小説 | ナノ

  賭け事の報酬2


 勝負は俺とルキーノとの試合には中々決着がつかずに、予想以上に白熱していた。スポーツ観戦かなにかのように、カードをめくる動作に一喜一憂している辺りの野次馬達のせいなのか、テーブルの周辺は異様な熱気と緊張感に包まれている。
「ッ……」
 クソ、ルキーノのやつ…意外とやるなァ。いつもならこんな勝負なんかちょちょいっと勝っちまうんだけど、ルキーノ相手だとそうも行かないらしい。俺はさっきから上手く手が回らず、かなり苦戦を強いられていた。チッ、とこみ上げてくる苛立ちを表には出さず、心の中で舌打ちをした―――その瞬間。ルキーノが挑戦的な目でこっちを見たかと思うと、スライドさせたカードの動きに合わせて、周りの観客からオオーー、と歓声とざわめきが上がった。俺は苦々しい思いで目の前のチップが掻っ攫われる様を見つめる。やられた―――また俺の負けだ。
 オイオイ、これで2連敗だぜー…さっきまでの試合でのツキように比べてこれって違いすぎだろ。ああ、俺のラッキーは一体何処へ飛んで行ってしまったのヨ。
「―――どうしたぁ、ジャン。今日は随分と優しい勝負してくれんじゃねえか」
 ルキーノが思わしくない表情の俺を見て、してやったりという不敵な笑みを俺に向ける。んにゃろう…無駄にいい笑顔向けんな腹立つ!
「――…ソーヨ。ダーリンがあんまりにも負けっぱなしになると可哀相だから、手加減してやってるんだぜ?」
 素直に、苦戦してると吐くのも悔しいから、上から目線でものを言ってやる。にやりと余裕の表情を作って見せると、ルキーノの赤い瞳に猛獣が襲い掛かるときのようなギラリとした光が、一瞬横切った気がした。
「…ハッ、言ってくれんじゃねえか…――なら、本気でかかってこいよ」
 俺の言い方が癇に障ったのか、完全にさっき煽りが効いたらしい。ルキーノのオーラが今までとは違い、少し怒りを含んだ――まさに敵と対峙するときのそれになる。俺の背筋にゾクリとした寒さが走った。
「ッ……」
 思わず息を呑むが、すぐに俺は言い様のない高揚感を覚えて、緩く口角を持ち上げた。ルキーノとこうして勝負するとか、今まであんまなかったからこういうの新鮮でかなり楽しい。それに、ルキーノのあの誰もが恐怖にひれ伏す冷酷な目に掴まるとなんつーかこう、たまらなくゾクゾクする。うわーヤべェ…ー俺、Mなのかも…。
 しかしそんな不埒な考えをなんとかバレないように堪えて、今まで爺様達や役員会の連中に発動してきたとっておきの鉄壁の営業スマイルを浮かべる。表面上笑っているだけで敵に威圧感を与えることができるこの笑顔を浮かべられるようになったのは、今までのルキーノのスパルタ教育の賜物だ。
「――後で後悔しても、しらないぜ?」
 俺とルキーノの視線が数秒交わり暫くにらみ合うと、ディーラーが動いたのを合図に、俺たちのラストゲームが始まった。
 ここで負ければ、なんでもひとつアイツの言うことを聞かなきゃならねえ。保身のためにもここで負けるわけにはいかない、よな。
 ―――勝負。
 俺はふう、と息を吐いて肩の力を抜くと、心の中でそう呟いて、めくったカードに目をやったのだった。

