小説 | ナノ

  「―― Buon Compleanno,My darling!」


 俺が腕の中で穏やかに眠っている愛しい恋人の寝顔を見て起床したのは今朝のことだ。満たされる幸福感をこれ以上ないくらい味わって、しばらく見つめていると彼の睫毛が震えて綺麗な蜂蜜色の瞳がうっすらと現われた。
 俺のお姫様がお目覚めらしい。
「おはよう、ハニー」
 まだ寝起きでぼーっとしているその顔にちゅ、と軽いキスを送る。
「ん…はよ…ぉ」
 まだ寝起きでぼーっとしているのかちらと俺を一瞥してから眠そうに生返事を返すジャン。その声が少しハスキーになっているのは、昨日あまりにジャンが可愛すぎて自制が
効かなかったせいだろう。
やりすぎてしまったことに少し反省する。俺はジャンのこととなると途端に自制が効かなくなってしまうのだ。ジャンのあちこち色濃く残る情事の跡のなんて艶やかなことか!また顔を出しそうな欲望に、際限ない自分の欲望が恐ろしい。
しかし、これも仕方ないことだと思う。ジャンが俺にキスして、「べるなるどぉ…」と俺の名を甘い声で呼び、快楽の楽園へいざなうのだから。そんな可愛い姿を見せられてスイッチが入らない俺は病気か、死んでいるだろう。
「なあにニヤニヤしてんのよ?」
 ジャンに頬をつねられて俺は上の空だった意識を引き戻す。
「ジャンの寝顔を見て、幸せを感じてたのさ」
「ハハッ、ばぁーか」
 俺の言葉にジャンも嬉しそうに破顔して俺もそれに笑って。それからしばらく他愛もない話をして、俺達はお互いスーツに着替え本部に向かう支度を整えた。
「よし、じゃあそろそろ出ようか」
 時計に目をやると、もう本部に行かなければならない時間だ。ジャンにそう声を掛けると、背後からぐい、と腕をひかれる。
「ん?」
 振り返ると、ジャンのどこか照れたような、恥ずかしそうに目を泳がせる可愛い表情がそこにあった。
「ホントは、さ。今日になった瞬間に言おうと思ってたんだケド。アンタが、ソノ…俺の意識トばしたから…言いそびれた。」
 その言葉の意味を察して思わず頬が緩む。彼の頭の片隅に俺のことが存在するのが嬉しい。それだけだが痺れるような陶酔感が俺を襲った。ジャンから貰う色んなものは、いつも俺を包み込むように暖かく、でもどこか焼け付くようなものを秘めていてとても甘美だ。一度でも味わってしまったらもう離れることなど出来ない、毒のようなものだと思う。俺は嬉しさに頬が緩んだ。
「覚えていて、くれたのかい?」
「…当たり前ダロ。何年あんたのハニーやってきたと思ってんだよ」
 その言葉が嬉しくて、俺は思わずジャンを引き寄せて腕の中に閉じ込める。じんわりとジャンの体温が伝わってきて暖かい。胸一杯に幸せなこの気持ちをもっと味わうように、ジャンの金髪に顔を埋めるとくすぐったそうなジャンの笑い声が耳に届いた。

「―――― Buon Compleanno、ベルナルド」

「……ありがとう、ジャン――――愛してるよ」
 望んでいた言葉が貰えて、俺はお返しとばかりにジャンの髪にキスを送る。
「ン……俺も」
 しばらくそうして抱き合っていたかったが、さすがにもうそろそろ時間がなくなってきていた。離れて、どこか名残惜しそうなジャンの眼とかち合う。俺も離れたくないよ、ジャン……このままお前と二人、どこか遠いところへでも行って過ごせたらどんなに素敵だろう。だが、実際問題そんなことができるはずがない。もう一度抱き寄せようかと思案していると、ジャンが口を開いた。
「あ、なあベルナルド。今日あんた遅くまで仕事ないよな?」
 何かを思い出したように顔を明るく綻ばせてそんなことを言うジャン。
「…ん?ああ、ジャンが本部に戻る頃には俺も一段落ついてると思うよ」
 ジャンは今日、午後のティータイムの時間からお偉方と集まっての会合だ。爺ころがしが上手いジャンは、定期のこの会合では大層気にいられたそうで、よく付き合いのため帰還が長引く。おそらく、今日も長引くだろうから終了するのは夕方ぐらいだろうか。
「今日は机仕事ばかりで外に出る用事もないしね」
「なら、仕事終ったら、俺の部屋集合な!」
 そういってジャンはにかっと笑う。
「え?ま、まさか…ジャ、ジャン……!誕生日だからってサービスしてくれるのかい!?俺がこの前買ってきた服を着てくれるとか……オニイサン滾っちゃうなァ…」
 まさか、ジャンがそんなサービス精神旺盛とは。フハハ、誕生日万々歳だな。
「ッ、うわ何処触ってんだばか!ちげーってそういう意味じゃねーよ!すぐそっち方面もって行きたがんなエロ親父!」
 そんなことを考えつつジャンに触っていると、髪を引っ張られる。痛い、髪、髪はやめてくれジャン!俺が悪かったから!
「じゃあ、なんでだい?」
「………ぁ、あんたの…誕生パーティ、やるんだよ………!わかってるくせに、言わせんな…」
 そういって頬を染めるジャン。
「!……フハハ、それは素敵な招待状だ。ありがとうジャン、是非招待を受けさせてもらうよ。」
 ジャンがパーティを開いてくれる。俺はたまらなくなるのを笑って誤魔化した。普通は、誕生日の本人―――つまり俺が、主催で人を呼んでパーティを開くのだが、この年になって忙しさもあいまってパーティは開かなくてもいいだろうと思っていた。だが、恋人であるジャンが俺のパーティを開いてくれると言う。ジャンにこんなに思われて―――俺は、なんて幸せなんだろう。こんな幸せ自分が与えて貰って本当に、いいのだろうか。
「ン。なら…イイケド。俺がラブコールするから、したら部屋にすぐ来いよな。」
「仰せのままに。ジャンのラブコールを楽しみに待ってるよ。」
 ちゅ、と唇に軽いキスをして、それから俺達は喜々として仕事に向かうのだった。

―――――――

――それから仕事も終了し、もう夕方。
 俺は、ジャンから電話が来たら、すぐに部下に後を任せて行こうと電話を待ちながら書類の整理をしていた。
 すると、すぐにジャンだと分かる音で電話が鳴る。
「!」
ジャンだ。終ったのだろうか。
「ハロー、朝方ぶりネ、ダーリン。......」
「やあ、マイハニー。調子はどうだい?」
 ジャンの声を聞くとほっとする。いつものおふざけの口調で話すと、ジャンの声が急に沈んだのがわかる。
「んー…まあまあよ…」
「?どうしたんだい」
「…ワリ、あのさ…会合、長引きそうなんだわ。爺さん達に捕まっちまってさ…」
 電話越しにジャンのすまなそうなそれでいて残念そうな声が聞こえる。やはりそうか。
「いや……そうか。…それより、今電話していて大丈夫なのかい?」
「ン、それはへーキ。隙付いてかけてるからサ。帰るのは遅くなっちまいそうだ…すまね え、せっかく誕生日なのに」
「お前が気に病むようなことじゃないさ。俺の方は気にしなくていいから、会合頑張っておいで」
 ジャンにそうフォローをかけると電話越しに落胆している様子が解る。だからなるべく明るい声を出すよう努めた。残念じゃないのか、と聞かれたらそんなはずはない。しかし、いくら私情があったからといって、仕事はないがしろにする訳にはいかないし、俺たちはプライベートを犠牲にして働かなければならない身だ。俺はそう考えていた。
「…あぁ、本当悪りいベルナルド…ーーあ、俺の部屋で待っててくれよな、そしたらパーティやろーぜ」
「――わかった、待ってるよ。いつまででもね」
ジャンがそう言うのに俺もニヤリと笑って返事を返す。
「―――ん。じゃあ、な。ベルナルド」
「ああ、また…」
 それから、ジャンの声が聞こえなくなり通信は切れた。ああ、もうジャンと話せなくなってしまった。
「………」
「あの、コマンダンテ?」
 もう通信の切れた電話をいつまでも持っていると、部下に声をかけられる。
「あ、いやすまない、なんでもないんだ……俺は先に帰る。後を頼んでもいいか?」
「は、はい…お気をつけて」
 俺はそれからさっそくジャンに言われた通り、ジャンの部屋に向かうことにした。部屋の鍵は、お互い持ち合わせている。
 その部屋にジャンがいることはないと分かってはいても、行かずにはいられない。ジャンに待っていると言ったから。俺は本当にあいつに溺れているな…。
 自重気味に笑うと、部屋の鍵を差し込んで開く。かちゃりと音がしてから扉が開いた。
 そしてノブに手をかけ、その扉を開けた。ーーー瞬間。

PAM!!PAM!!

 そんな発砲音が部屋中に響き渡る。なんだ!?と思わず身構えると
「ハァイ、ダーリン!」
 そんな待ち望んでいた声とともに、目の前が金色包まれた。

「なッ、ジャン……!?」
 そう、目の前にいたのは、さっきまで考えていたはずの、会合に出ていたはずの――愛しい恋人ジャンカルロだった。
「ど、どうしてジャン…、おまえ会合は…?!」
「ウフフ、あんたのその驚いた顔が見たくて………サプライズしちまった」
 てへ、とジャンの本当に嬉しそうな笑顔が目の前にあった。ジャンの右手を見ると、クラッカーの残骸が握ってある。さっきの発砲音の正体はこれだったらしい。
「もー大変だったんだぜ?会合終ってから隠れてここまでくんの。部下に口止めしたりさー。ダーリンに電話したときなんか、嘘ついてんのに罪悪感湧いちまってて、ついうっかり口走りそうになったし」
 口を尖らせてぺらぺらとそんなことを喋るジャンを見ながら俺はほうけていた。
これは、夢、なのか。もしかしたら都合の良い夢をみているのかもしれない、そう思うほど感動でほうけてしまう状況だった。
「じゃ、じゃあ…さっきまでのは―――」
「そ、全部俺の演技でっス。ベルナルド鋭いから気づいちまうかとひやひやしたぜ。」
 あの電話の内容は嘘で、ジャンは本当はもう本部に帰ってきていてここの部屋で電話をかけていたのか。仕事のことばかり考えていたせいで全然気が付かなかったよ。
「―――ジャン……!」
「ばあか。何泣きそうな顔して笑ってんだよう。もう…こんくらいで、しょーがないおじちゃん」
 ジャンの手が俺の頭に伸びて、頭をゆるく撫でられる。俺は思わず涙を零してしまいそうになるのを必死に堪えた。
「ありがとう、ジャン……。お前がいてくれて、よかった……本当に」
「…ハッピーバースデイ、ダーリン」
 ちゅ、とジャンが俺の手を掬い、手の甲にキスを落とす。ああ、と俺が破顔するとそれを見たジャンも表情を崩して。
 それから2人でひとしきり笑い合った。
 なにがおかしいのか、とにかく幸せで…それを確かめるようにお互いどちらともなくキスを仕掛けて。
「愛してる、ベルナルド…来年も、再来年もずっとこうして誕生日を一緒に祝おうぜ!」
 普段なら恥ずかしがって言わないような言葉を、ジャンはしっかりと俺の目を見て誓ってくれる。それに驚きながらも、嬉しい気持ちがぐっ、とこみ上げた。自分の誕生日にこんなに感謝したことは今までないだろう。俺も同じく頷く。
「ッああ!俺も、愛してるよジャン。これからもずっと一緒だ」
そういって俺たちは抱き合った。
 未来がどうなるかなんてわからないけれど。ーー願わくば、一日でも多く共に居られることを。



                               END



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