小説 | ナノ

  幹部筆頭の愛しい人


 時刻はもう真夜中。電話の側を離れられないようなハード極まる仕事をようやく終えた俺は、銀行通りにあるいつもの部屋の前までやっとの思いでたどり着いた。
 はあ、と思わず口からため息が漏れる。もう午前3時過ぎだ、きっとジャンは、ベットの中で夢の世界を満喫している頃だろう。
 今日は――いや、今月は、月末ということもあり忙しさがピークを迎え、俺は書類やら部下からの報告待ちに追われることになり、本当に忙しかった。
 だから、今まであまりこの部屋に帰ってくることが出来ずにいて。今日になってようやくピークを過ぎ一息つけそうな気配になってきたので、後を部下に任せてようやく俺はジャンのいるこの部屋に訪れることができている。
 休むだけならばどこでも済ませられるだろうが、ジャンがいる部屋はここだけだ。俺は暫くろくに会話も出来ていない恋人の顔を見て、もう数時間しかないだろうが―――幸せな眠りにつきたい。あぁ、久しぶりのジャンのぬくもりを感じたい。そんな渇望した何かを満たすべく、俺はそっと扉を開き足音をたてないよう中に入った。
 ひやりとした空気が俺の頬を撫でる。そっと扉を閉め、ジャンがいるであろう寝室に入る前に、キッチンへ向かった。ジャケットを脱ぎネクタイを緩め、コップに水を一杯汲むと、コーヒーの苦味が残る乾ききった舌を潤す。
「はぁ…っ」
 喉を通った水が冷たく心地いい。
 そう感じると同時にたまっていた疲れを自覚させられる。肩がずしりと重い…今更疲れを感じるとは、な。自嘲気味な苦笑が口から零れた。
 どうやら仕事をしている間は集中しすぎて疲労にまでは頭が回らなかったらしい。昔は、これぐらいの徹夜なんて屁でもなかったが…年のせいとはなるべく考えたくないもんだな…。
「さて、と」
 気分を切り替えるように俺は愛しい恋人がいる寝室へと足早に向かった。暗闇に包まれていた寝室の扉をなるべく音を立てないように開く。そして中に滑り込むと、俺はベットの膨らみから枕を流れている金色の髪を見た。
 ジャンの髪はこんなに暗くても見えるほど輝いていた。俺はジャンが寝ているベットの開いているスペースに、起こさないよう腰掛けるとジャンの顔をそっと、覗いてみる。
「…ジャン―――」
 彼は蜂蜜色の瞳を瞼の裏に隠し、規則正しい寝息を繰り返していた。その端正な顔立ちはどこか笑っているようで。もっと近づいてみると、うっすら開いた柔らかそうな唇から零れる甘い吐息が、俺の頬を掠めて―――――あぁ……ジャン!お前はなんて罪作りなんだろう。そんなに無防備な寝顔を、ジャン不足が甚大な今の俺に向けるなんて。
 俺は耐え切れず、きっと酷い顔をしているだろう顔を手で覆った。ジャン、今のお前を俺以外の狼達の目に触れさせてみろ、一瞬であいつらの餌食になるぞ…。
 こんなことの度いつも思うことだが、ジャンは天使のようだと思う。お前の笑った顔や俺の前で時折みせる顔、恥ずかしがった顔、なにもかもが可愛いくてたまらない。聖母マリアのように広い心で俺を包んだかと思えば、一瞬のうちに思わず崇拝してしまうほどの存在になってしまう。そんな彼が愛しくて愛しくて、どんなに言っても言い足りないほどに可愛い。だからジャンはいつだって、俺の心を掴んで離さない。俺だけでなく、他の奴等ごと虜にしてしまうのが難点だが。
「全く、お前には一瞬たりとも目が離せないよ」
 俺はジャンの髪の一房を手にとり唇を寄せ軽くキスを落とした。
 そのまま起こさないよう髪を梳って、俺もジャンが寝ている隣に横になる。
「っんぅ…」
 ジャンの声に、起こしてしまったかとどきりとした、が目は開いていない。ベッドに乗り上げるとギシリと音を立てた。ジャンは俺の気配に気が付いたのだろうか、にじりよってきてそのまま俺の胸板に到達し、そこに顔を埋めてくる。
「っジャ……」
 声をかけようと彼に目を向けると、さっきよりも確かな微笑みで安心しきった、それでいて幸せそうに眠りについていて、ドキリとする。
 ジャンの腕がしっかりと俺の背中に回っているのがなんともいじらしい。俺の恋人は、なんて可愛いんだろう!
