小説 | ナノ

  風邪は大敵


 俺たちがいつものように定例会議をしているときに、それは起こった。
「ーー…と、いうことだが皆、意見は?」
 ベルナルドは書類から顔を上げると、報告について意見を仰ぐ。会議室にはいつもの面々が屯していた。ベルナルド以外の幹部とカポは沈黙を守り意見が特にないことを示すと、ベルナルドは軽く頷いてから書類を纏めた。
「じゃあ、話は以上だが、いいか?」
 会議はこれで終わりだと告げたのに幹部らが頷いたのを見て、ジャンカルローーー我らがボスに視線を送った。ジャンにも了承を得ようと思ったのだが、ジャンは先ほどから一言ふたことしか喋っていなかった。皆決定打に欠くので、そのことに突っ込みはしなかったが、薄々おかしいと感じているようだった。ベルナルドはなんとなく予感がして、ずっと俯いているジャンに声をかけた。
「ーー…ジャン、どうかしたのかい?」
 幹部らの視線がジャンに集まる。ジャンは、ベルナルドの声にぴくりと頭を揺らしてから、俯いたままの顔に手のひらを被せるようにして口を開いた。
「…ぁ…、……いや、…んでも、…ね……。……っ、悪りぃ、もう…会議終わりで、……は、……いい、ぜ……」
「おい、ジャン…?大丈夫かよ?」
「ジャン、さん……?」
 はあ、と息も絶え絶えにいつものハリのある元気な声は何処へやら、か細く弱々しい姿にさすがに心配そうに、イヴァンもジュリオも瞳を揺らす。ジャンのその表情は手のひらで隠してしまっていて伺えないが、キラキラ輝く金髪は何処か汗ばんでいるように見えた。
 何かあったのかと、ルキーノがその手を取ろうと腕を伸ばしたその時、ジャンはおもむろに立ち上がった。もう帰ると言わんばかりに。ルキーノの腕は虚しく宙をかく。
「―――……う、…ぁ、やべ……え、」
 そのまま、くる、と踵を返した、瞬間ーー…立ちくらみが起こったのか重心を失ったことでジャンの身体はぐらり、と揺れ、そのまま背中から倒れるように、傾いた。
「―――、おいッ」
「ッ、ジャン!」
 一瞬にして、倒れると判断したルキーノが咄嗟に伸ばしたままだった腕をスライドさせ、ジャンの手首をがしり、と掴んだ。一瞬遅れて反応したベルナルドが、ルキーノの力だけで保たれているジャンの身体を背中から支えて、ゆっくりと元の椅子に座らせた。それを見て、思わず立っていたイヴァンもジュリオもホッとしたように息を吐く。
「驚かせんじゃねーよ……クソ」
 ジャンは言葉を発するのも億劫そうに、背もたれに身体を預けた。
「……え、まさか、ジャン…」
「おいおい嘘だろ…」
 さっきジャンに触れたことで感づいたベルナルドとルキーノがその頬に、額に、改めて手を当ててから、はあ、と苦渋の色を浮かべた。ジャンの様子をさっきから気にしていたジュリオもそのことに感づき、気づけなかったことを悔やむようにゆっくりと、瞳を瞬かせた。
「……あ?なんだってんだよ…?」
 その表情にいったいどうしたのか理解できていないイヴァンは、その原因を尋ねる。
「――…おそらく、風邪だろう」
 ベルナルドがストレスで胃に穴が空くんじゃないかと思う程にやつれた顔をしながらそう答えた。
「――は、はァアン!?風邪だぁ?」
「あぁ、この……cavolo!熱だしてやがる」
 もう一度改めてジャンの額に手をやったルキーノがそう吐き捨てた。
「ッ、直ぐに医者を……」
 ジュリオは苦しそうに浅い呼吸を繰り返すジャンを気遣う様にみつめてから、会議室に備え付けの電話を手に取る。自分達も苦しそうに顔を歪めていた奴らがその言葉にハッとして、ジュリオを見た。そうだ、先ずはジャンの介抱が先決。
「…ああ、よし…とりあえず向こうに運んで横にならせよう」
「ったくこのアホ……!」
 それに押されるようにばたばたと奴らは動き出し、ジャンを執務室のカウチに寝そべらせたり、医者を呼びつけたり、タオルを用意したりして甲斐甲斐しく世話を焼く。暫くして来た医者に、かなり重い風邪だと判断されて薬を処方されると、一息ついた4人の幹部共はカウチの周りに集まって、浅い呼吸を繰り返して苦しそうに眉を寄せながら、目を瞑っているカポを見下ろした。
「ジャン…さん……」
「はぁ……、なんで言わねーんだよ…このタコ」
 その場にいた全員が、ジャンの体調がすぐれないのに気がつけなかったことで自責の念にかられた。
「――……」
 そうして暫く部屋に沈黙が訪れる。誰も口を開かずに、ジャンが寝ているベットを取り囲み、ただじっ、と苦しそうに呼吸を繰り返している彼を見つめていた。しかし、ジャンの瞼が開き、美しい蜂蜜色の瞳が現れることはなく、どのくらい時間が経ったのか、その沈黙を破ったのはベルナルドだった。
「さあ、ずっとこうしていても仕方がない。ジャンが回復するまで俺たちで仕事の方をフォローしよう」
「―――あぁ……そうだな」
「っち、分かってらぁ」
「――ジャンさん……、早く、元気になって…下さいね」
 ベルナルドの声に3人はそれぞれ渋々といった反応を示し、ジャンをチラ見した後、若干足早に部屋を出て行く。
「――ジャン、また様子を見に来るからな」
 最後に部屋に残ったベルナルドはジャンの頬を撫で、額に張り付いた髪をかきあげてそう囁いてから、部屋を後にした。

 それから幹部共は執務室に行き、カポの仕事の振り分けを済ませてから、交代制でジャンの看病をすることに決めた。
―――までは、良かったのだが。

 ジャンが寝込んでから次の日。今だに目を覚まさないジャンに4人は焦れていた。ウイルスに犯され、余程酷い状態だと診断されてからというもの、彼らは着替えから何から世話をやいていたが、ジャンに良くなる兆しは見えず、熱も下がらない一方だからだ。誰もが皆ジャンの容態を重く考えこのままで良くなるのか、と気を揉んでいた。そうして、重い空気の中、気を紛らすように仕事に没頭していれば、日は傾きもう夕方となっていた。
 そんなときだ。バンッ、と扉をぶち破る勢いで開け放ったイヴァンが、カチコミでもあったときのように――いや、それ以上に慌てた様子で執務室に駆け込んできた。イヴァンは今ジャンの看病役の筈だが……ジャンに何かあったのか。そこにいた全員が身構える。
「ジャンが、目を覚ましたぞ!」
 イヴァンは息を切らしながら開口一番そう言うと、ベルナルドの執務室に集まっていたルキーノ、ジュリオ、ベルナルドの面々はハッと一斉にそっちを見た。
「……ジャン、さんが……ああ…!」
「ーー…は…そ、そうか…」
 待ちわびた朗報に、全員がホッとして心底安心したように胸を撫で下ろす。嬉しさに自然と笑顔が浮かんだ。
「――けどよ、……アイツなんか様子が変なんだ」
 しかし、続けられたイヴァンの言葉にそれもすぐ疑問に塗り替えられる。
「なっ…変ってなんだい…?」
「ど、どういうことだ、イヴァン」
「まさか……ジャンさんになにか……」
 ジャンに一体なにがあったのか。幹部共は不安が一気に胸をよぎり、イヴァンを質問責めにする。
「知るか!いきなりあんな……とにかくお前らもきやがれ!」
 あんな?
 全員不思議そうにイヴァンを見るが、説明するより見たほうが早いとイヴァンは足蹴りかます勢いで奴らを連れ出した。
「とにかく行ってみるか」
「ああ」
 そうして頷いた3人はイヴァンに従ってジャンが休んでいる部屋へと向かった。

