小説 | ナノ

  甘い恋人に睡眠薬


「ふい――さっぱりぃー」
 体にバスローブ、肩にタオルという格好で風呂場を出ると、カウチで先に酒を煽っていたルキーノがこちらを振り返った。ふわりと赤毛が揺れてはためくのが見えて俺は数秒固まっちまう。はあ、なんでこっち振り返るだけでそんな格好良いんだよこいつ…見惚れてなんかねーしチクショウ。くそう、俺も酒飲も。
「オイ、ジャン。ちょっとこっち来い」
 テーブルにあったグラスに手を伸ばそうとしたところで、座っていたルキーノが手招きする。
「?…なにヨ」
「いーから来い」
 なんかスッゲー怪しいんですケド。内心不審に思いながらも、俺はルキーノに近づく。すると、ルキーノのゴツイ腕が俺を掴んで引っ張り強引にルキーノの隣に座らされた。
「ッ、うわっ、なんだよ!」
 突然のことに俺が驚いてびびっているのもお構い無しに、今度は俺の肩にかかっていたタオルを取りやがった。なんなんだよもう、さっきから!
「なに、っわぷッ」
「まったく、風呂出たら髪はちゃんと乾かせっていつもいってるだろーが」
 ルキーノはそのタオルで俺の髪を包み込むとわしゃわしゃと掻き回した。なんだ、そういうことか…しかめっ面でなんも言わねーから怒ってるのかって、なにされるかひやひやした。イヤ、現在進行形でちょっと怒ってますし、原因は俺にある訳ですケドも。
「なんでいつも乾かさないで出てくるんだお前は...」
「だあって面倒だロ?髪なんか乾かしたって乾かさなくたって一緒じゃねー?」
 しょうがねえなあとため息をつくルキーノに、つい出てしまった本心を口に出すとギロと睨まれた。うお、怖ぇえ…。髪に関する事はルキーノは厳しいからコワイわん。
「そう言ってこの前、髪乾かさないで寝たらどうなった?」
「うぐ…」
 やばいくらい見事に寝癖がつきました。ぐうのねもでない。
 その日は運悪くお偉方と懇談会の日でカポが寝癖なんかつけてるとやばかったんだよなあ。スゲー直すのに苦労するわ、ルキーノにこってり絞られるわ、イヴァンにはからかわれるわ、散々だった。俺は、一連の出来事を思い出してげんなりとする。
「ンー…でも、いちいち乾かすのって面倒くせぇんだよなあ……、あ!そーだ、じゃあルキーノやってくれよ」
「あ?」
「ルキーノが乾かしてくれたほうがキレーになるし、キモチイーんだよ。それに、アンタ俺の髪触るの好きダロ?」
 ルキーノを振り返ってタオルの隙間からちらりと笑顔を向けると、ルキーノははあとため息をついた。
「それはそうだが…それじゃあますます自分で乾かさなくなるだろ。それに、習慣がつかないぞ」
「それでよくね?だって、これからもずっとルキーノに髪乾かしてもらえるじゃん。そしたら、アンタの手で俺今よりもーっとぴかぴかに変えられちゃうかもヨ?」
 体を反転させ、向かいあう様にして俺はルキーノの首筋に腕をまわす。にやにやと口元を緩めながらおふざけ口調でそういうと、ぴたりとルキーノの手がとまった。俺を変えるっていう単語に反応したらしい。アンタ、俺を磨くの好きだもんなあー。
「……っ、…ったく…やってやる」
「んふふー、やったぜー。ダーリンやっさしー」
 最後には俺をあまやかしてくれるそういうところ好き。
「ま、金髪わんわんのトリミングは主人の役目だからな」
「犬じゃねーっつの」
 ふわふわの赤髪を軽く引っ張ってやると、ルキーノのセクシーな口元が上がり喉奥でくく、と笑うのが分かった。なんだかんだでルキーノも楽しそうだよな。
 そうこうしているうちに、ルキーノのトリミングは終了した。
「ホラ終ったぞ、ジャン」
「ん、Grazie!」
「prego.」
 ふいー、さっぱりしたぜ。やっぱ、人に乾かしてもらうって気持ちいいよな。
 俺は座っていた体勢からカウチの空いているスペースに足をあげた。そのまま体を横にすると、座っているルキーノの膝の上にぽすんと頭を乗せる。
「っ、ジャン?」       
 このまま離れてしまうのも名残惜しかったから、俺はもっと甘えることにした。最近仕事の方がバタバタして、ルキーノとこういう風にゆっくり過ごせなかったからなー。でも、世話妬いてもらうのが嬉しいとか、もっと世話を妬いてもらいたいとか考える俺って…結構思考が桃色になってるわー。うう、恥ずい。
「なんだ、あまえたがりか?」
 俺は、自分でしておきながら気恥ずかしくなって、誤魔化す様にそのたくましい腹筋にぐりぐりと顔を押し付けた。
「うーわんわん」
「はは、やっぱ犬じゃねーか」
 構ってほしいと態度で表すとルキーノは楽しそうに俺の金髪をなでた。ホント、金髪大好きなんだから…ちょっと妬けちゃうワ。
「もーいいワ、犬で…」
 こうやって髪撫でられてっと、なんかもーどーでもよくなってくるなァ。ルキーノの匂いと暖かい体温がスゲぇキモチイイから、このままだとすこーんと寝ちまいそうだ。
 つーかもう、寝そう。やばいっつの。
「…ルキーノ、俺もう寝そー」 
「あー、ここんところ激務続きだったから無理もねぇな。じゃあホラ、ベット行くぞ。ここで寝るな、ジャン」
「ンぅーねむい…つれてって、だーりん…」
 眠気で起き上がるのもだるいから、ルキーノに腕を伸ばしてあまえる。すると、はあとため息をついたルキーノが俺の背中と膝裏に腕をまわした。
「っ、…まったく…とんだ我が儘お姫様だな」
「うっせ姫ゆーなあ…」
「はいはい」
 くすくすと笑うルキーノに寝ぼけながら悪態を付くと更に笑われる。そのまま俺はルキーノに姫抱きをされ、寝室へとつれていかれた。
「ホラ、ジャン。ついたぞ」
「ン。っや、ルキーノもここ」
 そっとベットへおろされた。離れていく体温と冷たいシーツを感じて、俺はとっさにルキーノの腕を掴んで自分の隣に引き込む。
「お、っと…なんだぁジャン、今日はずいぶん積極的だな?」
 にやけた面で俺の身体を弄ってこようとするルキーノの手をバシリと叩いてやる。
「そーいう意味じゃねーっ…。今日はシねえの…」
眠いし。
「おいおい…。お前が目の前にいて可愛く誘われてるっつーのに、それは拷問だぞ」
「さっ、誘ってねーし―――――イヤ、なん…つーかさ…アンタとこーやってゆっくり時間過ごすの久しぶりで、今日はベットで寝るだけにしてーつーか…」
 俺は枕に顔を埋めながらごにょごにょと話す。
「まあ、いつも時間が出来たらお前を犯してたからな」
「ッそ、そういうこと、はっきりいうな...!このエロライオン」
 せっかく濁して言ってたっつーのに!
「ホントのことだろ。…ま、たまにはいいか、こういうのも」
「ン…」
 ルキーノは隣で俺の方を向くと、俺を抱き寄せて腕の中に閉じ込めた。ふわ、と香るルキーノのムスクに俺はたまらなくなる。ああ、やっぱルキーノは俺専用の睡眠薬だわー、いるとすげー安心するから眠くなっちまう。思わずぎゅ、と腕を背中に回す。
数日ぶりの恋人の暖かさ。どくどく、という規則正しい鼓動が聞こえる。俺は安心しきってゆっくりと目を閉じた。
「おやすみ――――ジャン」
 そっと髪をかきあげられながら、優しい声で囁かれる美声。
 あぁ、やべーもう寝ちまう。
 ちゅ、と額に暖かい感触を感じて、その心地よさに口元を緩めながら、俺は睡魔に身をまかせたのだった。

                
END

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