小説 | ナノ

  1 愛してるのはあなただけ



 変化は、いつだって突然にやってくる。それは何かをしでかすために、音も無く背後に忍び寄るのだ―――
「好きなんだ、ジャン…」
 そう、今この時に現れたように。
「―――え?」
 空を見ればどんよりと雲が空を覆い、ぽつぽつと雨が降り始めていた。サアサアと地面を叩く雨音がただこの空間を支配していた。
 ここは、ベルナルドの執務室で。椅子に座って机に肘をついているベルナルドがいて。その光景は今まで何度も見てきて前と何も変わらない筈なのに、明らかに違うことを物語っていた。
 な……?今、…なんていったん……だ?
 こんなとこに突然呼び出しといて、俺に………。―――聞き間違いか?頭が働かない俺は、ベルナルドの口にした言葉を正確に理解して飲み込むことができずに、部屋のドアの前で硬直していた。
「ハハ、えっと……悪い、良く聞き取れなかった。もういっかい、言ってくんね?」
 どこかぎこちなく乾いた笑いが口から漏れる。聴き間違えたんだ、そうだろ、うん。もっかいちゃんと聴けば、違う答えが聞き取れるはずだ。
 それにしては、あまりにも真剣にこちらを見つめている熱い視線を感じるが、そんなのはきっと気のせいだ。俺はそう結論づけた。…間違いだと思いたい、本気で。
「…ずっと、ずっと好きだった。…愛してるんだ、ジャン」
 だが、現実は非情だった。そのことは肝に銘じていたつもりだったのに。
 じ、と俺を真っ直ぐに見つめる緑色の瞳は真剣そのもので、視線は揺らぎもせず―――明らかな本気の色を示している。長いことコイツと時間を共にした俺には、直ぐにそのことが読み取れていた。ベルナルドの視線、仕草、態度、言葉…全てがそれを真実なのだ、間違いなど無いのだと―――鋭く俺に突きつけてくる。
「…なんで、だよ。なんで、俺なんだ―――」
 頭では瞬時に理解しても、心が追いつかない。感情のままに、俺の口からポロリとそんな言葉が漏れた。
 だってずっと俺の中でベルナルドは―――頼もしい筆頭幹部で、仲間で、大切な親友っていう立ち位置にいた。それ以上でも、それ以下でもない。組にとっても、俺にとっても、かけがえのない存在だ。そもそもベルナルドとどうなるなんて、考えたことすらなかったんだ。ベルナルドのアップルグリーンの瞳が悲しそうに、苦しげに切なく細められる。それを見て俺もぎゅう、と心苦しい気持ちになった。俺だってなんでルキーノを好きかなんて、…上手く言えねぇ、けどよ。でも、アンタなんて野暮ったい眼鏡を差し引いても、女からキャーキャー言われるほどの美形だし、軍隊に入ってたその身体だってむっきむきでスタイルだって申し分ないじゃんか。なのにどうして、ヤクザのカポで、抱きしめたってごつごつして胸も可愛さもないこの男の―――俺なんだ?
 どうして、そう思うのは俺にとって当然のことだった。
「――なんでだろうね。ジャンは――俺にないモノ、…俺に欠けている大切なものを埋めてくれるんだ。いつだって俺を認めて、信頼してくれて、頼ってくれるお前が嬉しくて。そうしたら、ココにいるこの組織のカポに仕える筆頭幹部として恥じないように、仕事を更に頑張るようになった。そして、お前の笑った顔や見事なその手腕を傍でずっと見ていたらいつのまにか―――…いや、違うな…。きっと俺は昔からずっとお前が好きだった――そう、……あの時にはすでに―――」
 独り言のようにぼんやり遠くを見つめ、そう呟くベルナルドは、酷く頼りなく見えた。そんなベルナルドを見ていたくなくて、言葉を遮る。
「……あ、のさ…!本気、なのかよ…?」
「……ああ。本気さ。俺がこんな冗談言うわけないってことはジャンもよく知ってるだろう?」
 そう言われれば、もう悪あがきなど到底出来そうもない。当然だが、ベルナルドは俺が望む答えを返してくれることはなかった。認めるしかないのだ、という現実がそこにあった。
 …わかってたけどよ…!
「ーー……」
 暫く、沈黙が辺りを支配した後、俺は意を決して口を開く。
「………ベルナルド。あのな…アンタの勇気を汲んで、俺も一つだけ言っておきたい。俺ーーー実は恋人が、いるんだ」
 と、真っ直ぐと静かに目を見つめてそう口にした。
「ッ、」
 すると、ベルナルドが一瞬たじろいだように、瞳を揺らし息を詰まらせた。それから小さく息を吐いて目をゆっくりと伏せるベルナルド。酷く苦しげな顔に俺も心臓が締め付けられる。ごめん。ごめんな、ベルナルド。今のこんな俺には、アンタに慰めの言葉をかけてやることも出来ない。本当は謝る資格もねえ。
「ッ―――ジャン―――…ー」
 くしゃり、と今まで見たことのないベルナルドの泣きそうな顔が、鏡の奥からちらりとみえる。…ポーカーフェイスが得意なベルナルドが、こんな表情を俺に見せるなんて。俺は少なからず事を重く感じ取っていた。
「…ああ…」
 脳裏にルキーノの顔が浮かぶ。無性に今、ルキーノに会いたい。そんな場合じゃないけど。ルキーノに――今すぐ会えたらいいのに。そんで、とびきり甘い、俺の好きなあの笑顔で笑ってくれたら…。
「…………」
「…………」
 またも俺たちの間に冷たい沈黙が落ちる。この重すぎる沈黙に頭が上手く働かずに俺は、俯いて表情を伺わせないベルナルドが口を開いてくれるのをじっと待った。
「――ひとつ聞いても、いいかな…」
 暫くの沈黙の後。ベルナルドがようやく口を開く。それにビクリとしながら俺も口を開いた。
「…なん、だよ?」
「ジャンの恋人って、ルキーノ、かい…?」
「ーーー」
 …は、…………え?
思いがけない質問が飛び出て、俺は驚きのあまりそこで返事も返せず固まる。探るような眼差しで俺を見つめるベルナルドに背中に冷たい汗が流れた。
違う!
そう言いたいのに、喉が詰まって声が出ない。数年一緒に過ごしてきたベルナルドにとって、俺のその態度は言葉よりも明らかな真実を見つけ出す事が出来た。
「……やっぱり、そうなのか……」
 思わず分かり易い反応を顔に示してしまったことに気が付いて舌打ちしたくなる。いつもならじぃサマ達に発揮している俺のポーカーフェイスぶりは、一体どこへいった。ああ、こういうとき本当に自分が単純で本当に腹が立つ。
 ベルナルドの瞳が納得したように
数秒伏せられる。次に開いた瞳にはなんの感情も映し出されていなかった。
「あ、の……ベルナルド」
「――ルキーノじゃなく、俺じゃ…駄目、なのか?」
 ベルナルドは俺の言葉を遮る。その目はさっきよりも更に辛そうに細められていた。この上なくーーー真剣な告白だった。だが、俺にはやっぱりベルナルドが望む答えを返してやることができない。どんなに責められようと、けなされようと、すがられようと、俺の気持ちは変わらないから。
 それはベルナルドを傷つけちまう事実だろう。でも、何度でも言わなきゃいけない、と俺は思った。
 それが俺にこうして気持ちを伝えてくれたベルナルドへの、せめてもの礼儀だと思うから。
「ベルナルド。…俺ーーー自分でもどうしようもねえと思うけど…アイツじゃなきゃ駄目なんだ。ルキーノ以外なんて考えられねえんだよ…。だから悪いけど、アンタの気持ちには―――」
 全てを言い終える前にベルナルドがもういいと言うように首を振って小さくため息をつく。もう、これ以上聞きたくない、そういっている表情だった。
「あぁ…ーーーよく、わかったよ。でも、俺は諦めが悪いんだ」
 そう吐き捨てたベルナルドはにやりと口元に笑みを浮かべた。だが、それはどこかぎこちなく。
「隙をみつけたら攫って、無理やり自分のものにしてしまうかもね」
 そんな冷酷なことを言っているのに、ベルナルドの顔は無理して笑っていて、酷く悲しそうなものだった。今までも、これからもベルナルドは俺にとって大切な仲間だということは変わらない。だから、出来る限りの事はなんとかフォローしたいと、うつむいていた顔をベルナルドの方に向けた、瞬間。
 ビックリする程近くに…目の前にベルナルドがいて。いつの間にこっちに移動してきたんだよ!?と思う間もなく。
「あ、ッ!」
 いつものベルナルドからは想像もできない強引さで、俺のネクタイを引きちぎる勢いで引き寄せられる。

「ッツーーーー!?」
 首筋から鋭い痛みが走り、思わず奥歯を噛み締めた。
 あ。しまった。と、思った時にはすでに遅く。
 俺の首筋にはベルナルドの噛み跡がくっきりと残されていた。少しだけ潤んだ世界で状況を把握しようと目をあけて、ベルナルドの長い髪が視界に入る。
 ぼんやりと目線を移してみたところで、ぞわりとした光景が飛び込んできた。ベルナルドがじわり、と赤い血が滲み出ている俺の首筋に――。ウソだろ……。
 はっきりとしてきた視界をもう一度確認してみる。
そこには紛れもなく、俺の首筋についた跡をゆっくりと指でなぞりながら、にたりと笑っているベルナルドがいた。張り付くような恐怖が俺を襲い、くらりと目の前が暗くなる。
ーーーやばい、ヤバいやばい。早く、早く、ここから逃げないと…。
 頭ではそう思っても、身体は硬直して動かない。恐怖にとりつかれ、ベルナルドを見つめることしかできない俺を前に、ベルナルドはただただ首に顔を埋めていた。ベルナルドのその顔は、いつもの優秀な筆頭幹部のイメージが崩れていくほどに気味が悪く、ねっとりと絡みつくものだった。きっと俺は、この表情を一生忘れられないだろう。
「ふ、…は、ハハッ……」
 ベルナルドの声が変態じみてきたのにハッとする。やばい。ーーーこのままじゃやばい…!俺の脳が盛んに警鐘を鳴らしていた。
ぐっ、と全身の力を振り絞り、なんとか恐怖を振り払って、俺は勢い良くベルナルドを突き飛ばす。
「ッう!」
 ベルナルドは俺から離れるとよろけて、壁にぶつかりそのまま崩れ落ちた。
「…っんで」
 なんでこんなことしたんだよ、そう俺が言うのがわかっていたんだろう。ベルナルドは俯いたままボソリと自嘲気味に呟いた。
「ふ、フフーー仕返し、かな…?」
 まだ何か色々言いたかったことはあった筈だけど、あまりに混乱して頭の整理がつかなくて、恐怖に後押しされるまま、急いで執務室から飛び出した。


 そんなこんながあった後。気分が沈んだまま、俺はよろよろと自分の執務室まで帰ってきた。
「よおジャン。随分遅かったじゃねえか」
 扉を開けると、俺の執務室にもかかわらずルキーノが居座っていて、思わず固まる。なんで、…ルキーノがいるんだ。
「…る、ルキーノ」
 ルキーノを見た瞬間ーーー安心感と動揺がぶわりと一気にやってきて、口から情けない声が漏れた。その途端、自分が今どんな状況か理解して俺は慌てて見えないように首元を手で隠す。
 ああ、まずい。まず過ぎる。まだ心の整理がついてねえのに。ルキーノにバレたらなんて言えば。たらりと頬から冷たい汗が流れた。
「ったく、また仕事サボって脱走してたんだろ?これだからお前は―――」
 いつもの優しい、それでいて呆れたような態度で言葉を発していたルキーノの視線が俺の首元に移ったところで言葉が途切れる。
「?…ジャン…どうした…?首が痛いのか?」
 ルキーノの不思議そうな顔。真意を探るようなその目とかち会って言葉が詰まる。
「ああ、ちょっと、…な」
 そういうと、ルキーノの目が鋭く細まった。やべえ、バレたかな…?その視線にどきり、とすると同時になんだか身体が震えてくる。なんだ、俺…。今さら…震えてやんの…。クソッ…だらしねえ。
 空いてる方の手を握り締めると、ソファーに座って書類を眺めていたはずのルキーノはその手を止め、書類を机に投げ捨てたかと思うとおもむろに立ち上がって俺の近くまで歩いてきた。上質の革靴がコツリと良い音を鳴らす。俺の前で立ち止まられて、ついびくりと身体を揺らすと、ルキーノの大きくて暖かい手がふわ、と俺の頬に触れた。
「ん?ーーどうした?」
あ……。
 ルキーノのロゼの瞳が俺を優しく見つめていた。優しい声色と穏やかな表情に強張っていた身体から力が抜けてくる。俺はルキーノの手に包まれてほっ、と息を吐いた。気持ちいい。
「…ん、なんでも……ねえよ」
 くすぐったいような、暖かい気持ちに包まれれば、もう何もかも考える事を放棄したくなって、緩く首を振る。と、すぐさまルキーノの表情が呆れたものなって、俺を見た。
「馬鹿か。全くお前は…なんでも一人で抱え込むな。こんなに震えてるくせにーーー強がりも程々にしろ」
「……!…ルキーノ…」
 気づいてたのか。だから、あんな優しく…。クソ、なんだよ……。
