小説 | ナノ

  クリスマスをあなたに


 ある者は一大イベントに浮き足立ち、またある者はそんなことには目もくれず今日の寝床を探している。そんな貧富の差が激しい街――デイバンは、いよいよ冬の季節になり、今夜待ちに待ったXmasを迎えた。Xmasの装飾があちらこちらに飾られて、中心部にはXmasツリーも盛大に点灯し、街を華やかに彩っている。
「――毎年この季節になるとさぁ、あー…もう今年も終わっちまうのかーってしみじみ感じるよなあー」
 人々が行き交い、がやがやと賑わう街中。ジャンは気温のせいで白い息を吐きながら、今年の1年の思い出に浸るように街並みをじっ、と見つめた。
「フハハ、そうだね。まあ、1年なんてあっという間だしね」
「オヤジ臭いぞ、ベルナルド」
 ジャンがベルナルドの脇腹をつきながら、にやにやとした顔で笑うと、ベルナルドも苦笑いして、寒空に笑い声が響く。
「それにしてもよー、一体何処行くのけ?」
 ジャンが不思議そうに辺りを見回しながら、ベルナルドに問うた。
「まだ秘密だよ」
 ベルナルドは妙にわくわくしたような面持ちで、人差し指を唇に当て、笑う。教える気はないようだった。
「なんだよー…」
 それを不服に感じながらも、ジャンは辺りのイルミネーションに目をやった。ふ、と仕事の事が頭に浮かんで、去年の今頃なんか会合やら、パーティやら忙しくてXmasどころじゃなかったよなー、と、去年のことを思い出す。本当は今年もジャンもベルナルドも、書類とにらめっこしながらXmasを通り過ぎる筈だった。だが、今年は幸運な事に、会合もキャンセルになり、部下の心優しい気遣いで半日ーーこの、Xmas当日の夕方からはオフで問題ないということになったのだ。部下たちもXmasの予定があっただろうに、とジャンは申し訳なく思った。しかしその気遣いに甘えることにして、ベルナルドとジャンは誰にも内緒で、夕方から灯り華やぐ街へ繰り出したのだ。半日だけでも、自由に過ごせる時間が出来たのだ、ここまで寝る間も惜しんで仕事に取り組んできた二人には、最高のXmasプレゼントだろう。
「ふんふ〜ふんふ〜ん」
 そのこともあってか、ジャンはいつもよりかなり上機嫌だった。
「楽しそうだね、ジャン」
「んー?まあな〜こういうの久々でさ〜、マジであいつらには感謝しねーとな!」
 ジャンは、まだ書類に向かっているだろう部下たちの事を思った。
「あぁ、今度はあいつらにも休みを与えるようにするよ」
「ハハハ、だな〜」
 ジャンが、笑うのにベルナルドも自然と頬が緩んだ。こうして、少しでもジャンと笑い会える時間が愛おしい。ただでさえ、ジャンは今一番忙しい時期にいる、たとえ会えたとしても触れ合う時間は少ないから、こういう時間は貴重だ。この時間がずっと続けばいいのに、とベルナルドは思った。
「うう〜、それにしても最近冷え込んできたよなあ」
 その言葉にベルナルドがそっちに目をやると、本部からそのまま来たせいで、ジャンが上着一枚だということに気づく。さっきまで、ベルナルド一押しの店にいて夕飯を食べていたから、気づかなかったのだ。身震いしながら、すっかり冷え切ったらしい手先を温めるように擦り合わせるジャンに、ベルナルドは苦笑いした。
 その細い指先を掴んで、暖めることを口実に手を繋ぎたいのをぐっ、と堪える。人目が有りすぎていけない。ベルナルドは仕方なく自分が着ていた上着を脱ぎジャンの肩にそっと羽織らせた。
「ほら、ジャン」
 すると、ジャンがぎょっとした顔をしてベルナルドを見る。
「いっ、いーよ!これなかったらアンタ寒いだろ!?」
「俺は平気だよ、鍛えてるからね。それよりカポが風邪なんてひいたら大変だ」
 街角に立ち止まり、ジャンのより幾分大きいそれを取り、腕を通させボタンを止めてやる。ジャンはまだ何か言いたげだったが、結局じっ、とそれを見ていた。
「ーーやっぱり俺のだとぶかぶかだね」
 ボタンを止め終わり、ベルナルドは仕上げを見ると自分の上着を着ているジャンがあまりにも魅力的で自然と眉が下がるのが分かる。
「小さくて悪かったな……。ーーでも、さんきゅ」
 ジャンの嬉しそうで照れたような顔が、可愛いくて破顔した。そしてベルナルドとジャンはまた歩き出し、賑やかな街中を見ながら、肩を並べて笑いあった。
 暫くそうしていると、夜も深まってきて、段々人気が無くなってくる。もうすっかり辺りの人混みは減っていた。一体何処まで歩くのかと、ジャンが不思議に思っていると、突然ベルナルドが路地裏に入り、そこで立ち止まった。
「うわっぷ……、…う、なんだよう急に」
 突然立ち止まったせいで、ベルナルドの背中にぶつかるジャン。ジャンは鼻を擦りながら、ベルナルドを見上げると、振り向いたベルナルドは口角を上げて優しく微笑を浮かべた。
「目を閉じて、ジャン」
 ひた、とベルナルドの冷たい手がジャンの瞳を覆い被せるように触れた。
「うわッ、な、なに……!」
 びく、と肩を揺らしたジャンは不服そうに手を退けようとする。
「今から良いところに、連れて行ってあげる」
「はぁ?良いところ…っ、て……」
 それを阻止しながら、ベルナルドはジャンの耳元でそう囁く。
「行けば分かるさ」
 する、と手をジャンの瞼から離すと、そのままジャンの手を取りゆっくりと歩き出す。ジャンは内心どきどきしながら、目を瞑りベルナルドの後についた。
 それからコツコツという、質の良い革靴の足音が長く続いたかと思えば、建物の中に入るような音がして、視界が暗いせいでジャンは一体どこに連れて行かれて居るのかさっぱり分からなかった。不安が募るが、繋いで居るベルナルドの手からつたわる体温がじんわり暖かくて、少し安心する。
「なあーー…いつまでー…」
 良い加減目を開けたいと、ジャンがベルナルドに訴えると、ふ、と笑ったベルナルドは立て付けが悪いドアが開く。まだ肌寒い風がベルナルドとジャンを襲った。そこから数歩歩いたところでベルナルドは、立ち止まりする、と手を離した。
「さあ、着いた。ーー眼を開けて、ジャン」
 ベルナルドのわくわくした楽しそうな声につられて、ジャンはそっと、ゆっくりと、蜂蜜色の瞳を開く。
「ーーーッ、う……わぁ……!…ッ、すげぇ……!」
 ジャンは視界から突如として現れたものに、感嘆の声を漏らした。目の前に広がったものは、Xmas一色に染まったデイバンの町並み。装飾や店が灯りを灯して、煌めいてそれは美しい。それに、連れて来られたのは、どこよりも高い建物の屋上で、街中を見渡せる絶景の場所。それは、百万ドルの夜景にも負けないくらい素敵な夜景だった。ジャンは思わず手の甲を口に当てて茫然とそれを眺めると、ベルナルドがその肩を抱きよせた。
「ーーご満足頂けましたか、マイロード」
 形の良い唇から発せられる美声がジャンの耳を擽る。たまらない、なんて言えば良いのか上手く言葉が出てこない、ジャンはもう胸がいっぱいだった。
「ーーー……ッ!」
「ん……ジャン?」
 満面の笑みを浮かべてジャンの反応を見ていたベルナルドは、俯いたジャンに少し焦ったように声を掛ける。ジャンはそこでようやくベルナルドの方を向いた。
「も……、ばか……、アンタ、…格好良すぎだっつの……」
「……ッ、フハハ…、突然にオフを貰ったからこれくらいしか出来なかったんだけどね…今年はジャンにXmas気分を沢山味わって欲しくてここにしたんだ」
 寒さでなのか、それとも違う理由でか、ジャンの頬は赤く染まっていた。蜂蜜色の綺麗な瞳が揺れて、ベルナルドを見つめていた。イルミネーションに照らされてそれは美しい。ベルナルドはその赤くなった頬をそっと指先で撫でた。
「ベルナルド……、凄え嬉しい……ありがと……ダーリン…」
 いつもは憎まれ口を叩くだろうジャンは、そんなこともなく素直にベルナルドに輝く笑顔を浮かべてみせた。それにベルナルドも良かった、と破顔する。
「ーー…ハニーの為ならお安いご用さ。……ああ、それにしても、今年はジャンとちゃんとXmasが過ごせて嬉しいよ」
 いつも仕事に追われてそれどころじゃないからね、と続けるベルナルドにジャンも苦笑いを浮かべた。
「ン……俺も、だぜ…」
 恥ずかしさに少し眼を逸らしてジャンはそう返事すれば、ベルナルドの瞳が優しく細まる。そしてすい、とベルナルドの手指が伸びたかと思うと、ジャンの小さい顎を掴みそっちに向かせた。
「ッあ、……べる、……んっ…」
 びく、とジャンが反応して、ベルナルドの瞳とかちあったかと思うと、ちゅ、とお互いの唇が重なる。唇から暖かい体温が共有されて、胸がじんわりと暖かくなった。ちゅ、というリップ音と共に唇がゆっくりと離れる。
「ッン……ぁ」
 ジャンがそれを名残おしそうに見つめていると、ベルナルドがふふ、と口角を上げ、幸せそうに微笑んだ。
「ーーーメリークリスマス、ジャン」
 その格好良すぎるダーリンの姿に、それは反則だろぉ…と、ジャンは思った。でも、まだその幸せな時間に包まれていたくて、ジャンも負けじと微笑んだのだった。
「ーーーメリークリスマス、ベルナルド!」
 クリスマスの恋人たちに溢れる程の幸せが訪れますように。


END

prev / next

[ back to top


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -