小説 | ナノ

  情けの罪科


「あ、ジャン。丁度良いところに」
 本部の廊下を歩いていると、なにやら部下と話中のベルナルドとすれ違った。
「ん?なんだよ、ベルナルド」
「あのな、頼みがあるんだが…」
 頼み?俺に?
 不思議に思っていると、ベルナルドが俺の上半身ほどあるだろうデカイ虎の縫いぐるみを、持っていた部下から受け取り、それを見せた。
「ぶふっ!…ぬっ、ぬいぐるみっ……?」
 思わず噴き出しそうになるのを唇を噛んで必死に耐える。
 明らかに子供向けのぬいぐるみと、それを抱きしめて居るおじさんという凄まじく違和感ありありの絵づらに笑いがこみ上げてくる。つーか、ベルナルドが!あの幹部筆頭様がぬいぐるみって…ぶははは!似合わねー!やべーやべー写真撮りてえ!
「オイ、ジャン……?」
 半目になっていたベルナルドを見て慌てて、肩を震わせながらなんとか笑いを堪えた。
「ふッ、…っ、んでも…っ、ね……くく…っな、なんだよ……?」
「……?あぁ、コレなんだが…実はカヴァッリ顧問がロザーリア嬢にとXmasプレゼントとして用意したものでね…。そのまま渡せれば良かったんだが…生憎ロザーリア嬢は、昨日の内に旅行に行ってしまった。どうにも間に合わないからそれならという訳で頂いた代物なんだ…」
 そいつがベルナルドの内に回って来た経緯を話し終えると、ベルナルドははぁ、と溜息をついた。一通り落ち着いてきた俺もふう、と息をついて肩をすくめる。
「ふーん、旅行かー…カヴァッリ顧問も大変だあねー…んで、頼みってなに?」
「実は、コレの受け取り手を探しているんだが…なかなか見つからなくてね」
 あ、まさか……。
こういうとき俺はベルナルドの言いたい事を直ぐに察しちまう。短所だよなあと思いながら、俺は数歩後ずさった。
「頼む、ジャン。コイツを貰ってくれないか」
 そう言ってベルナルドは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、俺に虎の縫いぐるみを差し出す。
 やっぱりな!そう来ると思ったぜ…。思った通りの答えに、思わず苦笑いしてしまう。
「イヤ、要らねーよ……アンタが貰ったんなら部屋に置くなり捨てるなりしたらいーんじゃねー?なんで貰い手探し?」
 つーか、三十路過ぎた男に虎の縫いぐるみって…それどんな羞恥プレイ?ま、それ言ったらベルナルドなんか更にヤバイけどな!
「その…な、俺の部屋に置くにはスペースを取りすぎるし、捨てると何かと顧問に申し訳ない気がしてね。誰か貰ってくれないかと…」
「けど、全部ことごとく失敗に終わってる、と。…ったく…お人好しめ」
 困るぐらいなら捨てりゃーいーのに。ベルナルドはすぐカヴァッリ顧問やお嬢のことに限らず周りのことを気遣うんだから、ホント苦労性だよなあ。
 ベルナルドは何も言わずに苦笑を浮かべながら眼鏡のつるを押し上げた。じっ、とベルナルドをみると困り果てた様子でその顔には疲労が滲んでいる。……よっしゃ、苦労性の筆頭幹部様をいっちょ助けてやりますかね。
「はあー、しゃーねーなあ!分かったよ。俺が貰っちゃる」
 流石にベルナルドが不憫に感じて差し出されていたそれを受け取る。片腕で抱くように持つと、ベルナルドはホッとしたような嬉しそうな笑顔をふわりと浮かべた。
「はは…すまないジャン、助かるよ」
「んー?ま、気にすんなよ。俺との中でしょ、ダーリン。ってか、このカッコやべえ、かなり恥ずいわ」
 まじまじと抱いている縫いぐるみを見て受け取ってから恥ずかしさがこみ上げてくる。うわあ、縫いぐるみ片手に歩くカポって……ありえねー。こんな姿役員会の連中に見られたらしねる。
「フハハ、似合ってるよ、ハニー」
 ベルナルドはそんな俺を見て、手のひらを顎に当てて頷く。もうすっかりいつもの調子に戻ってやがる。
「こんにゃろ……いっとくけど、ベルナルドもさっきかなり恥ずかしい奴だったからな!」
「さあ、なんのことかな?」
 さっきの場面のことをつっこんでやると、ベルナルドは素知らぬ顔でわざとらしく首を傾げた。
「〜っ!あのなあ!」
「あぁそうだ、俺はこれから顧問のところに行かないと行けないんだ。じゃあ、またなジャン」
 俺が何か言うのを遮って、古びた時計に眼をやったベルナルドは、思い出したようにそんなことを言い残して、俺の反論にも構わずさっさと廊下の向こうへ行ってしまった。
「オイ!ベルナルド!?……はあ、ったく……」
 あいつ…とっとと逃げやがって。こんな本部のど真ん中で、こんな縫いぐるみとカポ一人が取り残される。呆れ交じりにはあ、とひとつ溜息をつくと、自分も執務室に帰るべく、縫いぐるみを隠しながらしかたなく歩を進めたのだった。

 子供はもう寝静まった深夜という時刻。
 それからなんとか執務室について、縫いぐるみを物陰に隠してなんとかばれずに仕事をひと段落することができた俺は、そいつを持ってこそこそとプライベートルームに向かった。部屋に入ると、冷たい空気が流れこんでくる。部屋は真っ暗でまだルキーノは帰ってきてないようだった。電気をつけると、あまり家具がない殺風景ないつもの部屋が現れた。
「あー!つーかれーたー」
 俺はぐっ、と腕を伸ばして背伸びすると欠伸をひとつ。どっと一気に感じる疲労感にどか、とカウチに腰掛けると、着ていた上着を脱いで無造作に背もたれに放った。
「ふう……」
 自然と口から吐息が漏れる。ここのところ年末なこともあって多忙ぎみになっていた。そのせいでルキーノともどうにも時間が取れずあんまり会えない日々が続いている。もうここ1週間はアイツとろくに話もできてねーよなあ。だからって…別に寂しいって訳じゃねーケド。ルキーノは確か今日ル・オモとの歓談って話だったから、きっとまた遅くなっちまうんだろう。アイツも大変だよなあ…俺より忙しいんじゃねえ?
「よっ、…と」
 俺は近くに置いてあったグラスを手に取り水差しから水を注いで、一気に飲み干した。ふう、と息を付いて背もたれに寄りかかった拍子に、横に置いてあった縫いぐるみがころんと、膝元に倒れてくる。
「あ……」
 縫いぐるみ特有のふわふわした感触が手に当たる。俺はグラスを置いてそれを手にとり、膝に座らせて改めてまじまじと観察した。黄茶色の毛と黒の模様で小さな耳と尻尾に、黄色のくりくりとした瞳が可愛らしさと獣の獰猛さを上手く表している。すげぇ、ナニコレかなり精巧に作られてる…本物の虎みてーだ。なんかここの毛のふわふわしたとことか…ルキーノにちょっと似ててかわいい…よな…。ということはルキーノが俺の膝に…って、縫いぐるみで何考えてんだ俺!…あ、でもなんかこの手触り好きかも。
「ーー……ルキーノ」
 ここには居るはずのない恋人の名前が口からこぼれ落ちた。反射的に虎の縫いぐるみに手が伸びてぎゅ、とそれを胸に抱きしめちまう。うわあ、俺なに言って、なにしてんだよう…!そう思うのに、腕を離すことができねえ。俺はきっと疲れも溜まってたから、少しおかしくなってるんだ、そういうことだと言い聞かせる。CR-5のカポであるこの俺がガキみてーに人形抱きしめてるなんて、誰にもみせらんねー痴態だけど、誰も居ないし今だけは、良いよな?
「…なんか……コレ良いかも…」
 ふわふわした毛並と、腕にすっぽり収まる感じがかなり気持ちイイ。コレ寝るとき抱き枕とかに使えるんじゃね?
 俺は虎を抱いてもふもふしながら、抱き枕にすべくカウチに寝そべった。お、抱き枕としてもなかなか良い抱き心地。ふあーこれ良いなーなんかクセになりそう。
「んー……?」
 なんだけど。なんか物足りない感じがするんだよなあ。……なんでだ?
 ……ま、良いか…。
 俺は考えるのを辞めて思う存分縫いぐるみに酔いしれることにした。 暫くこうして気持ちよさを堪能していると、段々眠くなってくる。縫いぐるみの暖かさと、徹夜続きで溜まっていた疲労も手伝って、俺はついうとうとしちまう。あー、ここで寝たらまたルキーノに叱られるよなあーとそんなことを考えるが、すぐ眠気に思考がとろりと溶け、動く気力もでなくなる。睡魔に襲われるまま、迂闊にも俺はそのままカウチで眠ってしまった。

「ーーーぃ、……ャン」
 ーーー誰かの呼ぶ声がする。聞き慣れたような優しい声に、さらりと俺の髪を撫でる大きな手の感触。……あったけぇ。
「………ジャン?」
 その感触にうっとりしていると再び発せられた声で、少しずつ意識が浮上してくる。 あ……これ、ルキーノの声か…。
「……ンう……、…ふぁ……?」
「……起きたか?ったく、こんなとこで寝るな、風邪引くぞ」
 ゆっくりと眼を開けると、目の前にうっすらと赤毛が見えた。いつもみたいに俺のだらしなさを叱っているのに、いつもよりその声がゆっくりと優しく、甘い。
「ン…ルキーノ……?」
 眼をこすってはっきりとした視界で確認してみると、ルキーノがカウチに寝そべっている俺を覗き込むようにして立っていた。
「おけーり…いつ帰ってきたんだよ…?」
 カウチから上半身だけ起き上がりながらくあ、と欠伸をすると、ルキーノはなんだかにやにや悪巧みしたような笑みを浮かべる。あんだよその顔…。
「今さっきだ。ただいま」
「ンぅ……るき……」
 そのまま軽くキスをされて、くぐもった声が出るがそれを大人しく受け入れる。ルキーノはいつもこうして行ってくるときと帰ってきたときのキスを欠かさない。ルキーノってホントこういうの好きよね…新婚かっつーの。嫌じゃない俺も大概楽しんでるんだけど。
「っ……くくっ…」
 リップ音と共に唇が離れてあ、と名残惜しく思ってると、ルキーノは突然可笑しくてたまらないという風に笑いだした。それにとろん、とした思考がハッとする。
「なっ、なんだよう……さっきから」
「……ぶっ、お前…っふはッ……可愛い過ぎだろう……」
「はあ?」
 ついには肩を震わせて笑い始めたルキーノにちょっとむっ、としながら首を傾げる。すぐにルキーノは座っている俺の腕辺りを指差した。
 なんだよ……、と指差された所を見るとそこにはベルナルドに貰った虎の縫いぐるみが。それで今迄にあったことと今の状況を一気に思い出してぶわ、と頭に血が上る。
「っ、ち、ちが…!これは……!」
 一気に慌てだした俺を見てルキーノはまたもや噴き出す。
「お、おま……っ、ははは!…なんだよその反応…っ、……!」
「うっせえ笑うなあ!ちげーし!」
 くっそ!こんな恥ずかしいとここいつに見られるなんて!いたたまれなさすぎて赤くなってる頬を見られないように、手に持っていた縫いぐるみに顔を押し付けた。
「くく…っ…すまん。で?一体この虎はどうしたんだ?」
 ルキーノはひとしきり笑った後、許しをこう様に俺の髪をそっと撫でた。そして例の縫いぐるみを不思議そうに見て首を捻る。
「……ベルナルドに貰ったんだよ!良いだろ別に!」
 そっぽを向いて半ばキレ気味にそう答えてやる。ルキーノはすぐに納得したようなにやにやした面で頷いた。
「はーん……ベルナルドの奴…わざとだな……ハァ、ったく……抜け目ねえ奴だぜ」
 何一人で納得してんだ、コイツ。意味の分からない言葉を呟くルキーノに呆れていると、突然何かがぐいっ、と引かれたかと思えば、枕にしていたはずの虎の縫いぐるみが俺から取り去られた。
「…あッ、なにすんだよ!」
 せっかく気持ちよかったのに!