 ガチャリ。そんな音を立てて部屋のドアが開く。
「ジャン、入るぞ」
 ベルナルドが一声かけてみるが、返事は無い。寝ている時と同じように部屋は静寂に包まれていた。
「――…ジャン?」
 不思議に思いながらも、四人は恐る恐るジャンが居るはずの寝室に入った。と、数歩進んだ辺りでジュリオが危険を察知したのか、バッと身構える。その直後、ダンッ、という着地音とともに突然現れた男に全員がぎょっとしてそちら、ベッドの方を見た。
「――な、ッ」
「……っ、おま!?」
 そこに立っていたのは紛れもない、CRー5カポである、ジャンカルロ・ブルボン・デルモンテだった。そこにいた幹部4人は、一斉に言葉を失う。ジャンがそこに突然現れたからではない。――彼が愛用している拳銃、ルガーの銃口が幹部共に向けられていたからである。
「――ジャン、さ、ん……?」
「っな、なんの真似だ、ジャン!」
 ベルナルドは突然の状況に辺りを慎重に見回し、ルキーノはその行為に対して突っかかり、ジュリオは呆然としながらすがるように悲痛な顔をし、イヴァンはゆっくりと腰に手を当て、常備している銃のトリガーに指をかけた。
「お前ら、誰に断ってここにいる」
 ゆっくりと、発せられた言葉は、いつもの彼からは想像できない冷たさで、酷く突き放したような物言いだった。
「さっさと出て行け」
 銃口を下げることなく、ジャンは顎で幹部達がついさっき入ってきた背後の扉を指し示す。
「……ジャン、一体どうしたんだい?」
 全員は一瞬たじろいだが、すぐにベルナルドが驚きながらも、冷静に言葉を発した。それに、ジャンはいつも通りに普段なら明るいはずの蜂蜜色の瞳をすう、っと鋭く光らせて苛立った表情になる。
「ベルナルド……聞こえなかったのか、今すぐ出て行けと言ってる」
「っ……」
 まるで別人のようだ、とベルナルドは思った。これが本当に、ジャン……なのか、?射抜くようなその眼差しに内心冷や汗をかきながらも、しかしここで出て行く訳には行かないだろうと意気込んで、ベルナルドは再度口を開こうとした。が。
「今すぐだ――猶予はない」
「ッ、」
 ベルナルドが何か言う前に、そう念を押される。これでは、取りつく島もない。微塵も話し合いの余地も無いことに言葉を詰まらせた。
「――わかった、出よう」
 暫くその状態のまま思案したベルナルドははあ、と息を吐くとジャンと他幹部らを振りかえって、そう言った。とりあえず、この状態のままでは出来るものもできない。出直そう、とベルナルドは判断したのである。
「っ、オイ!ベルナルド!?」
「なっ!?」
「ハァァ!?」
 全員が驚き、不服そうにベルナルドを見るが、ベルナルドは何も言わないまま、黙って扉を開き、外へ出て行く。
「ッチ…ファック!…オイ、待てよ!」
 渋々といった様子でイヴァンがその後を追い、ルキーノ、ジュリオもそれにつられて部屋を出る。扉が静かに閉まるその時まで、ジャンは一瞬たりとも銃を降ろさなかった。


 幹部達はいつもわいわい雑談などする休憩スペースのカウチに、円を囲むように座っていた。普段の楽しげな雰囲気は消え失せ、全員がげんなりとした様子だ。
「―はァ……一体ジャンはどうしちまったんだ」
 ルキーノが額に手を当てながら小さくため息をついて項垂れる。
「……まさか、ジャンさん…熱で何処かおかしくなってしまったのでは」
 ジュリオも、今までとまるで様子が違うジャンに困惑顔で、ジャンを心配していた。
「――あぁ、あり得るな」
「……ハァ、まさかジャンが俺たちに銃口を向ける日が来るとはね…。おそらくこれは相当重症だろう」
 ベルナルドも、時たまする苦悩のポーズをしながらハァ、とため息をつく。
「イヴァン、お前が行ったときはどうだったんだ?」
「どうもこうもねぇよ、ファック!」
 ルキーノがそういえば、とイヴァンをちら見すると、イヴァンもそれに参ったようにそう吐き捨てた。そしてさっきまでのあったことをぽつりぽつりと話し始める。
「――…俺が見たときは、アイツ、アタマ抱えて唸ってやがってよ…」
「ほう」
「……慌てて駆け寄ったら、あのタコ、俺を突き飛ばして布団に潜り込みやがったんだよ!何言っても反応しねえからおかしいと思って俺はよ……」
「それで、俺たちを呼びに来た、と」
 それにむっすりとあったことを話し終え頷くイヴァン。しかしルキーノもベルナルドもジュリオも、話の中でまるで原因の糸口すら見出せないことに、眉間に皺を浮かべて考え込む。一体どうしてああ、なってしまったのかーー謎が深まるばかりだった。
「ま、まあ…でも…、すくなからず風邪が起因しているんだ、熱が下がれば元に戻るんじゃないか?」
 ベルナルドがフォローするように苦笑いすれば、ルキーノは呆れたようにふわふわの赤毛をくしゃりと掻き回した。
「オイオイ、随分悠長だな」
「ッチ…しゃーねーだろ、アレじゃあどうしようもねえ」
 イヴァンがそう言えば、ルキーノが腑に落ちない様子で黙り込み、はあ、と何度目か分からない溜息が誰ともなく部屋に響く。
「ーーとにかく、様子を見るしか…無いだろう」
 いつもの覇気がないジュリオがそういえば、全員が仕方が無いとばかりに頷いて、また夕方頃にジャンの様子を見に行くことになり、とりあえずそれぞれの仕事に戻るべく、席を立ったのだった。


