ベルナルドの横に座ると、手伝ってくれていたジュリオも俺の横に腰を下ろした。
「残すんじゃねーぞーおまいら」
 ぎらぎらした目で悪態つく暇もなく、がつがつと飯をむさぼる部下達に苦笑いを浮かべた。そうとう飢えてんなー…ここんとこ、ろくな飯もなかったししゃーねえケド。
「あ……このスープ、美味しい、です…ジャンさん」
 ジュリオが行儀良くスープを一口すすると、ふわ、と俺に笑顔を向けた。
「ああ。それなー、わざわざコックが俺たちの為に作って置いてくれたみてーでさ。ホントできる部下がいると最高だわね」
「そうだったんですか…」
「ン……こりゃ確かに、イけるな。ここのコックは腕が良い」
 俺がそう言うと、どこか残念そうに笑ったジュリオの横で、スープを一口啜ったルキーノが満足げな顔でそう同意する。ルキーノも公認ですってよ、良かったわネ、コックサン。
 ペースが止まることなく食べ続ける幹部共につられて、俺の腹の虫もなってきて、俺も食事に手をつけ始める。皿に適当に並べられた、良い香りを放つパンチェッタを口に運ぶ。あ、コレ美味え。
「ンンー…、このパンチェッタ美味くね?なードーヨ、イヴァン?」
「っ、……ま、まあまあじゃねえの…」
 フォークで一突きしたソレをぷらぷら揺らしながら、「とびっきり上等なヤツじゃねえと承知しねーからな」と言っていたイヴァンに感想をさりげなく聞いてみたりすると、イヴァンのせわしない手がぴたりと止まった。そして、もぐもぐと咀嚼しながらもちら、と俺を見たかと思うと、ぼそぼそとそう言った。あからさまに美味いという顔を誤魔化しながら強がるイヴァンに思わず噴出しそうになる。めちゃくちゃ満足しまくってんじゃねーかよ!
「くく……素直じゃないねえ、イヴァンくん」
「うっせえええ!」
 にやにやしながらイヴァンをからかってやると、途端に不機嫌そうに顔を歪めたイヴァンがフン、と鼻をならした。ホントからかい甲斐があって可愛い部下だコト。
イヴァンを見ながら、にやにやしていると、俺の隣でパンを千切っているジュリオが、ふいに俺に顔を近づけたかと思うと、不思議そうに呟いた。
「あ……ジャンさん、なんだか…甘い、香りがしますね」
 その一言に、ついーー本当に反射的に、ぎくりと肩が揺れた。う、これはマズイ…俺がチョコレート作ってたのバレたのけ?くそ…匂いを誤魔化す為にわざわざ匂いのキツイ飯作ったっつーのに…!やっぱり勘の良いジュリオの鼻は甘い香りを誤魔化せなかった様子だ。犬か!
「っそ、そうかあ?…ああ、デザートにジェラート作ったから、それじゃね?」
 だがしかし、策を立てていた俺に抜かりは無かった。俺はバレそうになった時の為にデザートも抜かりなく用意していたのだ。ふふん、ドーヨ。
「…そう、ですか…?」
「ソウソウ」
 俺が何処か勝ち誇ったような視線をジュリオに向けながら頷くと、ジュリオはしかし腑に落ちないという顔で微かに首をかしげた。
「ほう。随分と用意が良いじゃねえか、ボス」
「まあねん、これもカポの愛よん。とびっきり上等なヤツを用意しといたからおまいら覚悟しとけー」
 ルキーノのやるじゃねえかという視線に、ワザとおちゃらけて返すと、鼻で笑われる。
「………」
 そんなやり取りを見ていたジュリオが何か言いたそうに薄く唇を開いたが、結局何も発することなく、言葉はパンとともに胃の中に押し込まれたようだ。あっぶねー…ジュリオが良犬ワンコで良かったわ…彼処で厳密に追及されてたら計画が台無しだったぜ。なんとなく気まずさを感じて俺はさっさと話題転換をした。
「…あー、そうそう!そういえばよ、今日お偉方と食事会したときにさ、凄え面白えーコトあったんだぜ!」
 そう切り出すと、面々は食べ物を咀嚼しながら、ん?と俺の方を見る。それに、してやったりとニヤリとした笑みを向けた。そうして俺は、早速口を開き、面白可笑しくその話を語り始めるのだった。