「ジャン……」
 たまらない気持ちになって思わずぎゅうと力強くその体を抱きしめると―――
「ふ……?…んあ…、…あれ……べる…?」
 苦しかったのか目が覚めたらしいジャンの声が、耳に届く。そっと体を離しジャンをみると、ねぼけた顔で眠い目をこする可愛い恋人がいた。
 眠気でとろけている蜂蜜色の瞳が俺を見つめる。それはとても扇情的で。あぁ、俺はお前がどこかで攫われないか本気で心配になってきたよ。
「おはよう、ハニー」
「ん、はよ……う…?」
 ジャンはきょろきょろと辺りを見回し、まだ朝ではないことを知り、眠そうにあくびを一つ。
「ん…今帰ってきたのか?」
「ああ。起こしてしまったな、すまない」
 そっとジャンの髪を後ろに撫でると、くすぐったそうに身をよじって微笑んだ。
「いんや、おつかれ…ダーリン…。つーか、ワーカーホリックも大概にしろよなあ…。そのうち体壊して倒れちまうぜ?」
「おや、心配してくれてるのかい?だけど俺には、金髪の可愛い子犬がいてくれるからね。心配ないよ」
 そう言って、額に軽くキスを落とすとジャンは一瞬うっと顔を赤らめてから俺をじっと見、にやりと不敵に笑った。
「わんわん。なら、オツカレのご主人サマのために特別にマッサージしてやるよ。アンタの可愛いワンコからの大サービスー」
「フハハ、それは景気がいいな」
 軽口を叩きあった後、ジャンは俺をうつぶせにして肩に手をやった。
 でも、癒してくれるのは別のところがいいんだ、ジャン。
「それもいいんだが、どうせなら―――お前で癒されたいな、ジャン」
 はあ?と首を傾げるジャン。俺は、仰向けに体を戻し、上に乗ったままのジャンをひき寄せ、低く耳元で囁いた。
「お前のアレで―――」
ちら、とジャンの下肢に目をやる。俺の視線で気がついたのか、ジャンは即座にぼっと顔を赤らめた。
「ばッ…!なにサカッってんだこのエロオヤジ…!この…、アンタ最近言ってる事もオッサン臭くなってきたよな?…あーそっか、もうおっさんだったっけなあー、ハハハうっかりしてたわー」
「ひどいなぁ、ジャン。俺はまだ30代だよ?まだまだお兄さんの域だと思うけどなぁ」
 喋りながらそっと金髪を撫で回していると、ジャンが俺の両頬をつまんで広げるみたいに引っ張ってくる。痛いよジャン…。
「もうすぐ終わるくせに。そのうち髪もまだ残ってるーとか言い訳しはじめるんダロ。わかってるんだからな」
 思わず痛みに顔を歪ませると、変な顔と笑われた。こんなふざけたやりとりにもいつも俺は幸せを感じて、たまらなく満ち足りる。
「お前ももうすぐさ。」
「俺は年は取るけど禿げないぜー?」
「どうだかね」
 お互い数秒見つめあった後、どちらともなく噴き出した。
「ぷ、ッハハハ!」
「フハハ…こんな夜中に、なに言い合っているんだろうな俺達は」
「ははッ、…あーあ、ホントになー」
 そう言った後、ジャンはぽすりと俺の胸板に頭から寄り掛かってくる。そのまま顔を伏せて彼の金髪しか視界に移らなくなった。
「ッ…」
 ふわりと香るジャンの匂い。俺の体の上から感じるジャンのぬくもりに、またも心臓が跳ね上がった。なにせここ一週間、いや二週間か仕事に追われる毎日で、ジャンとは営みどころかキスも、触れ合うことさえも出来ない日々が続いていたのだ。夜は俺は執務室に籠もりぱなしだった、例え帰ることができたとしても見れるのはジャンの寝顔だ。朝は朝でばたついているから、ろくな会話もできやしなかった。