 それから仕事もそれぞれひと段落ついた、夕方頃。
 幹部一同は再び昼間に訪れた場所へ足を運んでいた。そう、CR−5カポ――ジャン専用の部屋の扉の前である。四人はただならぬ緊張感に包まれていた。
 昼間あんなことがあったばかりだ、今度またのこのこと入ってジャンがあの状態のままだったならきっとただではすまない。もしかしたら仲間内での激しい争いが勃発するかもしれないのだ。それも理解してるのだろう幹部たちは、余計に入りづらい。
「―――さっさと行くぞ」
 だがしかし、そこはやはり本業であるマフィア。それを表に出すことなく、先陣切ってドアノブに手をかけたのは、イヴァンだった。ギイ、と気味の悪い音を立てて扉が開くと、ゆっくりとした動作でイヴァンが中に入る。それに真剣な面持ちの他の連中が続いた。
ひやっとした冷たい空気が頬に当たるのを感じながら、玄関を通り過ぎリビングへと向かう。心臓の音が大きく聞こえるような気がした。
 ぎし、と影からリビングを伺うが人の気配はない。恐る恐る入ってみると、やはりそこには誰もいなかった。
「――居ないな」
「…まさか、どこかに出たんじゃ」
 ベルナルドが不審に辺りを見回してそう言うと、ルキーノが顎に手を当ててジャンが出かけてしまったという可能性を指摘した。確かに、元々部屋の中に居れば出るのは容易なことで、そうなれば脱獄のプロであるジャンがそうそう見つかるはずもない。しかし、んなわけねえだろ、とその嫌な想像を打ち消すようにイヴァンが口を開く前に、ジュリオがぴくり、と反応した。
「――いや、寝室だ。そこに、ジャンさんの気配が、する」
 ジュリオほどのソルダートとなれば、微細な気配もはっきりと感知することができる。ジュリオのその一言でもしかしたらの可能性は打ち消され、ひとまずジャンは寝室にいるのだと落ち着いた。
 全員がじっと寝室への扉を見つめる。しっかりと閉ざされたこの扉の奥に、ジャンがいる。四人はごくり、とつばを飲み込んだ。
 高鳴る鼓動を抑えながら、イヴァンがノブに手をかけるとかちゃり、と軽い音がして扉が開き、俺たちを中へと誘う。誘われるままに、なるべく音を立てないよう滑り込むと、イヴァンが銃に手をかけながらすぐさま辺りを見回した。
「っ?」
 部屋は前に来たときのように静寂に包まれていて、四人は天井やら背後やら見回すがその存在がどこにも見当たらない。一体ジャンはどこだ?不思議に思っていると、ベルナルドが身構えて咄嗟に、寝室の奥にあるベットの上を指差した。
「あれ、ジャンじゃないか?」
 四人がそちらに眼を向けると、うっすらだが白いシーツに隠れ切れなかった金髪がちらりと見えていた。
「ああ、――ジャンだな」
 ルキーノはそれをまじまじと確かめると、確かにそうらしいと頷く。ジャンはその見事な金髪頭だけを覗かせて、体全体に毛布をまきつけるようにしていた。
「――どうする、近づいてみるか」
「いや、作戦かもしれないぞ」
 果たして、このままジャンに近づき様子を確認すべきか、それとも。ここまで来て四人は踏みとどまる。ベルナルドとルキーノはどうするべきか、極力小声に注意しながらも口論を始めてしまう。その様子を横目で見ていたイヴァンが舌打ちをし、ジュリオは何も言わず考え事をしているのか、黙っていた。
 その間もジャンは動かない。段々苛立ちを感じ始めていると、ふ、とジュリオが口を開いた。
「ジャンさん、は…おそらく今…寝てる、ところ、だろう。…呼吸も、乱れてない、殺、気、も感じ、ない」
 またもや見抜いた発言に、3人は驚いたようにジュリオを見た。コイツはジャンの呼吸の感覚ひとつでさえこうして分かっちまうのかよ、と。四人は顔を見合わせて、幾分かましになったが――それでも警戒心は解かずに、ジャンが眠っているベットへと近づいた。四人はぐるりとベットの四方を囲み純白のシーツの中に埋もれるカポの姿を覗き込んだ。天使のように美しく煌く金の髪は枕のあちこちに散らばって跳ね、いつもは悪戯っぽく輝く蜂蜜色の瞳には瞼が覆いかぶさり閉じられ、近くに居ると規則正しい寝息が聞こえてくる。とてもカポには見えない、あどけなくも美しい青年の寝顔がそこにはあった。