*******

「さて」
 あれからポーカー試合は終焉を向かえ、俺たちはいつもくつろぐ部屋へ戻ってきていた。ルキーノは、帰ってくるなりカウチに俺を座らせたかと思うと、隣り合ってそう切り出した。
「――勝負は俺の勝ちだ。…約束は、約束…、だよなあ?」
「〜〜…ッ、そりゃそうだけどッ」
 俺は歯噛みしながらギロとルキーノを睨むが、奴はそんなことなど痛くもかゆくもないという風ににやりと笑みを浮かべた。そう、俺はさっきの勝負で、このルキーノ・グレゴレッティという男に完膚なきまでに叩きのめされ、敗北を喫した。この俺が、勝負事で負けたことなんて、滅多にないこの俺が!この恋人でもある男に!負けたのなんてFBIのホーマーの奴が潜り込んでいたあの時以来かもしれねー。俺の心に悔しさが募る。
「なんだあ?男に二言があるっていうのか?」
 この上なく楽しそうに笑って念を押してくるルキーノに、俺はそれ以上何も言えなくなる。約束した以上、勝っても負けても約束を果たさなきゃそれは男じゃない。それはわかっている、わかってるんだけど、――俺の、この悔しさのぶつけどころがねえじゃねえかよ!
「ッ、くっそう!わーったよ、約束通りアンタの言うこと何でもひとつ聞いてやるよ!」
 もう俺は半ばやけになりながらルキーノにそう言い放った。そして、そのまま腕組みをしてどうとでもしろ、と不貞腐れる。
「よし。――じゃあ、」
 それに満足そうに顔中で笑ったルキーノが、嬉しそうにソファーから立ち去ったかと思うと、大きな袋やら箱やらを持って戻ってきた。
「え?」
「どれが好みだ?」
 え、好み?何の?
 状況が掴めずきょとんとしている俺の目の前で、ルキーノが箱から出したものは―――
「は、ハアアアア!?な、何だよソレ!」
「何って…どうみてもチャイナドレスだろうが。ああ、他にも色々あるぞ?エプロンドレスだろ、ナース服…ああ、これはガーターだな」
 美しく装飾が施された色が引き立つどう見ても女物の真っ赤なチャイナドレス。次から次えと包装の中から出てくる代物に、俺はぎゃんぎゃん喚かずにはいられなかった。
「そ、そうじゃねーよ!なに、な、何であんたそんなモン…!」
「ああ?お前に着せるために決まってんだろうが。何時か着せようと思って取って置いた奴がこんな所で役立つとはな」
 さすが俺、とでも言いたげなその態度。ハア、もう何から突っ込めばいいのやら…。アンタどんだけ俺にコスプレさせれば気が済むんだよ。
「あんたどーいう神経してっ、つーか着るか!」
 ずいずい、と俺に押し付けてくるそのチャイナドレスを、思いっきり勢いに任せて床に叩きつけて抗議する。いっぺん死んどけこのエロライオン!するとすぐにそのドレスを拾い上げたルキーノが不敵な笑みで俺を見つめた。
「――ほう?お前は自分でさっき言ったことも忘れちまったのか?」
「う〜〜……ッ」
 それはそうだ、俺は確かについさっき、ルキーノの言う事を何でもひとつ聞くと告げてしまった。敗者は勝者に従うのみ。当然口から飛び出す筈だった抗議の言葉は喉の奥に押し込められちまう。結局俺はにやにやと笑うルキーノの顔を、精一杯睨みながらそいつを受け取る他ないのだった。くっそ……ッ、このストロンツォ!
「着ればいいんだろ着れば!今着替えてきてやるよッ!」
 どうにも引っ込みがつかなくなったせいでもうやけくそ状態の俺は、そう言い放つと勢いそのままに、ルキーノの手からチャイナドレスを掻っ攫う。そのまま、ずんずんと歩いて行って脱衣所に入るとバタンと扉を閉める。
「あ、おい……ガーター忘れてr」
 そのとき背後から聞こえてきた声なんか完全に無視してやった。


「…最高だぜ、ジャン」
 着替えて脱衣所からゆっくりとした足取りで出ると、ルキーノがハッと息を呑んでこっちを見る。そしてその瞳が見開かれたと思うと、ヒューと形のいい唇から歓声が漏れた。
赤を基調としたこのチャイナドレスは特に脚を強調させるような作りになっていて、腕や脚が酷く露出している。己の脚も腕も丸見えでなんだか酷く俺を落ち着かない気分にさせた。なんでこんな格好させたがるんだか、ホントこいつの思考がわかりかねますよネ。
「やっぱりお前にはなにを着させてもよく似合う」
 何度も嘗め回すような視線で俺を見てから、ルキーノはほう、とため息をついてそう言った。
「………フン」
 うっせえ、男なのにそんなこと言われても嬉しくねえよばか。
 そう心の中で叱咤しながらも何も言わずに、不機嫌丸出しの表情でふいっと男からあからさまに顔を背けてやった。
「――おいおい、俺のお姫様はご機嫌斜めか?――…ホラ、こっち見ろよジャン」
 ルキーノはそんな俺を見てふわりと笑うと、俺の近くまで近づいてきてそっと俺の髪を撫で上げながらそっと促した。俺の髪を撫でるルキーノの手が妙に優しくて戸惑う。いつもは強引なくせに、こんなときばっかりコイツは…。
 フン、そんな手に引っかかってやるもんかよと無視を決め込んでから少しの間も、ルキーノは俺の髪をさわさわと撫でまくる。そうすると俺は段々落ちつかねえ気分にさせられて、ついには耐え切れずにルキーノの方をちろ、と見やった。
「―――……んだよ」
 ルキーノはすぐに得意げに顔を緩ませると、俺の体を引き寄せて抱きしめる。当然ルキーノといくらか背丈が違う俺はルキーノの腕の中にすっぽり納まって、顔はその逞しい胸板に押し付けられた。
「っ、ぐ……!く、苦しいってば、オイ!」
 ぎゅうぎゅうと抱き締められ苦しさに呻いて抗議すると、ようやっと離したルキーノが満足そうな笑みを浮かべてうっとりと俺を見る。
「―――くそ…可愛いな、ジャン」
「は、っ、なに!?」
 そっと頬を撫でられて独り言を呟くようにそう口にしたルキーノに、俺は思いっきり動揺を表に出した。愛おしいとストレートに伝えてくるルキーノの瞳に射抜かれて、俺の心拍数跳ね上がりなんだか頬も段々熱くなってくるような気がする。う、ヤバイ。これはかなり怪しい雰囲気じゃね?
「たまらねえって言ったんだ、俺だけのお姫様」
 どくどくといつもより大きく聞こえる鼓動の音が鳴り止まない。このなんともいえない雰囲気を誤魔化したくて、俺はさっきまで押し付けられていた胸板に逆戻りした。
 ぽす、と顔を埋めて火照った頬やらなにやらを見せないようにしたのもつかの間、その行動を咎めるようにルキーノの柔らかい唇がちら、と見えた俺のうなじ部分に押し当てられる。
「ひゃ!?」
 驚いて思わずバッと顔を上げてしまう。すると、これ以上無いくらいエロい――シニョーラがもしいたら一瞬で抱いてくれとすがるような色気を漂わせた、ルキーノがいた。その瞳は完全に欲にまみれて、獲物を前にした野獣の眼光そのものだ。その整った顔が小さくにやりとした笑みを浮かべて俺に囁いた。
「ぐちゃぐちゃにレイプして、もう嫌ってくらい泣かせてやるよ」
「――−っ」
 このアホ!変態!なに発情してんだ!やっぱりこういう展開かよ!
色々言いたいことはあったのに、その威圧感と美しさに思わず見惚れて、言葉を飲み込んじまう。すると、ルキーノの薄く開いた唇、その整った顔が近づいてくる。俺は、もうどうにもこうにも隠せもしない恍惚とした表情のまま、なすがままにそれを見つめるしかないのだった。ああ、もう―――どうにもしてくれ、エロライオン。


                              end

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