小説 | ナノ

  背中合わせの恋1


 ふと目が覚めた。ここはどこだ。
「ん……?」
 どこか懐かしいような見覚えがあるような…だけどいつもとは違うような天井が目に移る。
 あれ…、確か俺――仕事がピークを過ぎてひと段落したおかげで、ベルナルドとゆっくり過ごせる時間が出来て…食事を済ませた後に、なんだかんだ言い合いながら結局はベットになだれこんだんだったよな。そんでもってアイツにえっちいこと好き放題されたワケで。つーか、あのオジちゃん「もうジャン不足がピークなんだよ」とかなんとか適当なコト言って、俺の意識が飛ぶまでアンアン言わせやがって。もう年なんだからちったあ考えろっつーの。おじちゃんの精力底なしで俺は毎回死にそうですのヨ。
「んん……?」
 アレっ、でもそれにしちゃあ俺、体痛くもだるくもねえし…なんか、臭い…?
 なんだかかなり覚えのあるような匂いに、俺の頭上にクエスチョンマークが浮かんでは消える。まだ眠気に朦朧とする頭を覚醒させながら、体を起こしてようやくはっきりと辺りを見回して、俺は愕然とする。
「は……なっ、なあアアア!!?」
 はっきりとした視界に飛び込んできたものは―――見覚えのあり過ぎる俺の、囚人房だった。辺りには、汚くぐしゃぐしゃで、清潔なんて言葉は微塵も感じられない硬く薄いベット。そこに座っている俺は、ぼろぼろの囚人服と形見のリングを身につけていた。それだけの狭い空間。
「な、ッ、どうなってんだよ?!」
 なんっで俺豚箱に入っちまってるんですかね!?なんで俺こんな格好で…てか、ここ、どこのムショだよ!?
 次々と浮かんでくる疑問に、俺は文字通り困惑する。昨日は確かに、ベルナルドと――アイツと俺たちの隠れ家の一室で一夜を共にした筈で。確か消毒は完璧だとベルナルドが言ってたから、万が一にもそんなことは起こらない筈で。
 もしかして、俺、なんか寝ている間にしちまったとか?
 …オイオイ、ムショに捕まるようなヘマした覚えも、そんな記憶もねえよ!!
 ―――だったら、なんでだよ!! ああもう、このクソッタレ!!
 そう心の中で自分を罵倒して頭をぐしゃぐしゃにかき回した瞬間、giiiiiiiiii,とまたもや何処か懐かしい気がする耳障りな音が鳴り響いた。
「うおう!?」
 驚いて思わずベットから立ち上がると、すぐさまこつこつという足音が響いてくる。かと思うと俺の房の前に、ぬっと、人影が現れ――俺の房の前で立ち止まった。
「……ジャンカルロ・ブルボン・デルモンテ!」
「は、え、おお?!」
 突然名前を呼ばれて驚いてそっちを見ると、カチャリと俺の房の鍵を開けている男が目に入って思わず口が半開きになる。俺の目の前に立っていたのは、なんだかこの前より少し若く見える――ジョシュアだった。
「ジョ、ジョシュア!?なんでお前がここに!つーか、その格好なんだよ!?」
 確か、ジョシュアって看守辞めてBOIになったって聞いたぞ…アレ、間違いだったのか?
「はあ?寝ぼけて変な夢でも見たのか?俺はずっとここの看守だろ」
 慌てる俺にジョシュアは冗談でも笑い飛ばすような顔をしながらそう言うと、点呼を終えたので房の扉を開いた。ずっとって、どういうことだよ…。
「は、な、何言って…」
「まあ寝ぼけるのは構わないけどな…もう後半年だけ、大人しくしててくれよ?」
 意味がわからない発言を問いただそうと発した言葉はジョシュアに遮られる。はあ、と呆れたようにそう言って笑ったジョシュアは、俺にひらひらと手を振って、とっとと隣の房へと去っていってしまった。
「あー……ウン…?」
 あと、半年…?ますます意味がわからん。
 俺の刑は後半年あるって意味か?てか刑って何の刑だよ…俺なんでここに居んのかも、今がいつなのかも分かんねえし…てか、なんでジョシュアが看守なんだよ…。つーか、一緒にいた筈のベルナルドもいねえし――ああだめだ、考えすぎて頭がパンクしてきた。
 はあ、と小さくため息をついて半ば投げやりムードをかもし出していると、俺の腹がぐう、と鳴り空腹を自己主張してくる。
「……こんなときでも、腹は減るんだよなあ」
 なんて素直な俺の胃。ますます気分が沈んだのを感じながら、仕方ないとばかりに俺はゆっくりと房を進み出た。頭を抱えて悶々していたところで、なんにもならねえしなあ。
「取り合えず腹を満たしますかね」
 と、一歩外へ出たところで、隣の房から今しがた出てきたらしい男とかっちり目が合う。
「って、はああアア!??イ、イヴァン!?」
 そいつを見た瞬間俺はまたもや、驚く羽目になった。そう、イヴァンが、囚人服を着た俺のかわいい部下がそこに立って居る。
「なっ、何でお前も捕まってんだよ!」