「…ジャン?」
久しぶりの感触に、ジャンをこのまま抱いてしまいたい欲望が膨らんでくる。思わず名前を呼ぶと、視界の下にいた金髪がぴくり、とかすかに揺れた。
「…ベルナルド」
 ちらりとこちらを伺うジャンの瞳は潤み、目尻が少し赤く色づいている。どうやら、俺が何を考えていたのか、伝わってしまったらしい。以心伝心していてとても嬉しいよ。ジャンは何も言わない俺を見て、上目遣いで唇を尖らせている。
 それはまるで、キスをねだっているような仕草で―――
 俺は誘われるまま、その甘い蜜を吸うべくいささか強引に彼の唇を奪った。
「……べる、…んっ……、…っふ…ぁ、…まっ…」
「…っ、ジャン」
 制御が効かず、思うまま貪っていると息が続かなくなったのか、ジャンはくるしそうに呻くと、首を振ってそれを解いた。
 久々に味わうジャンの唇は舌がとろけてしまうんじゃないかと思う程甘く、とても気持ちが良い。俺の中で完全にスイッチが入ってしまったのがわかる。
「ッは、おま…ッ!がっつき、すぎ…だってのっ」
「ハハ、久しぶりで、つい、ね」
 そう笑いながら、すいとジャンのシャツを下からまくりあげ、隠れていた乳首をわざと掠めるように触れるとびくりと彼の肩が跳ねる。
「っや、だ」
 恥ずかしそうに顔を背けるジャン。そんなにもじもじとして…焦れったいの?なんて可愛い。
「っう……ン」
 今度は首に唇を寄せて、胸元にかけてキスマークを残していく。耳をそっと撫で上げると感じたんだろう、はやくしろとばかりにジャンが俺を睨む。俺は目を細めて、耳元に顔を近づけるとそっと囁いた。
「駄目だよ、ジャン…欲しかったらちゃんとオネダリしないと、ね?」
にやりと口角を上げて笑う。
 正直なところ、この爆発しそうな欲望に従い今すぐにでもジャンの体を貪りつくしたかったが、もっと焦らしてジャンの恥ずかしい姿が見たい好奇心と悪戯心の方が勝った。
「ッ!?…なにが、ね?だ!なんでんなこと……!」
 そう言って、顔をかっと赤らめて俺の髪をぐいぐい引っ張ってくる。こんな風に照れ隠しで暴言を吐くジャンも大変可愛らしい。んだが…、望む言葉が欲しい俺は強行手段を取ることにする。寄りかかっていたジャンの体をぐっ、と押した。
「ちょっ…あっ、なに…っ、ベルナルドッ!」
 ジャンの切羽詰まった声にも構わずに、ベルトを手早く外し、下着もろとも床に放り投げる。そして、体を反転させてジャンをシーツに押し倒した。
「ひぁ……いき、なりっ…まッ、う!」
 俺はジャンの頬にキスを落としながらジャンのモノを指でなぞりあげる。
「もう勃ってるな……。…ほら、ジャンのアレからカウパーが溢れて…ああ、可愛いよ、ジャン…ッ」
「ッ、ぁ、うっせ…えろ、おやじ……ッん!」
 憎まれ口を叩いても、照れ隠しにしか聞こえないよ、ジャン。
 俺はそのまま指でジャンのそれを可愛がりながら唇を胸まで移動させて赤く膨れた乳首を弄ぶ。
「ひッ!…ん、ぁあ!やっ…ぁ、ばっか…!」
 仕返しとばかりに、眉間に皺を寄せながら蕩けた目をして俺の髪に指を通し、ぐしゃぐしゃに掻き回した。