「……っ、」
 ルキーノ、言ったら怒るかな…。出来れば、コイツに心配かけたくねえから、言いたくなかったけど。こうなったらもう言うしかない…よな…。
気恥ずかしい気持ちになりつつ、俺は意を決して、ルキーノを見つめ口を開いた。
「あの、な………俺、ベルナルドに…告白されちまった…」
「ーーーは?……なんだって…?」
 俺の言葉に、ルキーノは鳩が豆鉄砲食らったような顔をして聞き返してきた。まあ、そりゃ…信じられないよな。俺だって今だにそうだよ。
「だから……っ、…ベルナルド、に…好きだって、言われたんだよ…、ついさっきな」
「………冗談じゃないよな…」
「マンマに誓って本当だっての……」
 思い出すから、こんな事を何度も言いたくない。俺は大きく頷いて答えた。
「……そうか……。アイツ…」
 すると、苦虫を噛み潰したような表情をしてくしゃりと、その赤い髪を乱す。ルキーノは明らかに動揺していた。俺から離れると、落ち着かないように横のカウチにぼすりと腰かける。
「っ、ぐ……!」
 その行動をつい頭を動かして追いかけると、その拍子にびりり、と首筋に痛みが走り、俺は不覚にも小さく唸ってしまった。
 ハッ、として俺とーーー俺の右手がずっと抑えている首を見たルキーノにしまった、と後悔するが、もう遅い。
「……!……お前…、まさか…ベルナルドに何かされたんじゃーーー」
 そう言って言葉通り、ざっと青ざめたルキーノは、再び立ち上がり俺に近づいてくると、隠している右手首をがっし、と掴んで引き剥がそうとする。
「な、んも…ねえって…!」
 やべえ……!!バレる―――
「嘘つけ!いいから見せてみろ!」
 慌ててそれを振り払おうと抵抗するが、すかさずルキーノが俺の腰をがっしりと掴んだ。そのせいで上手く逃げられずにルキーノによって、あっけないほどあっさりと。右手が首から離されてしまった。
「………」
 ひりひりとしびれるような痛みと空気の冷たさを首に感じた瞬間、ルキーノの動きが完全に停止して…目を見開いたまま固まっちまう。でも、次の瞬間には人を一人殺ってきましたみたいな恐ろしい顔になってた。思いっきし怒ってる……!
 背筋が凍るっての、まさにこういうことを言うのか?なんて考えながら、何か言うことも出来ず硬直する。ハ、ハハ…あああ、ルキーノめっちゃ怖い顔してんじゃんかよぉ…怖えよ…マンマ助けてー!
「なんだ、これは…」
「ッ…」
 地を這うようなルキーノの低い唸り声。これ、マジで怒ってる…?俺はルキーノの顔を見ることが出来なかった。と、その隙に今度はルキーノの指が俺の噛まれたであろう場所に触れた。
「ッあ」
 少し、ほんのすこし触れただけ。それだけなのに小さくかすれた声が口から出て、途端にカッと顔が燃えるように熱くなった。
 ベルナルドの時とは確実に違う。なんだかよくわからない心臓の高鳴りを感じて、俺の体がおかしくなっていた。なんだこれ、ベルナルドに触られたときは薄気味悪くて気持ち悪かったのに...。ルキーノに触られてヘンな声でるなんて。うわ、俺ぜってーおかしい…!
「……クソッ」
 相変わらず威圧するような顔にさらに眉間のしわを増やしたルキーノは口から暴言を吐きだした。
「………あのさ」
 言葉がつまる。ルキーノのしかめっつらが、もしかしたら今にでもベルナルドを殺しに行くんじゃないかなどと妙な不安をひきたてて。それでも、ルキーノは黙って俺を見つめて、静かに次の言葉を待っていてくれていた。なんか耐えてるみたいな顔してるけどな。
「俺……ちゃんと、恋人がいるって、言ったんだけど...諦めねえとかって言われてさ…。そしたら、油断しちまった隙にこの噛み跡残されて...…なんでって聞いたら………仕返しだ、って」
「ッ…!」
 はっ、と息を呑んだ顔のルキーノの視線が俺とかち合う。そしてその顔がすぐにさっきよりも酷い怒りの色を表していた。
「…あの野郎――――」
「る、ルキーノッ、――――あ、」
 なにか、フォローしねえと。そう思い、焦って名前を発した瞬間ーールキーノがありえない俊敏さで俺に近づいてきた。うわーーやべ。
 そう思ったと同時に、首筋にさっき感じたぐちゅりとした嫌な感触と――次には痛み。
「ッヒ、ぅッ―――――」
 痛…ってえ……!!