「ふ、ハハハ……」
 その寝顔を見た瞬間、ベルナルドが口角を上げ、頬を緩ませて脱力した。他の幹部たちもそうだった様で皆一様に緊張感を解き、自然とこみ上げてくる乾いた笑いを浮かべた。
「ハハ…たく、なんてボスだよ…」
「っ、このタコ…」
「ジャン、…さん…あぁ…」
 あの時、まるで別人のようなジャンを目にして、どこか疑心暗鬼になっていた彼らは、ジャンの寝顔を見てなんだか少しだけホッとしたのだった。
「こんな姿のカポは人前に見せられないね」
「まったくだ」
 少しめくれた布団をベルナルドが掛けなおしてやると、ジュリオがジャンの額に手を当て、大体の熱を測った。
「――37.3…、少し、下がりましたね…」
「そういえば、このアホ、熱あったんだったなァ…」
 それをきっかけに、結局ジャンが起きないと何もならないという話になり、とりあえず起きるまではと幹部共は部屋に居座り、甲斐甲斐しく世話を焼くのであった。
「それにしても熱なんてよお…コイツ軟弱なんだよ」
「いや――最近は会議とか会合で忙しかったからね。休む暇もろくに与えられなかった――俺の責任だ」
「まあ、年末も近かった上に、至急の仕事がいっぺんに入っちまったからな。しかし、あのスケジュールでもないと、どっちにしろ回らなかった筈だぜ?」
「心遣い痛み入るよ、ルキーノ。お前の請求書がなかったらより良かったんだけどね?」
「あ、ジャンさん、汗が……」
 幹部たちはそろってジャンの周りに儀式かなにかのように椅子を並べて座り、思い思いに暫く話などをしていると、彼らの中央に居る物体がもぞもぞとうごめいた。
「ンう〜………うっせえなァ……」
「っ」
 四人ははっとして咄嗟に身構える。もしかしたら、いつものジャンではなく、あのジャンがまた現れてしまうのかもしれないと思ったからだ。
 そんな言葉とともに、瞼がゆっくりと開き、まだ眠気で蕩けている蜂蜜色の瞳が四人を捕らえた。くあ、と大あくびをして背伸びをすると、眼をこすってからはっきりとした視界で、こっちをじっくりと見ている奴等をひとりひとり確認する。そして、ぽやんとしたなんともいえない表情をしながら、ジャンは口を開いた。
「おうおまいら、オハヨ〜。ン…アレ?つか、なんで俺の部屋に全員集合してるのけ?」
 しかしそんな心配など、杞憂だったようで。眼を覚まして再び幹部共の前に現れたのは、彼らのよく知ったカポ、いつものジャンカルロだった。
「――ああ、ジャン!ジャンかい?」
「クソッ、ファック!おはようじゃねえよ!オメーどんだけ俺たちに迷惑掛けたか分かって……ッ」
「ったく、このcavolo!無駄に脅かしやがって…」
「ああ……!よかった、です…ジャン、…さん」
 俺たちのジャンがようやく帰ってきた、ようやくそう幹部たちは実感することができ、四人は本当に嬉しそうに、時にはどこか怒ったような表情を浮かべながら、笑いあった。
「ン、んん!?ナニナニ、突然おまいら!?」
 起きるなり突然喜び始めた幹部共にジャンはひたすら困惑するばかり。
「オイ、なんだこれベルナルド説明しろ!」
 とりあえずベルナルドに説明しろと促して、ジャンは会議中に倒れたことから、ここまでに至る経緯を洗いざらい聞いたのだった。


 そして、今までの事を聞いたジャンが驚き青ざめ、こってり絞られて。心配掛けた罰として幹部主催の罰ゲームが行われたのは、また別のお話。そうして海よりも深く後悔したジャンは、それからというもの適度に休憩を取ることを覚えたのでした。

                                   end




prev / next

[ back to top


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -