小説 | ナノ

  お菓子と悪戯


 コンコン。部屋の扉をノックされる。 風呂に入って一息ついていた俺は怪訝な顔をしてそっちを見た。もしかして部下からの緊急の連絡じゃないだろうな?
「…誰だ?」
 扉の前で警戒しながら尋ねると、よく分からない返事が飛んできた。
「ーうーうー」
「…?」
 巫山戯ているのだろうか。何処かで聞いたようなその声にもう一度尋ねる。
「誰だ」
「ーうー!」
 しかし、またも、今度は急かしたような声が聞こえて来て、不審者か?と頭を捻る。暫く考えて、仕方あるまいと俺は扉を一気に開いた。
「…なっ!?」
 扉の前に立っていたものをみて、思わず言葉を失う。
目の前に居たのは、カボチャだった。いや、正確に言えばカボチャをくり抜いたものを頭に被って、黒いローブを着ている変人だった。しかも身長的に明らかに子供ではない。俺より少し背が低い…大人か?
「とりっくおあとりーと?」
「…ん?」
 そのカボチャは俺に手を差し出すと、そう言う。その言葉に一瞬で俺は納得した。そうか、今日はハロウィンだ。このカボチャは仮装だということらしい。しかし、一般人にはあまり知られない上に、見つけにくいこの部屋を尋ねてくるなんて…いったい何者だろう。
「………」
「うーう!とりっくおあとりーと!」
 考え事をして居たせいで固まっていた俺を揺さぶって、カボチャが催促するようにそう言う。あぁ、そうか。お菓子を上げなくちゃいけないのか。確か…と、ごそごそとポケットを探る。そして、ジャンにあげようと思って持っていたキャンディを取り出した。本当ならジャンにあげたかったが仕方ない。俺はカボチャが持っている籠にぽとぽとと入れてやる。
「はいどうぞ」
「!…うー」
 笑顔を向けると、そいつはうれしそうにありがとう、と頭を下げた。
頭を下げたその瞬間、カボチャをくり抜いた穴の隙間からちらりと髪が見える。その色は、輝くような金色でーーーまるでジャンの髪色と同じような……。……ジャンと同じ…?
「ーーーまさか」
 いや、そんなはずは…?
 ビリリと電気が脳髄を流れた。その瞬間。俺はそそくさと退散しようとしているそのカボチャ頭をすかさずがっちりと掴んだ。
「う!?」
 突然のことに驚いて暴れるカボチャ。なんだなんだ、とこちらの様子を伺う為に俺に向けた瞳はやっぱり綺麗な蜂蜜色で。あぁ、そうかと確信した俺は笑いながら声をかけた。
「とっても可愛い仮装だね、ジャン」
「…!?」
 ぎくり、と反応したのが解る。思った通りだった。このカボチャ頭を被っているのは間違いなくジャンだ。
「ううー!うーう!」
 ジャンは首を振って必死に違うとアピールしている。もうばれてるっていうのに、可愛いなあ。
「隠したってだーめ、ちゃんと分かってるよ」
「うーうーう!」
 俺は、必死に首を振って後ずさりするジャンの腕をがっちり捉え玄関に入らせて扉を閉めると、ごつごつしたカボチャをズボッと頭から取り去る。ふわり、と金色の髪が揺れ、カボチャ越しではない蜂蜜色の双眸が俺をとらえた。
「ーーほら、やっぱり」
 ジャンだ。にやり、と笑顔を浮かべると、ジャンはふくれっつらをする。とても不機嫌そうだ。なにか悪いことでもしただろうか?心当たりがない。
「…ジャン?」
「ーーなんで気づくんだよう…、仮装してたのに!」
 ジロリと俺を睨むジャン。どうやら俺に気づかれ指摘されたのがお気に召さなかったらしい。
「たとえ仮装していても、俺にはジャンセンサーがついてるからね。すぐに解るんだ」
「なに当然の様にのたまってんだこのやろ」
 そんな風に悪い口を叩いているが、ジャンの頬が少し緩んでいるのが解る。照れ隠しだ。
「当然のことだからね。…それで、どうして俺に気づかれないようにしていたんだい?」
 ジャンはあからさまに声色まで変えて、俺に気づかれないようにしていた。ハロウィンだというのは解るが、別に誰なのか隠す必要はないだろう?
「ーーそ、れは……」
 疑問を口にすると、ジャンは口ごもり俺から目を逸らした。
「ん?」
「…な、なんとなくー…じゃ、だめ?」
 こてん、と首を傾げて困ったようにこちらを見つめるジャン。とてつもなく可愛い、…が。
「だめ」
 ちゃんと言いなさい、とばかりに視線を合わせると、ジャンは恥ずかしそうにちらりと此方を伺う。そして薄く口を開いて何かを発しようとしてまた閉じた。
「…やっぱ、言いたくねー」
 強情だなあ。まあ、そんなところもたまらなく可愛いけどね。つーん、とそっぽを向くジャンに困った様に笑みを浮かべると、その細い腰をぐ、と引き寄せた。
「ーージャン」
 驚いてこっちを向いた隙に、その小さく色づいた唇を奪ってやる。
「ッちょ…!ッ、……んふ、ぁ…ン…」
 ジャンは首を振ってほどこうとするが、させまいとがっちりホールドし、薄く開いた唇に舌を這わせてやる。
「ん…」
 すぐにジャンはとろんとなり、もっととねだるように腕を俺の首に回した。それに目を細めながら、するりと舌を滑り込ませる。
「ふ、…ッン…んぁ…」
 舌を絡ませて軽く吸うと、甘い吐息が鼻を掠める。そのまま深く味わうことはせずに歯列をなぞりあげて、舌を離すと、ジャンが、ぁ…、と名残り惜しそうな声を上げた。
「や、……べる…なるど…」
 潤んだ蜂蜜色が上目遣いにこちらを見つめる。もっとして欲しいって顔に書いてあるよ、ジャン。しかし、俺はそんなジャンを見つめるだけで何もしない。
「……ん」
 ジャンはなんでキスしてくれないのかと不思議そうな顔をしつつ、俺に手を伸ばして続きを強請った。その彷彿とした表情ににやりと笑みを浮かべながら俺は口を開く。
「これ以上はダメだよ」
「ッ、…なんでだよう……!」
 そのぷるぷるの唇に人差し指をおいてそう言ってやると、途端にジャンはお預けを食らった犬よろしく落ち着かなくなる。
「これ以上が欲しければちゃんと教えて貰わないとね」
 ジャンの前に餌をちらつかせる。
「…教えるって?」
「ーー…理由。さっき俺が聞いた質問の答えを教えて?」
 にやと笑って、そう言うとジャンはうー、と恥ずかしそうに暫く視線を彷徨わせた。
「ーー…そんなに知りてぇの…?大した理由じゃないぜ?」
「知りたい」
 即答するとジャンははあ、とため息をついて諦めたように頷いた。
「ーー…わーったよ…なら、中で話そうぜ」
 いつまでも玄関にいるのもアレだし、と口を尖らせるジャンに、それもそうかとジャンを部屋に招いた。
 ばたばたと歩いて、カウチに二人並んでどかりと座る。
「コーヒーでも飲むかい?」
「ン、飲む」
 俺はテーブルに置いておいたカップに少しぬるくなってしまったコーヒーを注ぎジャンに渡した。ジャンはそれをゆっくりと口に運ぶ。ふう、と息をついたところで俺は話を切り出した。
「で?教えてくれるのかな?」
 ぎくり、と反応しつつも、仕方ないと諦めたジャンはおずおずと口を開いた。
「……ソノ、今日ハロウィンじゃん?」
「うん、そうみたいだね」
「だからさ、悪戯」
「え?」
悪戯?どういうことだろうか?
思わず聞き返してしまうと、ちら、と俺を上目遣いで見たジャンはふ、と笑った。
「……ベルナルドを驚かせたかったんだよう。……アンタ今日、ずっと書類仕事ばっかしてたからさ」
 ジャンはそう言って、恥ずかしそうだが、幼い子供のようにあどけない顔で笑った。
「こういう日はやっぱ楽しまねーとさ、損だろ?」
 頬を染めながら、嬉しそうにはにかむジャンを見て、ふ、と顔に自然と笑みが浮かんだ。
「ッ、ーーー全く、お前には敵わないな、ジャン」
 本当に敵わない。この頃は月末ということもあってこうしてジャンと話す時間がなかなか無かった。それで俺が少し行き詰まっていることを、きっとジャンは分かっていたんだろう。こうしてイベントに託けてそれとなく俺を癒してくれる存在が、たまらなく愛しい。
「ハハ、当然よ、ダーリン」
 蜂蜜色の瞳が嬉しそうに蕩けるのを見つめながら、そっときらきらと輝くその金髪を梳いた。
「なあ、ジャン」
「ん?」
 俺はジャンの髪を弄りながら、ふ、と思い浮かんだことを口にする。
「今日がハロウィンってことは、俺にも参加する権利があるはずだよね?」
「……え?そりゃあ…あるだろ?」
 なんでそんなことを聞くのかと不思議そうに首を傾げるジャンに、そっと笑ってやる。
「じゃあ、勿論俺もジャンに聞いてもいいよね?」
「聞くってーーーえ……、…え?まさか…?」
 察したジャンがはっ、とした様に俺を見、冷や汗を垂らして俺から遠ざかろうとする。流石ジャン、察しがいいね。すかさずその腕を捕まえると、にやりとした笑みを浮かべながら、例の言葉を発した。
「トリックオアトリート?」
「ッ、…うっ、…いやアノ…俺は貰う専門だから!……ホ、ホラ…仮装もしてるし!」
 焦りながら必死にそう主張するジャンに、俺は悪いにやにや顔をする。
「ほう、お菓子は持ってないんだね」
「う、」
 言いよどんだジャンを見て肯定だと受け取る。思ってることが顔に出るそういうところも凄く可愛い。俺はニコリと完璧なお手本ともいえる笑顔を浮かべ呟いた。
「なら、悪戯決定だ」
 腕を振りほどこうともがくジャンをこっちに引き寄せて、座っている俺を跨がせるような体制にする。
「ッう、わ!……お、おい…!な、なに」
 突然のことにたじろぐジャンの頬にちゅ、とキスをして不敵に笑う。
「お菓子がないんだから、悪戯させて貰わないと。…ね?」
「え、や、ちょっ、ベルナルド…!?ど、どこ触って……」
 俺はジャンを前に舌なめずりしながら、する、とシャツを下から捲り上げて、その滑らかな肌を撫で上げた。すると、びく、とジャンの肩が跳ねる。ぼっ、と頬を染めるのに可愛いな、と口角が上がるのが止められない。俺を見下ろす潤んだその蜂蜜色の瞳に、はっきりと欲望と困惑の色が垣間見えたのに愉悦を覚える。そういえばさっきのキスの続きもまだだったしね。
「さあハロウィンが終わるまで、たっぷり楽しもうか、ジャン」
「ヒッ……!う、うわあああああああああああああぁ………!」
 悲鳴を上げて俺に押し倒されたジャンが、それから翌日になって指一本動かせずに起き上がれないような状態までになってしまったのは言うまでもないだろう。


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