 俺は何故か突然ルキーノに、首筋を噛まれていた。しかもさっきベルナルドに噛まれたところと同じ。あまりの痛みに目の端に涙が溜まる。
 これ絶対血ィ出てるっての…すっげー痛ぇし、もー…なんで俺がこんな目に…。
「……ルキーノ。痛ぇよ…」
 まだ口を離さないルキーノにそう訴えると、ようやく噛んでいた口をゆっくりと離した。そのまま俺から離れてくれるだろうと思って少しホッとしたのもつかの間。何処かで覚えのある感触を感じたかと思うと、噛まれた部分にぴりっとした痛みが体を走る。
「いッ……!」
 熱く柔らかい感触。見なくてもわかる、これはルキーノの舌だ。ルキーノにさっき噛まれたところを舐められている。
「ン…」
「ちょ、…!?」
 ぞわり、と舌の感触がモロにキてーーーああ、クソ、昨日ルキーノとイタしている時のこと思いだしちまった。何をイタしたかって?……頼むから察してくれ。
「おい、ルキーノ…!何してんだよ…離せよう…」
 突飛な行動に目を丸くしながら、声をかけてみるが顔を上げることもなく。この男は俺をアイスキャンディーか何かと勘違いしているのか、飽きることもなくひたすら俺の首筋をペロペロと舐め回していた。つーか、いい加減こっちも色々とヤバいんですが。ルキーノのムスクとか、ふわふわのライオンヘアーとか頬に当たってくらくらしてくる。くそう。
「......っ」
 手持ち無沙汰な状態で暫く堪えていると、ようやくルキーノが俺の首筋から顔を上げた。ぺろりと唇を舌で舐める仕草がなんともいえない。吸血鬼かよ、アンタ。
「…ってて…...満足したかよ。つーか、なんで」
「cavolo!仕置きと消毒に決まってるだろうが。……俺以外の奴に跡つけられやがって。お前の体にあいつがつけた跡が残っていると思うとそれだけでーーーあぁ、クソ…腹立たしい」
 だからってわざわざ同じとこ噛まんでも。手加減しろよなぁ、超痛てえっつーの…!確かに、俺が油断してたのも悪かったけどよう。俺は被害者だっつの…...ホント、俺のダーリンは独占欲が強いんだから。嬉しいとか思ってる俺も俺だわ。ーーあぁ…自分の思考が心底情けない。
「俺だってあんなことされるなんて、予想外だったんだよ」
「だとしても、お前は無防備すぎるんだ。もっと警戒心を持て...…馬鹿」
 軽く頭を小突かれて、心配そうな赤いロゼのような色の瞳に見つめられると、これ以上何も言えなくなった。…あいつとは長い付き合いだから、気の許せる良い仲間だと思ってたんだけどな…。
「ハァ、こんなことになるなんて思っても見なかったぜ...。これからどうやってアイツに接すればいーんだよ」
 俺は頬をぽす、とルキーノの肩に押し付けると、小さく肩を落としてため息を付く。そのままルキーノの腕が背中に廻って抱きしめられると、暖かく伝わってくる体温に安心してそっと目を閉じた。
「......ベルナルドとは俺が話を付ける。お前はもうこれ以上アイツに近づくな」
 気持ちよさに思わずうっとりしかけて、ルキーノが呟いたその言葉にハッとして慌てて顔を上げる。
「っや、でもよう......俺がちゃんと言ったほうが――」
「駄目だ。ちゃんと言った結果がアレなんだろうが。また行ったら今度はこんなんじゃすまなくなるぞ」
 俺の言葉を遮ってルキーノがそんなことを言うのに、俺はドキリとする。悔しいけど反論できねぇし…まさにコイツの言う通りだけど、だからってやすやす頷くことなんか出来ねえ。こういうことは二人の問題だから、一対一で決着付けるべきだと思うし、ルキーノを一人で行かせるのは危険すぎて心配だった。こうなったルキーノは何しでかすかわかんねえからな…。
「分かった。だったら、一緒に行けば問題ねえだろ?」
 あんま気が進まねえけど。一人で行きたい気持ちを押さえ、精一杯の譲歩してルキーノにそう提案してやる。
「......はあ、ッたく...仕方ねぇな」
 と、ルキーノは渋々といった感じで納得してくれた。良かった、とりあえずこれで危険回避か…?
 そうして、俺たちは後日ベルナルドを尋ねることに決まり、とりあえずはホッと安堵することができた。あぁ、でも…これからどうなることやら。




To be continued.....

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