 驚いたままに指を指して疑問を口にすると、イヴァンは思い切り眉間に皺を寄せて険しい顔で俺を睨んできた。な、何ヨ…。
「テメエ…ただの構成員のくせして、イキナリ俺を呼び捨てにするなんていい度胸してんじゃねえか。てか、指指すんじゃねえ!!喧嘩売ってんのか、アアン!?上の者に対する礼儀を知らねえようだなあ、ジャン!!今日こそツラ貸せ、じっくり教育してやろうじゃねえか」
 そうまくしたてながら俺に突っかかってくるイヴァンに、俺は本気で、はあ?と思う。イヴァンの奴、とうとう頭がおかしくなったか。ただの構成員ってなんだよ。俺がボスになったことなんかもうかなり前のことで、そんなこと流石のイヴァンでも今はきちんと認めて理解してくれていた、と思ってたんだケド。アレー、でもこのイヴァンちゃんなんか若々しくねえ?しかもなんだか何時もよりツンツン度が増している気がするんですが。
「んー?あー?」
 ――なんだ…、なにかが引っかかる。
 再び悶々と物思いにふけっていると、近づいてきたイヴァンに思いっきり頭を叩かれる。
「何ほざいてやがるジャン!?おい!無視するんじゃねえ!」
「んあ?なあに、イヴァンちゃん」
 無理やり意識を現実に戻されて、俺は不思議そうに頭を傾げるとイヴァンはますます怒りに顔を赤らめた。
「てっ、てんめえええええええ!!」
 勢いそのままに、イヴァンの手が俺に伸びてきたかと思うと、がっと掴みかかられて俺はびっくりする。ンン、こうやってからかうのそんな怒ったったっけ?また、ひっかかるなにかを感じながら、俺に向かって振り上げられた拳を見てハッとする。 あ、やべ。
 殴られる―――
 思わずグッ、と身構えた瞬間。
「ジャン、朝飯行こうぜ」
 凄く聞きなれた、それでいて優しく俺の大好きな美声が耳に届いた。目の前まで迫っていたイヴァンの拳がすんでのところで止まる。
 あ―――
「ベル…ナルド…」
 バッとそっちを向いた俺たちの視界に移ったのは、ふわふわに巻かれた緑色の髪に、細身の体にスーツのように着こなした囚人服、黒縁眼鏡を指でかけ直しながら薄く微笑を浮かべたベルナルド・オルトラー二。筆頭幹部であり俺の恋人…だ。でも、その顔は、なんだか酷く心許なく――あからさまな作り笑いの奥に、疲労が蓄積されているのが見えた。なんか疲れてんなあ…やっぱり俺が知らない間になんかあったのか…?
「なっ、なあ…なんでここに居るんだ?」
 俺も、ベルナルドも、イヴァンも、ジョシュアも。皆いつの間にかこのムショに放り込まれてる。その理由が、今までもどうしても分からない俺は、ここでもやっぱりベルナルドにそう問うた。ベルナルドならその答えをもしかしたら知っていて――いつもみたいに「ああ、大変だったんだよ」、と苦笑いして話してくれるんじゃねえかと、なんとなくそう考えてしまった。ベルナルドの表情に、その仕草に、なんだかよく分からないものが心を掻き乱して、気持ちの悪い不安が纏わりついていたのだ。
「ああ、昨夜隣の房へ引っ越してきた、よろしくな」
「――…は?」
 求めていた答えと180度違うものを返されて、あっけに取られた。房に引っ越してきた、とかそんなこと聞いてねえよ。
「お前の房の近くがいいなと思って」
 そう言ってはは、と笑うベルナルド。
 ――あれ、なんだかコレ、覚えがあるぞ…。
『寝てて気づかなかったな……。なんでまた、房替えなんか」
『ん、お前の房の近くがいいなと思って』
 頭に刻みこまれているベルナルドとの会話。
 確か俺、あの時―――
「そんなにアタシの傍に居たかったの?ダーリン」
 そう答えて………ベルナルドは―――
『「お前が浮気しないか気が気じゃなかったんだよ、ハニー」』
 考えていた思考と、ベルナルドが発した台詞が耳の奥で重なって、俺は思わず目を見開いた。――あ、なんだこれ……。
 頭の中でなにかがパズルのように、カチッ、と当てはまった。
ーーー…もしかしてー…俺、…?
そしてその瞬間、俺は疑問にひとつの答えを出し、それが確信に変わったのを感じた。
そうか、……そうだったのか。SFまがいで、まともな思考なら考えられない答えを導き出しちまったが、けど、俺には思い当たる節がこれしかねえ。

 ―――俺は、どうやらタイムスリップしてしまった……らしい。

 ここはそう、5年前――俺が幹部に、そして脱獄してボスになれとかワケのわかんねえことを命じられ、あいつ等と…俺の最高の部下達と出会った、あの―――あの場所……マジソン刑務所、だった。


                         To Be continued...


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