「ふ、ぁん!ア、だめッ、…って!…ぁ、そこッ…う、やだ……っんう!」
「ここ?気持ちいいの?ジャン」
「ひッ!…ぁっ、う」
 先っぽをぐりぐりと刺激すると、ジャンはたまらないのか首を振って鳴く。ベットの上でジャンの金髪が散らばり美しさに思わず目を細めた。
「んッ…!あ、ッ…ぁ!」
「ん?なんだい?」
もっとしてほしいと目で訴えるジャンにわざとわからないフリをしてやる。いじっていた手を緩めると、ジャンはくしゃり、と苦しそうに顔を歪めた。
「ふぁ……?あっぅ、…、べるな……っ!」
「ジャン…どうしてほしいの…?言ってくれないと、わからないなあ…」
にやり、と悪どい笑顔を浮かべながら、じりじりと嬲るようにジャンの感じるところを掠めたりしてやる。ジャンはきっ、と俺を睨んでから、はあはあと弾む息を整えた。
「ッ…この…へんたい…め…」
 悔しそうに悪態をつき、快感に震えながらぐす、と鼻をならして俺の肩に顔を埋めるジャン。しがみつかれたことで、肩口からジャンの暑い吐息当たって、目の前で汗ばんだ金髪がファサリと揺れる。あぁ、そんな可愛いコトして。なんて煽情的なんだ。ますます苛めたくなってしまうよ?
 いつまでも待ちきれずに、ジャンを肩から引き剥がして、煽るように弄っていた手を再開させる。
「ア……ッ!んッ!……く、ふ…」
 ゆるゆるとした刺激にじれったいのか、ジャンはもじもじし始める。
「ん、も……べるなるど…っ!そこ、じゃ…なッ、ぁ……う」
「え?」
 その反応をそしらぬふりをしてかわすと、頭上でジャンが苦しそうに身をよじった。ジャンは意地でも言いたくないらしい。しかしこのままでは辛いのだろう、こうなったら自分でいじろうと蜜をしたたらせているソレにそっと手を伸ばす。しかし。
甘いねジャン、それを俺が気づかないはずもないだろう?横から伸びる手を俺はすかさず掴んだ。
「おっと、ダメだよジャン」
「ッ!や、なんでだよう……ッ!」
 あとちょっとだったのに。そんな顔をして涙をうっすら浮かべた。
「ちゃんと俺に言って。どうしてほしいの?」
 にや、とサディスティックな笑みを浮かべると、ジャンは頭を振っていやいやする。ふ、すまない…ジャン。でもしょうがないことなんだ…ジャンがあまりにも素敵過ぎるから、俺はいつも苛めずにはいられなくなってしまうんだ。
「このッばか、や…ろッ!んぅ……っ!ひ、ぁ……も、……べるっ!」
 ぐいっと俺の髪を引っ張るジャンの頬は赤く蜂蜜色の瞳は美味しそうに潤んでいる。それに眼を細め俺は乳首をいじりながら、ゆるゆると焦らすようにジャンのナニをこすってやる。
「ね、言って?ジャン……」
 耳元でそう囁くともう限界だったのか、ジャンはびくびくと震えながらおずおずと口を開いた。
「ふぁ……っ!は……も、っあ!…さわれって…おれの…!」
「触ってるよ?ほら―――」
緩々と擦ってみせると、弱々しく首を振る。
「ン!あぅ、ちが……ッ!……ってって…も、ぅ、…イかせて………ッ!」
――――あぁ、エクセレンテ。最高に可愛いよジャン。
 俺はにやりと口角を上げて、恥ずかしそうに腕で顔を隠すジャンにご褒美とばかりにキスの雨を体中にふらせてやる。
 頬は朱色に染まり、唇は赤く色づいていて、シャツが腕に引っかかっている程度にはだけて、そこから見える白い肌がなんとも美味しそうだ。目じりに涙が溜まり潤んで泣きそうになりながらも必死に耐えて俺にオネダリするその姿。いつもながら俺の恋人はなんてエロティックなんだろう。背筋をゾクゾクとした言い様の無い興奮が俺を襲う。本当にジャンは俺を煽るのが旨いな。
「畏まりました―――我らがボス」
「うッ!ぁ、…ッン!」
 低く囁きジャンの中心をつかんでいた手を、大きく揺らす。ジャンは急な快楽に身をよじって喘いだ。
「ああ、…もうべとべとだね」
「ッあ!ぅ、ひぃあ……ゃっ!く、ぁン――ッんぅ…ん……ンは…ッ」
 重ねて濃厚なキスを送ると、ジャンは苦しそうに緩く首を振ってそれをほどく。飲み込め切れなかったのだろう唾液が口から顎につたっているのがなんとも言えずそそる。あぁ、たまらないな。
「ぁ、…やぁあッ!ア!」
「ン…」
 手を止め、身体を移動させるとジャンのモノを俺の口へと誘いこんだ。途端ジャンの体が快感にびくりと跳ねる。
「…!?なにし、…やぁッ!や、そんな、ん…すんなぁ、ぁ、アッ…!」
「ん…ッ」
 それを口でなぞり、擦り上げるとすぐにジャンのモノはびくびくと痙攣して限界を訴えた。
「ふ、ぅ…ッく、…!ぁああっ…もぉ、…だ、ッめ…それ……べるッ…!」
 フフ、腰が揺れてるよジャン。これ気持ちいいんだね。もっとしてあげる。
切羽詰ったジャンの声に追われるように俺はスパートを掛けるべく動きを激しくさせる。
「ひぃッあ!くぅ…ッも、はなしッ……」
腰を揺らし、ぐいぐいと頭を抑えて来るジャンに、軽く歯を立ててみせる。
「ぃあっ…ぁいくッ!…も、もぉ…いっちゃ…ッぁ…!…や!」
 俺の口に精を放ちたくないのか必死に身をよじって放させようとするジャン。しかしそれを俺が許すはずも無い。それに煽られた俺は、一気にディープスロート行う。
「ひく、ぅッ!んっ、ンー……!」
「ッ…」
ジャンがとろとろに蕩けた表情で俺を見つめる。視線を合わせジャンに、口に出していいよと視線で促すと彼の身体がびくりと跳ねた。スパートにかけて脈打つそれを愛撫する。ジャンはもう限界なようだった。
「…!や、らめ…それ……!ア!ひぁ、あア……、イく、いっちゃ…!べるなッ…―――ッ!!」

 その瞬間、ジャンは体を数回跳ねさせて、したたかに達した。
「…ッぐ…!…ン」
 と、同時に口の中に青臭い味が広がる。それを絞りとるように飲み込むと、ずるりとソレを口内から離した。
「ッ……は」
 口に残るこの独特な味はあんまり好きじゃない。だが、ジャンのものならばそれを美味しいと感じてしまう。俺は自分の口の端に飛んでいたジャンの精液をぺろりと舐めとった。
「ふぁ…っはぁ…はぁ…、ん、ぁ…べるな、…ど……」
余韻でまだふわふわしているジャンは、息を整えながら蕩けた甘い声で俺を呼んだ。
「ん、気持ちよかった?」
「…は…、…ん……。しぬ……」
 顔を赤らめながらそんな潤んだ瞳で睨まれても、可愛いだけだ。ますます愛しさが募って、素直じゃない口に軽くキスを落とす。
「ンッ…」
すると、どこか不服そうな眼とあった。
「んー?」
どうしたんだい?
「―――…なんか、むかつく」
 口を尖らせてそう言ったジャンに、俺はそのふてくされた顔も良いなんて思いながら、事の原因に頭を巡らせた。さっき、なにかジャンの気に触ることをしただろうか?
 だが、思い当たる節が多すぎてこれと言ったものがわからなかった。
「なぁジャン?なにがむかつくんだい?わからないから教えて欲しいな」
 そう頼みこむ俺を数秒じっと睨んだジャンは、今度は俺から顔を背けると。
「だってよう……」
 おずおずと口を開いた。
「アンタばっか…、ヨユーあって…。おれだけ…いつもこんな、必死になってるし…すげーむかつくんだよう…」
「…!?」
 これは俺の都合の良い夢だろうか。ジャンがそんなことを思っていたなんて。嬉しくて思わず顔がほころぶのをとめられない。
「フ、」
「……なに笑ってんだよこの」
 にやにやしているのが分かったのか、ジャンは不機嫌そうに、でもどこか恥ずかしそうな複雑な顔をしながら俺の頬をつねった。
「いたた、痛いよ、ジャン。ごめん、だってあまりにもジャンが可愛いこと言うからつい」
「うっせ!ばかにしやがって!」
 いよいよジャンの不機嫌さが色を増していくのを見て俺は弁解するべく、ジャンの手を取った。
「馬鹿になんてしてないよ。笑ってごめん、ジャン。さっきは、ジャンが行ってくれた言葉が嬉しくて笑ってしまったんだ」
 取った手に口づけジャンを見ると、顔を赤らめながらどこか呆けたような視線と目があった。
「え、な…ッなんだよ…それ…!」
「ジャンは俺に余裕があるって言ってたけど、それは余裕があるように取り繕ってるだけなんだ。お前に関しては余裕なんて感じる暇もない。どうやったって必死なのはいつも俺なんだよ」
俺はジャンの手のひらを取ると、唇から下に肌を滑らせ心臓まで誘導する。
「な、ん……」
 そして心臓の上にジャンの掌の上に俺の掌を重ね合わせ押しやった。
「…わかるかい?」
「ッ、…!」
 鼓動は速く、ジャンの体温に身体はもう発熱している。
 さっきからこんな可愛い姿を見せられて、愛してやまない恋人の久々に感じる体温に心臓が高鳴るのを―――同時に体に熱が溜まって行くのを誰が止められようか。
「あ…ッ、心臓ばくばく、して……っふは、うっせえし…」
ジャンの嬉しそうな声に安心する。
「ッはは…その、気恥ずかしい…な…」
 ジャンは俺の心臓に耳を当てて楽しそうにけらけらと笑っている。きっと俺が一番好きな顔をしているんだろう。ああ、お前は俺を魅了してやまない、俺を虜にしてしまう。なんて素敵な存在なんだろう。この気持ちは到底言葉なんかでは伝え切れない。
本当に、俺はお前無しでは生きていける自信がない。そんなことを考えていたせいだろうか。
「じゃあ、俺の心臓が爆発しないように一生傍にいてくれよ、ジャン」
 ぽつり、と口からそんな言葉がついて出た。そんなことを言ったところで保障なんかできない、ジャンを困らせるだけだと分かっていたのに。俺は失言に内心舌打ちをした。
「ハハッ、しょーがねーダーリン!言わなくても、俺は傍にいるってーの!」
しかし、俺のそんな考えなど打ち破るようにジャンはいつもと変わらない様子でキラリと笑みを浮かべた。
 決まってんダロ?
 そんな言葉がジャンの視線から伝わってくる。そんなのは、口約束でしかない。限りない不安など拭えるはずもない。けれど、ジャンがそう言って微笑むだけで、本当にそんなことが実現できるかもしれない、そんなバカみたいなことを思ってしまう。ああ、お前は何てやつなんだろう!
「―――ジャンッ!」
 溢れかえる程の愛しさに俺は思い切りその華奢な体を抱きしめた。そして彼の唇に優しいキスを送る。どうか、そうなるように、と密かに願いを込めて。

                                END


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