 それから、5人で暫く色んな事を話しあって、笑いあった。食事を口に運びながらの談笑は、なんだか芋を分け合った何時ぞやの事を思い出させる。懐かしさなのか、俺はなんだか可笑しくなって、ふ、と笑みが零した。テーブルに広げられたあれだけのご馳走はもうすっかり綺麗に無くなり、幹部共と俺の胃の中へ昇天してしまった。皿だけが残ったそれを見つめ、どこぞのマンマのように「片づけ面倒臭えなあー」なんて考えながら、ゆっくりと腹を擦る。
「ふー、くったくった!もう食べらんねー」
「ああ、流石に食べすぎたな…胃もたれしそうだ」
 ふう、とソファに背中を預けると普段小食なベルナルドが珍しくそんなことを言う。どうやら、今日はベルナルドの胃袋も掴めたらしい。ダーリンを満腹にできてよかったわん。
「なんだ、ベルナルド…この程度で胃もたれするなんて、歳か?」
「うるさい、お前もすぐそうなるさ」
 そんなベルナルドにすかさずルキーノがにやにやとした顔でちょっかいをかける。それに乗りフン、と応酬するベルナルド。俺は可笑しくてゲラゲラ笑った。
 暫くそうして、なんとなく、ふ、と――壁にかけてある時計をみやると、時計の針がてっぺんを指そうな時間になっていた。後2.3分で翌日になってしまうだろう時間帯だ。
「ッう、わ!!?」
 やべー、嘘だろ!?もーバレンティーノ終わっちまうじゃねーか!
時計を見るなり、ばっ、と立ち上がって慌て出した俺を見て、ほろ酔い気分の幹部達は驚いたように俺を見上げた。
「なんだ、どうしたジャン」
「なんだよ、イキナリ立つんじゃねえよ」
 怪訝そうに俺を見る二人に狼狽える。クソ、このままだと朝までどんちゃん騒ぎルート直行じゃねえか!明日渡したら、なんつーか今更な気もする。うう…折角作ったんだし、なんとかして今日中に、ベルナルドに渡してえなあ…。
「ジャンさん…?顔色が優れませんが…大丈夫ですか…?」
「ジャン…?」
 立ち上がって考えこんでいると、ベルナルドとイヴァンが心配そうに俺を覗きこんでくる。そして、俺は時計を一瞥して、少し考えこんでから、腹を決めた。
 ーーーよし、こうなったら!
「やべー、腹急に痛くなってきた~痛えわ~うわー死にそう〜アイタタタタ」
「ゑ?」
「は?」
「あ?」
「だ、大丈夫ですか…ジャン、さん」
 俺は考えた後、腹痛を装う事にした。時間ねーんだ、手段なんて選んでらんねー!今までピンピンしていたのに、突然腹を抱えて喚き出した俺を見て、幹部達は思い思いの反応をして俺を見た。俺はその中の一人ーー困惑顔で俺の方を見ているベルナルドをチラ、と見やる。そして、すぐさま奴の手を取ると。
「腹痛えー!トイレ行くからちょっと付き合えベルナルド!」
「え、おいッ、ジャン!?」
 そうまくし立て、慌てたベルナルドの腕を引っ張りながら、走ってラウンジルームを出た。
 ーーそして、取り残された幹部共は一瞬の出来事に暫しぽかーんと、呆気に取られ。 最初にハッ、と我に返ったイヴァンが、ぼーっと彼らが行った方角を見つめた後、ぽつりと虚しく呟いたのだった。
「めちゃくちゃ元気じゃねえかよ」



「ハァ、ハァ…そんなに急いで、一体どこいくんだ、ジャン!」
「良いから早く来い!終わっちまう!」
 俺はベルナルドの手を引いて本部の廊下をひた走っていた。ベルナルドはそんな俺の背後を僅かに息を乱しながらついて来る。勿論、向かっている先はトイレなんかじゃない。
「お、終わるって何が…」
 訳がわからないという表情のベルナルドに俺は黙ってにやりとした笑みを向けた後、そう遠くはない目的の扉の前で、立ち止まった。
「よし、着いたぜ」
「なっ…厨房?どうしてここに…」
 厨房への扉を見てベルナルドは眼をぱちくりと瞬く。
「まあ、待ってろって。そこ動くなよ、ベルナルド」
「あ、ッジャン?」
 そうベルナルドに言い含めると、俺は今だぽかん、としているベルナルドを一瞥して中に入った。
「うっし、急げ急げ〜」
 扉がぱたん、と閉まったのを確認してから、大急ぎで作業に取り掛かろうとする。しかしそこで俺はようやく気づいた。あっ、もう後2分ちょいしかねえ…。このまま、固まったのを切って袋詰めしてたんじゃ、明日がきちまう…!
「あ〜どうすんだよ〜」
 クソ、早く終わらせとかなかった俺のアホ…!久しぶりなもんだからはしゃぎすぎた…。しかし、これは困った…。
 ぐしゃぐしゃと乱暴に髪をかき乱した―――ところでかしゃん、と音を立てた何かが俺の足に当たった。なんだ…?反射的にそっちを見たところで、ハッ、と何かか俺に舞い降りたかの如く、良いアイデアが空から降ってきた。
「これだ!」
 思わずソレを掴みとって叫ぶ。
 こういうピンチのときに女神サマはいつも俺に手を貸してくれるらしい。サンキュー女神サマ!
「…おー、これならなんとか間に合いそうだな。マア…想像してたのとチト違うケド…」
 苦笑いしながら、俺は早速仕上げに取り掛かった―――

 そうして1分もしないうち。
「うっし、完成ー!」
 待望の手作りチョコレートがようやく完成した。ちら、と時計を見ると現在11時59分。すぐにでも明日を迎えそうな今日ぎりぎりの時刻だ。
「うお、っと、早く!」
 俺はかなり急いで、出来上がったものをそっと手に持つと、厨房を後にする。そして、ベルナルドがまだ待っているであろう、扉一枚隔てた外へ向かった。
ギイ、ッと音を立てて扉を開けると、ハッ、と出てきた俺に気づいて目を見張るベルナルドと目がかちあう。ベルナルドは不思議そうに俺の手元を一瞥した後、ゆっくりと俺に近づいてきた。
「おまたせ、ベルナルド」
「なっ…ああ、…ジャン…それは…?」
 満面の笑みを浮かべた俺に、ベルナルドはおずおずと、俺が手に持っているもの――コーヒーカップと俺を交互に見つめると、そう口にした。けど、その目にしっかりと映っていた期待の色を俺は見逃さなかった。なんだ、聞かなくてもわかってるクセに。
「んー、っとな…、ハッピーバレンタインデー!…みてーな?」
「――…え?も、もしかしてその為に――?」
 なんとなく照れて視線を逸らしてしまいながら、そう言ってカップを差し出すと、ベルナルドがあからさまに驚いて俺を見つめる。な、なんだよう…んな見んなよ…。差し出しているのに一行に受け取ろうとせず、ただ驚いているベルナルドに焦れて、押し付けるようにそれを渡した。
「っ、あ、ああ…」
 ベルナルドは慌ててそれを受け取ると、 戸惑いながら、カップの中を覗き込んだ。
「これは…?」
「ジャンカルロ特製、ホットショコラエスプレッソよん」
 俺はにやり、と笑ってそう言う。
カップの中に注がれている、茶色い液体はふわり、と暖かい湯気が立ち上り、コーヒーと甘いチョコレートの香りが混ざりあって、まるで人々を誘い込むような芳醇な香りを放っていた。ベルナルドはジッとカップの水面を見つめた後、ちら、と俺を見やる。其れを、ドーゾ、と視線で促すと、薄く開いたベルナルドの唇がゆっくりとカップに近づき、カップが傾きごくり、と心地が良い音が鳴った。一口飲んだベルナルドはカップを離し、近くのテーブルに置くと、ふう、と満足そうなため息をついた。
「――ああ、とても美味しい」
 ふわり、と浮かべた柔らかで優しい――あんま見れねえ貴重度の高い笑顔に、なんだか背中が妙にこそばゆくなる。なんかこういうのってベタだったかね…?
「ヨカッタ。…でも、悪りぃ。ホントはもっとすげーの作る予定だったんだけど狂っちまって」
 本当は仕上げをして完璧に形作る筈だったチョコレートの、原形もとどめて居ない姿を見て、げんなりする。まあ、バレンタインデーにはギリギリ間に合ったからそれは良いケド…。
「十分だよ、たっぷりジャンの愛を感じる。あぁ、最高のバレンタインプレゼントをありがとう、ジャン」
「ン…」
 ベルナルドが、食べたらチョコレートより甘そうな蕩けた笑顔を俺に向けた。アラ、ダーリン、顔がだらしなく緩みきってますことよ。しかし俺も、こいつの期待通りの嬉しそうな笑顔を見て、ついついほわほわと浮かれちまうのだった。あー、俺、こいつの喜んだ顔が見たかったんだなあ…。色々あったケド、期待通りのモン見れたし、頑張った甲斐はあったんかな。
「朝からそわそわしてたもんネ、ダーリンは」
「おや、バレてたか」
 ちょん、と鼻先を指で突いて悪戯めいた笑みを浮かべると、ベルナルドは恥ずかしそうに頭をかく仕草をする。ベルナルドは、朝お互いにベットから起きたときから、ちらちらと俺を見てきては、期待の眼差しで俺に「チョコくれないのか」オーラを出していたのだ。俺がそれをガン無視しながら作業に励んでいると(勿論わざとだ)、それとなく「甘いものが食べたくならないか、ジャン」とか言ってきたりもした。まあ、それとなくどころかかなり期待してるのバレバレだったよネ。あんだけアピールされてちゃ、そりゃわかるっつーの。でもそんな、俺のチョコを手に入れるのに必死なこのチョイダメのおじちゃんに、きゅんきゅんしちまう俺も俺だわ。ぶっちゃけると、これを見るために俺は毎年、知らん振りをして頑張ってると言っても過言じゃない。だって、チョコひとつで必死になってるダーリンが可愛いったらないんですのん。しょうがないよネ!
「バレバレ。ベルナルドは隠し事向いてねーんだよ、すげー分かりやすいし」
「ジャンだから分かるんだよ、愛の力だね」
「うっせ、寒い」
 にこ、とほくそ笑みながら、さらりときゅんちしちまうことを言いやがるベルナルド。このかなりタラシなダーリンを誰か早くなんとかしてー。俺の心臓が無意識に高鳴るのに気づいて、俺はほだされてやるもんかと憎まれ口を叩いた。途端ははは、と笑うベルナルド。
「…ん、これ…どこかで、知っている味だと思ったら…もしかして、あのチョコかい?」
 そこで、また、こくり、と形の良い喉を鳴らして茶色の水面を傾けたダーリンは、ふ、と不思議そうに俺を見た。俺はそれにニヤリとした笑みを向ける。
「おっ、ピンポーン、だいせーかい!ハーシーズのチョコレート使ったんだぜー、懐かしの味だろー?」
「ふ、確かに…。何かを思い出させるような味だね」
 昔の――あいつらと五人で脱獄したときのことを思い出して、俺もベルナルドもなんだか苦笑いを浮かべあう。あの時みんなで分け合った、食べたのはちっぽけだけど、確かに甘くてじん、と力が沸いて来るような――たった一枚のチョコレート。俺は、あの味――いわば、俺たちの始まりの味を、今日ベルナルドに渡したかった。それで、なんとなく、初心に帰って、それを忘れず…みてーな?意味もこめちゃったりなんかしたのだ。
「だろ?しかも、アンタ好みに味付けしたんだぜー、甘さ控えめ」
「ああ、とても美味しいよ、最高だ」
 ベルナルドはそう言ってふ、と嬉しそうに笑った後、もう、あと一口ほども残っていなかったコップの中の液体を傾けて、全て残らず口内へ送り込んだ。あ、全部飲んだ――と思った瞬間、ベルナルドがぼーっとしていた俺をちら、と見たかと思うと、顔を近づけてきた。
「――え…、ンう……!?」
 何が起きたのか認識する前に、唇に柔らかいものが触れた。と同時に目の前に整った見惚れるほどの顔が現れて、頬にベルナルドの髪がかかる。突然のキスに、薄く開いていた唇から暖かいものが口内に流れ込んできた。
「ンンう!?」
 驚いてソレを思わず飲み込んじまうと、口内に俺の作った甘いチョコレートの味が広がる。それを確認したベルナルドはちゅ、と俺の唇を離した。
「ぁ……んにすんだよぉ…イキナリ…」
 じろりと睨む視線になんかしれ、とすり抜けてにやりとした笑みを浮かべると、口の端に零れていた液体をつ、と指で救い上げる。ベルナルドはその指を臆することなく、ぺろりと舌で舐めとった。
「……っ、」
 なんでそういうコトさらっとやっちまいますかこのエロオヤジ…。ダーリンってなんでこう無駄にエロ格好いいんだよう。
「デザートに俺の大好物をいただこうと思ってね」
 ベルナルドはそうにやりと笑みを浮かべて俺の手の甲に軽く口付けた。
「念の為に伺いますけれど…大好物とは何かしらん?」
 嫌な予感に引きつった笑いを浮かべると、ベルナルドの笑みが一層深くなった。
「それは勿論、目の前のハニーさ」
「うわあ〜さらっと言ったわーその歳で…サムイわァ〜、…って、うわ、っ、なんだよう…」
 さらっと発せられた寒すぎる言葉にげんなりした目でベルナルドを見つめると頬にちゅ、と軽いキスが降ってきた。そのキスからふわりと酒の匂いがした。
「…恋する男はいつだって寒いものさ」
「はあ?なに言ってんだ…ッ、…ぁ、って、脱がすな!ちょ…ベルナルド!アンタ酔ってるだろ!」
  少し口を尖らして不満そうな顔をしたベルナルドは仕返しとばかりに俺の服に手を掛けてボタンを外し始めた。
「酔ってないよ。俺が酔うのはジャンの愛だけさ」
 そう言いつつもベルナルドの頭はぐらついて不安定で、ボタンを外す動作も何処かぎこちない。顔赤えーし絶対飲みすぎてんだろおー。
「ハイハイ、そうネ。飲み過ぎよ、オジちゃん」
 俺の方にもたれかかって今にも倒れそうなベルナルドの身体をなんとか支える。
隠し味に入れたブランデーが効きすぎたのか?…イヤ、今日は皆フラストレーション溜まりまくりで酒浴びる様に呑んでたし。さっき迄かなりテンション高かったみてーだから今になって酒が回ってきたってことかもなあ。
「酔ってない」
「酔っ払いは皆そう言うんですー。あー、ホラ、ベルナルド。いつまでもこんなトコ居ないで部屋戻ろうぜ」
 本格的に酔いが回り始めたベルナルドに肩を貸して俺たちは歩き始める。なんだかなあ、いつの間にか酔っ払いを介抱してるしよ。
「なあ、ジャン……、ジャン…?」
「なあにーおじさま」
 傍らからベルナルドのいつもより高い体温を感じながら確かめるように呼ばれる名前におちゃらけて返す。
「俺はな…、今までこういうイベントが気に入らなかったんだ…、こんなの…、俺たちにとっては常に気の張り合いじゃないか…」
 なんだか酒が入って気弱になっているベルナルドはボソボソと独り言の様に喋り始めた。
「ン、まあそうだよなあ…でもしゃーねーっつーか、…稼業的に」
「けど、今日それだけじゃないって分かって…嬉しかったんだ」
「んあ?」
 言っている言葉の意味が上手く飲み込めずに俺は頭上にクエスチョンマークを浮かべる。ベルナルドはそんな俺を無視して、ぐらぐら揺れながら言葉を続けた。
「ジャンから、チョコレートが貰えた、凄く嬉しくて…俺は、…今日があってよかったと神に感謝したよ…」
「ったく、大ゲサだな……」
 でも、そういうコト言われるとなんか照れくさくなる。そこまで感謝されるとは思ってなかったっつーか…ケド、単純に喜ぶ顔が見られて嬉しい。
「ああ、…本当に、……。お前は最高だ…ジャン。愛してる…」
 ベルナルドは項垂れながら、そう言うと、滅多に見せない様な幸せそうな顔で笑った。
「ッ、…ベルナルド…」
 それだけなのに、どき、と俺の心臓は高鳴った。ヤベー、その顔は…反則だ。う、きゅんきゅんしちまっただろー…クソ、酔っ払いってホント恐ろしいな…。
かあ、と自然と赤くなってるだろう顔を手でつい隠すと反動で、ベルナルドの身体がバランスを崩してぐらりと傾く。
「うわっ!…ッ、と!おいベルナルド……って、…寝てるし」
 慌てて支え直して、ベルナルドの顔を覗きこむと、瞼は閉じられ穏やかな寝息を立てながら熟睡していた。今日まで徹夜続きのハードスケジュールだったし…ベルナルドも相当無理してたから、確かに疲れてるのも当たり前だよな。
「…ははは……もー、ホントしょーがねーダーリンだなあ…」
 もー、こんなとこで寝落ちすんなよな。運ぶの大変なんだぞ。そんなことを思いながら俺は緩んだ口元を正すことが出来ずにいた。
「…俺も愛してるぜ、ベルナルド」
 眠ってるし、どうせ聞こえてないだろ、とコッソリそう囁く。
 色々あったけど、今日が上手く行って良かった。
 そんなことを思いながら、俺はベルナルドを担いで、部屋へと向かうのだった。だらんと俯いたベルナルドの横顔が、幸せそうに微笑んでいたのを、ジャンは気付く筈もない。

END

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