 縫いぐるみをとられたことに怪訝な顔を向けて抗議する。ルキーノは虎の縫いぐるみより獰猛で獣臭い顔で微笑んだ。
「こんなのを抱き枕にしやがって…そんなに俺と会えないのが寂しかったのか?」
「はッ、はあ!?ばっ、んなわけねーだろ!これはたまたまで……」
 若干声がどもったことに焦る。
「へーぇ?なら、俺の様子を逐一ベルナルドに聞いていたのは誰なんだ?」
 にやにやしながら発せられた言葉に驚いて目を見開く。うそ、ななななんで……!
「っな、なんで知ってーーー」
「ベルナルドが笑いながら俺に話してたんだよ」
 思わぬ裏切り者がいやがった!かあと頭に血が登って頬が赤くなっちまう。あんのやろー!告げ口しやがって…くそう…!もう2度と助けてやんねーあんのダメオヤジ!
「っ……う」
 恥ずい。恥ずかしすぎてルキーノの顔見れねー…。俺は言い返すことが出来ずに、手の甲で顔を隠して俯いた。
「こら、ジャン…隠すな」
 すぐにルキーノがそれに気づく。叱っているのにどこか甘くて優しい声で、やんわりと手を退けられれば、赤い顔が、頬がルキーノに見られちまう。俺はとっさに顔を背けるのに、顎を掴まれて強引にそっちを向かされて、抵抗も出来なくなる。
「やっ、なんだよう……」
 ルキーノはいつ見ても見惚れるぐらい綺麗な顔に、ロゼの瞳を甘く輝かせてじっ、と俺を見つめた。こいつに見つめられて、卒倒しないシニョーラはいないだろう。俺だって例外無い、さっきから高鳴る鼓動がうるさくてしょうがない。
 そのまま吸い込まれそうな瞳から目が離せないでいると、ルキーノの顔が近づいてきて、唇が重なる。
「ジャンーー……」
「ッン!っく……ん、ふ……ぁ、なに……、るきーの……」
 軽く唇を噛まれた後、ちゅ、というリップ音とともに離された。
「ーー…本当は寂しかったんだろ?」
 腰に来る低い美声を耳元で囁かれて、俺はもうダメだった。ゾクゾクとした言いようのない快感に、身体がとろとろに溶かされちまう。ルキーノのことしか考えられなくなる。
「ひぁ……ん…、っく……」
 くったりとルキーノに身を預ければ、キスされながらカウチに押し倒された。
「縫いぐるみなんかじゃ満足出来ない身体にしてやるよ」
 ルキーノは不敵で艶やかな笑みを向けながら、そんな口説き文句をさらっと吐きやがった。このエロライオン……聞いてるこっちが恥ずかしーっつーの…。間髪入れずちゅ、と耳にもキスされて、それにまた感じて、これからされる事の期待にずく、と腰が疼いた。
 そうしてぎゅ、と抱きしめられれば、なんだ、さっき感じた物足りなさはこれだったのか、と気づいて、俺もルキーノの背中に腕を回す。隠しきれずに、口元がつい綻んだ。
 俺はもうあんたじゃなきゃ満足できねーよ、バーカ。



END

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